25章 再訪2日目 07
庭先から聞こえてくる音は、数名の足音と話し声のようだった。
どうやら大きめの車が停まって何人かの人間が下りてきてこちらへ向かっているようだ。ハリソーネさんもそれに気付いて玄関の方に顔を向けた。
「あら、ミザネルたちが戻ってきたみたいね。今日はちょっと早い気もするけど……すみませんアイバさん、うちの子たちが戻ってきただけですのでお気になさらず」
玄関のドアが少し乱暴に開かれて大きな音を立てた。
ハリソーネさんが驚いた顔をしたが、その理由は音ではなく、入ってきた少年少女の状態にあった。足に怪我をした少年が、左右の男女に抱えられるようにして入って来たのだ。
「先生、ジークが足を! すぐに治療をしないと……!」
怪我をした少年・ジークを脇で支えていた若い女性が焦り顔をハリソーネさんに向ける。
「すぐにベッドに運んで。ああでもどうしましょう、ポーションはあなたたちに預けたのが全部なのよ。ミザネルももう持ってないのよね?」
「ごめんなさい、全部使ってしまいました」
そんなやりとりをしながら、彼女らはジークをとなりの部屋に運んでいった。
俺はその時、入って来た3人がいわゆる冒険者的な格好をしているのに気付いた。厚手のシャツやズボンの上に簡易的なプロテクターのようなものを着けていて、腰にはナイフというには大きすぎる刃物、ほとんどショートソードと言えるようなものを下げている。
「ジークは相変わらずバカやってんのね。どうせ車にでも轢かれたんでしょ」
リーララの言葉には少し棘があった。孤児院時代仲が悪かったみたいな感じだろうか。
「いや、あの怪我はモンスターにやられたんじゃないか? 戦う格好だったしな」
「はぁ? そんなわけないでしょ。アイツは魔導車の技術者になるとか言ってたし」
「どうかな。少し見てくるわ」
俺はジーク少年が運び込まれた部屋に向かった。
部屋の中にはベッドがいくつかあり、その中の一つに少年が寝かされている。右足の膝あたりに包帯が巻いてあるが、すでに血が大量ににじみ出ていてその下の傷が酷い状態であると分かる。もちろん少年自身もベッドの上で苦痛に呻いている。
「ああこりゃモンスターにガブッとやられた感じか?」
俺が傷跡を覗き込みながら言うと、先程ミザネルと呼ばれた茶髪の女の子が俺を振り返った。
「ええ、そうなんですが……あの、あなたは?」
「俺はリーララの知り合いですよ。ちょっと治しますね」
俺はジーク少年の膝の上に掌をかざして『回復』魔法を発動。パッと見は分からないが、包帯の下の傷はすぐに治ったはずだ。
「これで大丈夫。包帯を外してみて」
「えっ?」
いきなりのことで要を得ない感じだのミザネルだったが、ジーク少年が「あれ、痛くねえ……」と言い出したので包帯をほどき始めた。
もちろんその下にあった傷はキレイに治っていて、ミザネルともう一人の少年が驚きの声を上げる。安堵の溜息をもらしながらハリソーネさんが俺を振り返る。
「回復魔法をお使いになるということは、もしかしてアイバさんはお医者さんなんでしょうか?」
「いえ、自分は元勇者で魔法もそれなりに使るというだけです。それよりこの子たちは冒険者みたいな格好をしてますけど、もしかして冒険者をやっているんですか?」
その質問に答えたのはミザネルだった。
「やりたくてやっているわけじゃないんです。でも去年から15歳以上の人間はお金を払えなければ3年間冒険者として遺跡のモンスターと戦うことを義務にされてしまって」
「そんな話は王都では聞かなかったけど」
「それはそのきまりがこの侯爵領だけの話だからです。ここの侯爵はどうしようもないくらい強欲な奴で、孤児院の補助金すらケチってるのにさらに私たちを狙うようにそんなきまりまで作って……」
「ミザネル、そのくらいにしておきなさい」
ハリソーネさんがたしなめると、ミザネルはまだ文句を言い足りない顔をしつつも口をつぐんだ。
どうやら異世界名物『悪徳貴族』は現代でもしっかりといるようだ。
そういえば勇者をやっていた時にはどさくさに紛れて悪い貴族を懲らしめてやったりしたなあ。さすがにこの時代そんなことはできないだろうが、その分『悪徳貴族』ものさばりやすそうではあるんだよな。
