25章 再訪2日目 06
リーララの故郷はバーゼルトリア王国の東の方にあった。
俺とリーララとカーミラの3人は『ウロボロス』に近くまで転移してもらい、そこから『機動』魔法で飛行して目的地に向かった。ちなみに『機動』魔法で飛ぶのはこの世界でも普通ではないらしいので『光学迷彩』を使って姿を隠している。
耕作地帯を10分ほど飛んでいると城塞都市ではない普通の街が見えてくる。規模は小さく、中心街でも5階建てのビルがいくつか見えるくらいのレベルである。
先頭を行っていたリーララはその街の外れにある、教会のような建物のそばに着地した。
俺とカーミラも着地をして『光学迷彩』を解除する。
「ここは教会なのか?」
「元々は教会だった建物みたい。今は完全に孤児院になってるけど」
「孤児院ね。そういえばバーゼルトリア王国に併合されたとか言ってた気がするが、戦争があったのか?」
「そう。元々このへんはドルトラっていう小さい国だったんだけど、わたしが生まれるちょっと前に戦争があって王国の一部になったんだって」
「なるほどな」
そういえばレグサもこの世界はしょっちゅう戦争をやってるみたいなことを言ってたな。まあ現代の地球だっていうほど平和ってわけでもないし、そこまで驚くような話でもないのかもしれない。
俺をちらっと見てから、リーララはその孤児院に向かって歩いていく。
入り口でインターホンを鳴らすと、ドアを開けて中年のご婦人が現れた。眼鏡をかけた、どことなく小学校の先生のような雰囲気の女性である。
「はい、どちらさまでしょうか……って、リーララ!?」
「先生久しぶり。ちょっとこっちに帰って来られたから寄ってみた」
驚いた表情をしていた婦人は、ぶっきらぼうな態度のリーララを見て目を細めると、ひねくれ褐色娘を優しく抱きしめた。
「おかえりなさいリーララ、また会えてうれしいわ。少し見ないうちにこんなに大きくなって……」
「まだ2年も経ってないんだしそんなに変わらないでしょ。それよりお金はちゃんと入ってる?」
「ええ、リーララのおかげよ。とにかく中に入ってゆっくりお話しましょう。きっと皆も喜ぶわ」
ご婦人はリーララの頭を撫でながらそう言って、それからようやく俺たちに気付いたようだった。
「あら、こちらの方たちは?」
「わたしの知り合いかな。おじさんのおかげでこっちの世界に来られたの」
「もう、こんな若い方におじさんなんて失礼でしょう。始めまして、私はこの孤児院の院長をしているハリソーネと申します。リーララがお世話になっているようで、お礼申し上げます」
「アイバです。向こうの世界でリーララさんの教師をしています。ええと、リーララさんはこちらの孤児院出身ということでいいんでしょうか?」
「ええ、そうですね。リーララは2年前にこの孤児院を出て王家に引き取られていったんです。その後他の世界に行くという話になって、私は反対したんですが……」
「もうっ、その話はいいから中に入ろ!」
慌てた様子を見せながら、リーララがハリソーネさんを押すようにして孤児院に入っていく。
俺はその理由をなんとなく察しつつも、カーミラと共に後をついていった。
「リーララはもともと魔力適性が非常に高い子で、それが王家の目にとまって、英才教育をするからといって引き取られていったんです。それがまさか『魔導特務隊』なんていう怖いものに入れられるためなんて、私もその時はまったく知らなくて……」
リビングのテーブルの向こうで、ハリソーネさんはそう言って小さく溜息をついた。
俺の隣にはカーミラが座っていて、俺とともに神妙な顔で話を聞いている。
ちなみにリーララは他の孤児たちに呼ばれてすぐに2階に行ってしまった。どうやらひねくれ娘もここでは普通に過ごしていたらしく、皆とはかなり仲がいいようだ。
「あの子が『魔導特務隊』の任務で違う世界に行く、しかも二度とこちらの世界には帰って来られない。そう聞いた時は私も反対したんですが、リーララは絶対に行くって聞かなかったんです。彼女も孤児ですから、そんなにこっちの世界が嫌になったのかと寂しく思っていたんです。でも……」
「その対価として、この孤児院にお金が入ってくるようになった、と?」
