25章 再訪2日目 04
俺はルカラスの首から飛び降り、乾いた大地に降り立った。土の匂いとともに微かな瘴気が立ち上ってくるのが分かる。
「なるほど、確かに魔王の瘴気がまだ残ってる感じがするな」
『そうだろう。我も何度か見に来ているのだが、この瘴気は結局完全には消えなんだ』
「しかしなぜこの場所は放置されてるんだ? 魔王城跡地を放っておくというのも変な話だと思うんだが」
『単に魔王の瘴気が残っているから足を踏み入れぬというだけよ。それ以前にここが魔王城の跡という記録も残ってはおらぬ。財団の研究員には伝えてあるが、おいそれと来られる場所でもない。我やハシルのように強い耐性がなければすぐに身体をむしばまれてしまうのでな』
「なるほどね……」
そう言いながら、俺は周囲を見回してみる。するとクレーターの中心地あたりに、さらに直径3メートルほどのくぼみができているのが分かった。
近づいてみるとそのくぼみは、上からなにか力が加わったというより、地面が沈み込んだ跡のように見えた。たとえば下に空洞があって、そこに土が流れ込んでくぼみができた、みたいな感じである。
『どうしたハシル?』
「いや、ちょっとこれが気になってな」
『ふむ。このような穴がずっとあったか思い出せんの。我もここに来るのは50年ぶりくらいだからのう』
ルカラスは大したことなさそうに首をひねっているが、久々に『直感』スキルが反応しているので調べないわけにもいかないだろう。
そういえばこういう時のための『ウロボロス』だった。俺はリストバンドを口に近づけた。
「ウロボロス、俺の目の前の地下を調べてくれないか」
『了解でっす。降下して接近してもいいですか~?』
「ああ」
3分ほど待つと、上空に巨大な気配が下りてくるのが分かる。
ルカラスもそれを感じたのか、空に向けて首を伸ばし目を細めている。
『むう、何か巨大なものが空にあるような……。ハシル、なにを呼び寄せたのだ? 先程の声を聞く限りまた女子を呼んだようだが』
「またってなんだよ、女の子なんて一度も呼んでないだろ。今呼んだのは俺の船だ」
『船? 魔導船か? 見えないのはハシルのスキルとしても、随分と大きいように感じられるが』
「せっかくだから見てみるか?」
『ウロボロス』に『光学迷彩シールド』を解除させると、いきなり現れた超巨大戦艦にルカラスは目を丸くし、翼を広げて驚きを表現した。
『なんだこれは!? このような巨大な魔導船など見たことも聞いたこともないぞ!』
「これは俺の世界の船なんだ。と言ってもちょっとズルして手に入れただけなんだがな」
『むう……ハシルの生まれた世界はこれほどの技術を持つのか。もちろんこれは乗ることもできるのであろう?』
「ああ。その気になれば星の外にも行ける。他の星にも行けるし、その気になれば国を一つ滅ぼすこともできる」
『意味が分からぬ。しかしハシルがさらに強い力を得たということは分かる。しかしこれは……我をも超える……むうぅ……』
なんかルカラスが首を地面に下ろして唸り始めてしまったが、今はその相手をしている時でもないか。
「『ウロボロス』、調べられたか?」
『はい艦長、地下100メートルまでスキャンしました。地下20メートルのところに大きな空間がありますね~。上部に直径1メートルほどの穴が開いていて、そこから地表の土が一部流れ込んでいるようでっす』
「魔王城に地下室があったということか? あの時はそんなものはなかった気がするが」
そういえばルカラスが、地下の魔力が暴走して爆発したとかいってたな。
ということは今見つかった地下室は、さらにその下にあったものということか。
『構造的に、開いた穴以外に外部と接続する通路のようなものはないようですね~』
「それじゃもともとは完全に独立した地下室ってことか」
ともかく怪しいことこの上ない話なので調査はマストだろう。
俺はいまだ唸っているルカラスをほうっておいて、地面に向かって『掘削』魔法を発動した。
その地下室は、確かにかなり広い空間になっていた。縦横50メートル、高さは10メートルくらいあるだろうか。
床や壁、天井まで大理石のような石材で覆われていて、明らかに人工のものだと分かる。
「この壁、見覚えがあると思ったら魔王城のものと同じか」
俺は『機動』魔法で空を飛びつつ、その空間を一通り見て回った。
ちなみにルカラスの巨体はここには入れないので俺一人である。
「これは……棺か?」
部屋にはいくつか魔道具らしいものが残っていたが、一番目についたのは、真ん中付近にあった金属製の箱であった。
大きさはちょうど人ひとりが入れるくらいで、中を見ると底面にはちょうど人間がぴったりハマりそうなくぼみがある。
問題はその棺にも見える箱の横に蓋が無造作に落ちていることだ。
誰かが蓋を開けてそこに置いたのではなく、棺の中にいた誰かが内側から蓋をあけて落としたようにも見える。
「だれかがここに入っていて、ある日目を覚まして蓋を開けて出て行った……なんかいやな予感しかしない状況だなこれ」
棺の周囲にはいくつかの箱型の魔道具が設置されている。それらは何本かの管で棺とつながっているのだが、俺はその魔道具群に既視感を覚えた。
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生命維持装置
容器内の生命を長期に渡って保全する装置。
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『アナライズ』して思い出した。これは『クリムゾントワイライト』のクゼーロの研究所にあった生命維持装置と同じものだ。
しかし問題なのはそれだけではなかった。
『アナライズ』の説明には続きがあったのだ。
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当該機構は保存検体が47年前に覚醒したため機能を停止
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「……これってまた色々と面倒が始まるやつだよなあ」
天井の穴からこちらを覗き込んでるルカラスを見上げながら、俺は盛大に溜息をついた。