「遺跡のモンスターと戦うって話だったけど、それは遺跡からモンスターが出てきてるってことなのかな?」
その後リビングに戻ってきた俺は、お礼を言ってきたミザネルに質問をしてみた。レグサ少年が同じことを言っていたがその確認だ。
ちなみにジーク少年は「ザコモンスターに噛まれて泣いてるとか情けなっ」と煽ってきたリーララと口喧嘩中である。
「はい。ずっと前から発生するようになってたみたいなんですけど、噂だとこの侯爵領の近くの遺跡が特に多いっていう話なんです」
「もちろん兵士とかが対応してるんだよね。どうして君たちみたいな子どもが駆りだされてるんだろう」
「多分兵士を使うのにお金がかかるからじゃないかって他の冒険者さんたちは言ってました。兵士が死ぬと補償金がかかるからとか……」
「ああなるほど」
と軽く返したが、それが本当ならかなりゲスいやり口である。冒険者をむりやり仕立てて戦わせ、なにかあったら自己責任。さすがに俺が勇者やってた時代でも、そこまでエグいことをさせる貴族はいなかった気がするな。
「モンスターを倒せばさすがにお金はもらえるんだよね?」
「ええ、『雫』を回収すれば買い取ってはもらえます。けど、全然足りないんです。一番小さいのなんて一個1000ドルムとかですから」
一番小さいというと『丁型』だろうけど、それでも年端のいかない少年少女が相手をするにはキツい相手である。こちらの世界は地球とは違ってモンスターに有効な武器はあるが、それでも実際に戦うとなると話は別だ。
「それは大変だね。しかし『雫』か……」
ちなみにこちらのモンスターも倒すと『深淵の雫』をドロップする。その『雫』は魔道具の材料になるのだが、その『雫』を使った魔道具生産がさらに過剰な『魔導廃棄物』を生んでモンスターを発生させて、という悪循環に陥りはじめているらしい。
じゃあ『雫』のままで保管しておけばいいのでは……という話になりそうなものだが、『経済活動』という名の錦の御旗のもとに黙殺されているようだ。まあこの辺はどこの世界も同じだな。
「本当に今日は私たちの仲間についに犠牲者が出るんじゃないかって怖かったんです。本当にありがとうございました」
「しかしこれからも冒険者をしなくてはならないなら同じようなことがまた起こるよね。冒険者免除のお金ってそんなに高いの?」
「はい。1年につき100万ドルムとかで……」
「そりゃ酷いな」
う~ん、なんかちょっと無視できないような話を聞いてしまったなあ。といっても領主の館に殴り込んでやめろというのはさすがにできないだろうし。
俺が苦い顔をしていると、カーミラが口に指をあててなにかを思い出すようなしぐさをした。
「先生、そういえばあのレグサって子が王家と侯爵家が仲が悪いって言ってたわよねぇ。もしかしたらここの侯爵のことじゃないのかしら」
「そういやそんなことも言ってたな」
「王家の仲が悪いという話ならここの侯爵で間違いないと思います。王家の言うことを聞かないで魔道具を大量に作って、魔導廃棄物を一番出してる領地ってことで有名ですから。しかも領地の経済のためだとか言って、結局自分がお金儲けしてるだけだってみんな言ってます」
ミザネルが口を曲げているのはよほど侯爵とやらが嫌いだからだろう。というかちょっと話を聞いただけでも嫌う要素しかないというのがすごいな。
しかし確か、レグサは王家と侯爵家が一触即発の状態だと言っていたはずなんだが……
「ここの侯爵が、王家と戦争始めるなんて話はあるのかな?」
その質問にはミザネルだけではなく、ハリソーネさんも苦い顔をした。
「はい、そういう噂もずっとあります。しかも戦争になったら冒険者まで出動がかかるんじゃないかと言われてまして。もしこの子たちが戦争に行くなんてことになったら、それこそどうなるか……」
いやいやいや、なんか本当に酷い話になってきたな。ミザネルもジーク少年もまだ青奥寺たちと同じくらいの年齢だ。それが戦争に駆りだされるなんてのは論外もいいところだろう。
時間的にはそろそろ元の世界に帰らないとならないんだが……最後に少しだけ偵察をしてから戻ることにするか。