25章 → 26章
―― アメリカ合衆国 ヴァージニア州某所
重厚なマホガニー製の机を挟んで 3人の人間が会話をしていた。
1人は高級な皮張りチェアに身を沈める、軍の高官を思わせる制服の老年の男。
もう1人は机の前に立つ、スーツ姿の壮年の男。
そしてもう一人は、陸軍兵士の姿をした若い女性である。
この部屋の主である老年の男が、椅子の上で身じろぎをしつつ、卓上の端末に指を走らせながら口を開いた。
「……なるほど、日本が『クリムゾントワイライト』の支部を潰したというのは確実か。しかしかの国の対CT機関、『白狐』だったかな。彼らがそこまでの戦力をもっているという話は聞いていなかったと思うが」
その質問に、身じろぎ一つせずに答えたのは壮年の男だ。
「『白狐』については先方に確認を取りましたが、人員についても装備についても大きな増強がなされているわけではいようです。強化フレームも3セットのみ。銃火器についても更新はなされていません」
「例の『ダイモン』とかいう機関員についてはどうなのかね。こちらにはない切り札だという話であったが」
「『ダイモン』と、もう一人『ソウトウ』という機関員が『白狐』のエースですが、特殊なトレーニングによって強化されたという情報はあります。ただし現在は未確認情報に過ぎませんので更なる精査が必要です」
「ふむ。しかしもしその切り札が強化されたとして、エースが2人いるくらいで『クリムゾントワイライト』の支部長を倒せると思うかね?」
「いえ、到底倒せるとは思えません。先日の『デルタアクション』での損失を考えると、支部長を倒すには1個旅団相当の打撃力が必要かと考えられます」
「……たかが一人の人間を倒すのに旅団か。バカげた話だが実際にそうなのだろうな。しかし『白狐』はそれを倒した。どうやってそれを為したか、その情報は是非とも必要だな」
「はい。そちらも情報提供の打診はすでにしていて、情報も提供はされています」
「『クカミ』という集団の助力を得たというアレか。確かに『クカミ』は裏がある商社のようだが、その裏は取れたのかね?」
「それが、政府と多少つながりがあるという以外、企業としては特におかしな点はいまだに見つかっておりません」
「ふむ。まさか隠れてニンジャ部隊でも持っているというのか?」
「……実は、『クカミ』には、その当主を護衛する人間を養成する『ウサ』という家が存在するようです」
「冗談で言ったつもりだが、本当にニンジャがいるというのか」
「さすがにそちらの情報を詳しく知ることはできませんでした。そこで今回、調査員を派遣したいと思っています」
「それでそちらのお嬢さんの話になるわけか」
椅子に座った老年の男が、脇で直立不動の姿勢をとっている女兵士をちらりと見る。
「はい。レア・ハリソン少尉、彼女を『白狐』に出向させます。『ダイモン』『ソウトウ』がどちらも少女ということですので、若い女性をあてます」
「妥当なところだな。ハリソン少尉、今回の任務はステーツの存続にも関わる重要なものだ。よろしく頼むぞ」
「はぁい、お任せください長官。きっとジャパンの秘密を暴いてまいりまぁす」
女性兵士ハリソン少尉の異様に陽気な返答に、老年の男は椅子から落ちそうになりつつスーツの男を見返した。
「う、うむ。その、彼女で大丈夫なのかね?」
「はっ。ハリソン家は代々諜報に優れた人物を輩出しておりまして、彼女も厳しい訓練を受けております。今の反応も、今回接触する相手が主に10代の少女ということでロールプレイを実践している結果です」
「そうか、それなら良い。ハリソン少尉、健闘を祈る」
「了解でぇす。結果を楽しみにお待ちくださぁい」
そう言ってニッコリ笑いながらウインクをする女性兵士。
長官と呼ばれた男性は、再びスーツの男に目を向けた。
「……本当にロールプレイなんだろうね……?」
―― アメリカ合衆国 西海岸某所
ワインレッドに彩られた瀟洒な部屋の中、2人の人間が向き合っていた。
1人は紫の髪を後頭部でまとめた長身の女。やはりワインレッドを基調としたソファに身をうずめている。
もう一人は黒いコートを着た長身の男。彼はソファには座らず、腕を組んで壁に背をもたれていた。
2人の間には常人には見えない、しかし常人でも感じ取れてしまうほどの不可視の『力』がみなぎっている。
その『力』の緊張を破るように、女が血をひいたように紅い、形のいい唇を開いた。
「貴方がこちらの世界に来るとは思わなかったわ、バルロ」
「……俺も来るとは思っていなかった……」
「ということは、それなりの理由がある、そういうことね?」
「……そうだ。俺はここに、警告をしに来た」
「警告? おだやかではないわね。それで、どんな?」
「……お前が『日本』という国に手を伸ばすと聞いた。クゼーロが支部を作っていた国だ。それは本当か?」
「ええ。どうやらあの国には『雫』を上手に扱える人間がいるみたいだから。それにクゼーロの研究成果も回収しなきゃ。そうでしょ?」
「……その点は賛同はする。しかし気をつけろ、『日本』には『奴』がいる……」
「『奴』? クゼーロを倒した『白狐』のことかしら」
「……違う。クゼーロを倒したのは『奴』だ。先日俺のところにも来た。凄まじい手練れだ。一瞬だが俺が手玉に取られた……」
「貴方が手玉にとられたなんて信じられないけど、つまり私たちに匹敵する存在が、日本にいるってことね」
「……そうだ。『赤の牙』もそいつを倒すためにクゼーロに呼ばれて、そして負けて帰ってきた……」
「ああ、『赤の牙』の件ってそういう話だったの。そう、彼らを退け、『クゼーロ』を倒す、そんな者がいると警告をしにきてくれたのね」
「……俺は今、長く侯爵のもとを離れられん。できれば俺自身が探したいところだが、それはかなわん」
「ふふふ、貴方は『魔人衆』の幹部としてはお節介なタイプよね。まあいいわ、その警告は一応受け取っておくわね。しかしその『奴』とやらは一度確認が必要かしらね。クゼーロがどうなったのかも少しは気になるし、威力偵察として影を送ってみようかしら」
「……いきなりぶつかるのは勧めない。それともし『奴』の正体が判明したら、手を出す前に俺にしらせてくれ……」
「あら、貴方も戦いたいワケ?」
「……あれほどの強者、手を合わせない訳にはいかん。『ディアブロ』も奴の血を吸いたいと騒いでいるのでな……」
「まったく貴方もねえ。まあ私の代わりに戦ってくれるというなら願ってもないこと。もし見つかったら教えてあげる」
「……よろしく頼む……」