「ええ、リーララがそういうふうにしてくれって頼んだみたいなんですよ。それを知った時は職員全員で泣きましたよ」
ハリソーネさんが思い出したように涙ぐむ。
いやいや、あんなひねくれ娘にもそんな過去があったとは。
心が擦り切れ気味の勇者を感動させるとは、リーララめなかなかやるな。後で存分に頭をなでて甘やかしてやろう。
隣を見るとカーミラがちょっとバツの悪そうな顔で下を向いていた。
「どうした?」
「いえ、『王家のゴミとり魔女』なんてひどいこと言ってしまったなって思ったのよぉ」
「知らなかったんだから仕方ないだろ。後で謝っとけばいいんじゃないか。どうせまたケンカになるだろうけど」
「そうねぇ。もちろん謝るつもりだけど……仲良くはならないかもねぇ」
俺たちのやりとりが気になったのか、ハリソーネさんは涙をぬぐいながら聞いてきた。
「ところでお二人はリーララとはどのようなご関係なんでしょうか。アイバさんは教師とおっしゃっていましたが」
「え~と、俺に関してはさきほど言った通りですね。リーララは今、明蘭学園という学校に通っているんですが、自分はそこの教員なんです。ただ彼女を直接教えているわけではありません。実は自分も魔法が使えまして、その関係で彼女と知り合ったという感じですね」
「もしかしてアイバさんも王家のどこかの機関に所属している方ということですか?」
「いえ、自分は向こうの世界の人間です。ただちょっとこちらの世界と関係が深くてですね。行ったり来たりもできるようになってるんです」
「はぁ……? それでこちらのカーミラさんとはご夫婦でいらっしゃるのですか?」
要を得ない感じのハリソーネさんがとんでもないことを言うと、カーミラは先ほどの態度はどこへやら、いきなり嬉しそうな顔になって俺の腕をつかんできた。
「うふふっ、そうなんです。ワタシはこちらの勇者……じゃなくて、ハシルさんの妻なんですよぉ」
「はぁ!? 全然ちがうでしょ。そいつはただのストーカーだから騙されないでね!」
いつの間にか2階から下りてきていたリーララが、ずかずかと歩いてきて俺の隣にドカッと座った。それだけに収まらず、カーミラに対抗して俺の腕にしがみついてくる。この二人が揃うとなぜかよくこの状態になるんだよなあ。
「あらあら、リーララはアイバさんとずいぶん仲がいいのね」
「まあね。一応『魔導特務隊』の仕事を手伝ってもらったりもしてるし。ま、その倍以上わたしがお世話してるけど」
「向こうの世界で頼れる人ができたのね。リーララが元気そうで私も少しホッとしたわ」
「向こうの世界の方がわたし的には暮らしやすいし、心配しないで大丈夫だから」
「ふふっ、それならいいのだけど。でもお仕事で無理するのだけはダメよ。危険なことをしてるみたいだし、それにリーララは可愛いから」
「なにかあったらこのおじさん先生がなんとかしてくれるから。この人わたしくらいの女の子が好きだからなんでも言うこと聞いてくれるし」
リーララの根も葉もない話に、すごく疑わしげな目を俺に向けてくるハリソーネさん。なんでそういう話はすぐに信じられてしまうんでしょうかねえ。
「そんな事実はありませんのでご心配はいりません。俺は教師としてリーララの面倒をみてるだけですから」
「でも毎週お泊りしてるし一緒に寝てるから事実はあるよね~。っていうか事実しかないよね~」
「それはお前が勝手に押しかけてきてるだけだろ……」
と俺が反論しようしとしていると、扉の向こうで10人くらいの小さな子たちがこっちを見ているのに気付いた。
「リーララお姉ちゃんの恋人?」とか「ヘンタイじゃねえの……?」とかいう剣呑な言葉が聞こえてくるのだが……
恐ろしい冤罪の予感に俺が震えていると、ハリソーネさんは不意にぷっと吹き出した。
「どうやらリーララは本当にアイバさんのことが好きで信頼しているようですね。その子は人を見る目だけはしっかりしてましたので、私もアイバさんにならお任せできます。どうかリーララをよろしくお願いします」
「は……はあ、まあそれなりに相手はしますが……」
俺が愛想笑いをしていると、孤児院の外が少し騒がしくなった。