2章 初めての家庭訪問 04
青奥寺の家に戻ったのは夜の10時を過ぎたあたりだった。
家によってはもう寝る時間ではあるが、青奥寺家は11時過ぎに就寝だそうなので、今回の報告がてら話を聞かせてもらうことにした。
俺が『深淵核』を取り出して見せると、青奥寺の父・賢吾氏はそれを興味深そうに眺め、母の美花女史は訳知り顔に眉をひそめた。
「これは……間違いなく『深淵核』です。過去に何度か見たことがありますが、『深淵窟』を発生させるものです。しかし……」
そこまで言って美花女史は言葉を飲み込んだ。その先は言いづらいということだろう。
「これは人為的に『深淵窟』を発生させるものですね?」
時間も遅いので、俺は単刀直入に聞いた。美花女史がハッとした顔をし、その横で青奥寺がことの重大さに気付いて母親の横顔を見る。
「どうしてそのことを?」
「私はこれに似たものを知っているんです。『迷宮核』と呼んでいましたが、魔王の手下がダンジョンを発生させるのに使っていました。厄介な代物です」
「……先生は色々とお詳しいようですね。確かにこれは『深淵窟』を人為的に発生させるものです」
「お母さん、それじゃあの『深淵窟』は誰かがわざと作ったってことなの?」
青奥寺が質問すると、賢吾氏も「そうなのか?」と合わせる。
美花女史はふうと息を吐いてから口を開いた。
「そういうことになるでしょうね」
「そんなことする人がいるなんて……あ、もしかして九神の……」
「美園、それ以上は駄目」
青奥寺の言葉を美花女史が遮った。
なるほど俺に知られるのはマズい話という感じかな。
青奥寺が言いかけた『九神』とやらは人の姓……家名だろう。この『深淵核』が『深淵の雫』をベースに造られているところからして、その『九神』某は恐らく『深淵の雫』を扱う家といったところか。
まあ秘密にしていることをわざわざほじくり返すつもりはない。俺は聞かなかったふりをして話題を変えた。
「ところでこの『深淵核』はこのまま放っておくとまた『深淵窟』を発生させてしまうようですが、どうしますか?」
「こちらで対処する方法がありますので、このままお預かりいたします。今日は本当にありがとうございました。お礼については後日美園に届けさせますので、それまでお待ちいただければと思います」
「分かりました、では私はこれで失礼いたします」
どうやら美花女史はここまでにしたいようだ。
俺は3人に見送られてお屋敷を出ると、俺は一路アパートへと足を向けた。
しかしまさか家庭訪問がダンジョンアタックになるとは思ってなかったな。
青奥寺の家が少し面倒なことを抱えてそうだったのは少し気にはなるが、基本的に俺には関係のないことだ。
ただまあ、それが青奥寺の身の危険とかに関わってくるなら……さすがに見ないふりはできないかもしれないな。
放課後に青奥寺が『お礼』を持ってきたのは週が明けてからだった。
「先生、遅れて申し訳ありません。母からこちらを預かってきました」
「ありがとう。中は……んんっ!?」
『生徒相談室』で渡されたのは厚めの封筒だったのだが、中を見ると帯つきの札束が一つ……。
う~ん、これは貰っていいものなんだろうか。いやどう考えてもダメだろう。
「いや青奥寺、さすがにこれは……」
「口止め料とかも含まれているそうなので受け取ってくださいとのことです。それとこのお礼は、教頭先生か校長先生に話を通せば問題ないそうです」
「う~ん……分かった、とりあえず預かっておいて、そっちに相談してみるよ」
青奥寺の家は明蘭学園ともつながりがあるみたいだし、特例とかがあるのかもしれないな。
世知辛い話だが、奨学金を返す身としてはお金はあれば嬉しいのは確かではある。
「はい。それとこの間はありがとうございました。先生がいらっしゃらなかったら、やはり大変なことになっていたと思うので」
「もし俺がいなかったとして、さすがに青奥寺一人で『深淵窟』に入ることにはならなかったはずだよな」
「そうですね。『師匠』が戻るまで、外であふれた『深淵獣』を狩っていたと思います」
「それもちょっと危険な感じがするな……」
『丁型』ならともかく、『丙型』が複数現れると青奥寺ではまだちょっと手に余る感じなんだよな。
「なあ青奥寺、もし今後も俺の手を借りたい事態になったら遠慮なく言ってくれ。電話で呼んでくれて構わないから」
「えっ!?」
急な申し出だったからか、青奥寺は目を丸くした。
「それは……ご迷惑ではないでしょうか? 先生もプライベートがあると思いますし、それに……」
「もちろん今回のようなお礼は要らない……といっても親御さんは気にするだろうけど、要らないといっておくよ。プライベートは大丈夫、暇なときは鍛錬してるだけだし。それより青奥寺になにかあったほうが俺としては困るからね」
仮担任して早々、クラスの生徒が事故で……みたいなのはさすがに御免なんだよな。もちろん気持ち的にも平気でいられるはずもないだろうし。
『あっちの世界』じゃ人の死は日常茶飯事だったけど、かといって知り合いが死んでなにも感じないってことはないしなあ。
青奥寺はちょっとだけ下を向いて何か考えていたようだったが、 顔を上げて答えた。
「それならば、ぜひお願いします。このごろ『師匠』も出たままで会うことも出来なくて、私一人ではまだ『深淵窟』も手に余りますし、先生にいていただくととても助かります」
「自分の力と状況がよく理解できているのはいいことだよ。俺の番号は登録してあるよね?」
「はい、大丈夫です。……その、もしかしたらすぐにでもお呼びするかもしれません」
「問題ないって。ただもし外で職務質問とかされたらなんとか助けてほしいけど」
青奥寺も常にブレザー姿だしな。外で成人男性が女子校生なんて連れて歩いてたら即事案扱いのご時世である。
俺の冗談に青奥寺は「ふふっ」と笑みをこぼした。目つきは悪くてもこういう時は可愛さが増すものだ。
「それは任せてください。いざとなったら家の名前でなんとでもなりますから」
えっ、なにそれちょっと怖いんですけど。
青奥寺家……やっぱり奥が深い家のようだなあ。