25章 再訪2日目 05
「それは本当のことなら、この大陸や世界にとって非常に重要な情報になるね。まさか勇者殿と会えたその日に、さらに驚くべき話を聞くことになるとは思わなかった」
『魔導歴史研究所』所長のギムレット氏は、そう言って顔つきを厳しくした。
屋敷に戻った後、俺たちはルカラスの部屋にしつらえている応接セットに腰を下ろしていた。
今いるのはカーミラとリーララ、それからギムレット氏と屋敷の執事氏である。すぐそばにルカラスが巨体を横たえていて、頭を俺のそばに下ろしている。
俺が魔王城跡地で見たことを話すとリーララ以外の3人は非常に驚いた顔をした。リーララだけ無反応だったのは単に興味がないだけだろう。どうもこっちの世界に本当に思い入れがないようだし。いや、それとも思い入れがないようにふるまっているだけか?
「ねえ先生、それってもしかして魔王が復活したってことなのかしら?」
「どうだろうな。生命維持装置を調べた感じでは魔王そのものではなかった気はする。まあこれは半分勘だけどな」
「でも、魔王に関係があるのは確かよねぇ。『魔導吸収体』の話がなくなったと思ったら、別の魔王の話が出てくるなんて思わなかったわぁ」
口調はいつも通りのカーミラだが、表情はいつになく真剣だ。
その横顔を珍しいと思いつつ俺が見ていると、ルカラスが軽く頭突きをしてきた。
『なあハシルよ、あれはこの世界にとっては恐ろしいことが始まる前兆で間違いなかろう。ハシルはどうするつもりだ?』
「どうするって言われても、俺が出る幕でもないだろ。とりあえず王家には伝えておくが、それを聞いてどうするかは彼ら次第だな」
『自分からなにかをするつもりはないと?』
「まずは当事者が解決するのが筋だからな。例えばあそこから誰かが復活したとして、そいつがどこにいるかなんて俺一人で調べられるものでもないし」
『まあそうだが……』
「先生はずっとそういうスタンスだものねえ。ワタシもそれは間違っていないと思うわぁ」
カーミラが俺をフォローすると、ギムレット氏は眉を寄せて難しい顔をした。まあ『勇者教団』所属のカーミラが勇者に頼らないなんて発言したら上司としても困るだろうな。
それを知ってか知らずかリーララもあいづちをうった。
「そうそう、おじさん先生がいくら強くても、それに頼りっぱなしになるのは違うからね~。まずは自分たちでなんとかしようとするのが先だし」
「お前がそれを言えた義理か?」
「はぁ!? わたしはちゃんと自分の仕事はやってるし。おじさん先生に助けてもらったのは一回だけでしょ」
「そうだったっけ?」
「そうだし。しかも寂しいおじさん先生の相手をしてあげてるんだから、むしろおじさん先生がわたしに頼ってる感じでしょ。もうわたしがいないと週末過ごせないもんね」
「だから人聞きの悪いことを言うなっての」
リーララに文句を言う俺に、またルカラスが頭突きをしてくる。
『ハシルとしては、完全に我関せずを貫くというわけではないのだな?』
「まあそりゃな。こっちの世界は俺たちの世界にも影響を及ぼすみたいだし、いざって時はなんかするさ。もちろんお代はいただくけどな」
『ふむ、昔はきちんと対価を要求しろと賢者に文句を言われていたハシルも成長したものだな』
「これでも俺は常に成長してるからな」
『なるほど。女子を複数従えてるのも成長の結果か』
「それは関係ないだろ」
なんかルカラスが妙に女子関係でからんでくるな。もしかして自分がモテないから嫉妬してんのか。だったら完全に勘違いだと言っておきたいが。
少し脱線する俺たちには構わず、真面目な顔継続中のカーミラがギムレット氏に目を向けた。
「それでギムレット、『勇者教団』としてはどう対応するつもりなのぉ? さすがに私たちだけじゃどうにもできないでしょう?」
「そうだね。さすがにこの情報は財団を通して王家に伝えよう。信じて対応をしてくれればいいんだが」
「ラミーエル女王様はすでに先生のことは理解してるし、こちらと関係があることも知ってるから、勇者からの情報って言えば信じてくれるんじゃないかしら」
「そう願いたいね。『魔導吸収体』の件では相当に抗議してたから、そのままじゃ聞いてくれなかっただろうしね」
その後執事氏を加えて、3人は内輪で話をし始めた。
それを退屈そうに見ていたリーララが、俺の腕をとって見上げてくる。
「あっちで勝手にやってくれるなら、私たちはもうここにいなくてもよくない? わたしもちょっとだけ寄っていきたいところがあるんだけど」
「どこだ?」
「まあなんていうか、もと住んでたところ、かな」
「故郷か。家族がいるわけではないんだろ?」
「まあね。でもまあちょっとだけ気にならなくもないし」
最後の方は小声になってたが、ひねくれ娘のリーララとしてははっきり「気になる」とは言えないんだろう。「なんだやっぱり気になるのか」とからかってやってもいいが、そこは年長者として抑えておく。
「じゃあ今日はそこに寄って元の世界に帰るか」
『む、ハシル、もう行ってしまうのか?』
デカい頭をこすりつけてくるルカラス。ホントに甘えん坊になったなこいつ。
「今回はもともとすぐに帰るつもりだったからな。一月ぐらいしたらまた来るけど、その時はもう少し長居する予定だ」
『むうう、それならよいが。しかし我もハシルの世界に行ってみたいの。こちらの世界にはもう飽きてしまったわ』
「その巨体じゃ転移装置に入れないから無理だな。ああでもデカい次元環があればいけるのか?」
『次元環は我でも自由に作れるものではないからの。しかしこの身体では無理か。うむむ……』
「ねえおじさん先生、次こっちに来るときってみんな連れてくるつもり?」
「ん? ああ、なんか来たがってるからな。魔力も鍛えたし来てもいいんじゃないかと思ってる。もしダンジョンでもできてたら遊べるしな」
「なんかもう適当になってるよねそのへん。清音も行きたいって言いだしそう」
「さすがに清音ちゃんには秘密にしとけよ」
『む、もしやそちらの世界でもパーティを組んでいるのか?』
だから頭をゴリゴリこすりつけるなっての。
「パーティって仲間のこと? そういえばおじさん先生の知り合いって女しかいないよね。こっちの世界でもそうだったの?」
「いや勇者パーティは全員男だ。ってなんで威嚇してくるんだルカラス」
なぜか牙を剥きだしにする古代竜に、リーララだけでなくカーミラたちもビクっとする。
『威嚇などしておらぬ。しかし今の話は本当か?』
「今の話ってなんだ」
『女をはべらせてるという話だ』
「そんな話はしてないが」
『ハーレムパーティを組んでいるという話であったろう?』
「俺たちの世界には冒険者とかいないんだよ。だからパーティも組んでないし、そもそもハーレムとかあり得ないからな」
『むうぅ……。そこな女子、今の話は本当か?』
「ハーレムとかは知らないけど、おじさん先生が女の子に囲まれてるのは本当だから」
『ハシル、見損なったぞ』
「お前はなにを言ってるんだよ」
どうも途中からどうでもいい話になっていた気もするが、ともかく魔王城の地下室の件は『勇者教団』から王家に伝えられるようなので、俺にできることは今のところはなさそうだ。
この後リーララの故郷とやらに行ってみて、今回の異世界ツアーは終わりにしよう。