25章 再訪2日目 03
ルカラスの語るところによると、どうもこの世界に各所に『魔王の意志』なるものが感じられるらしい。
正直その『意志』という概念がよく分からなかったのだが、現象としてはこの世界のあちこちに『魔王の復活につながる動き』として認識されるという。
それは具体的には『魔導廃棄物』の排出であったり、『魔導吸収体』の研究であったり、『魔人衆』の暗躍であったり、そういったこの世界を不安定にする要素が『魔王の意志』によって引き起こされているということのようだ。
「で、結局それらを放っておくと魔王が復活するってわけか」
『恐らくはな。ともかく魔王の意志がさまざまな歪みを引き起こしておる』
「その歪みを修正していけば、魔王の復活は阻止できる、と」
『そうなるの。だがこのような話では今のこの世界の人間は動かぬ。そういう意味では勇者教団という、信仰によって動く集団が生まれたのは幸運であったかもしれぬ。おかげでハシルを呼ぶこともできたわけだからの』
「あ~、まあそうなるのか。普通なら勇者を探そうなんて考えもしないしな」
「うふふっ、そういうことなのねぇ。ワタシも伝説の勇者を信じてよかったわぁ。おかげで先生に会えてとても幸せになれたしねぇ」
ようやく元のペースに戻ったらしく、カーミラが腕を絡めてきた。
まあでもコイツもこの世界を守ろうとして俺を追いかけてきたわけか。いつもの態度だと微塵もそうは感じられないが、中身は真面目なんだろうな。
反対側からはリーララも俺の腕をつかんできた。まだルカラスに慣れたという感じでもないが、カーミラに対抗でもしてるのだろうか。
俺が左右から挟まれているのを見て、ルカラスはフゴォォォッ、と喉を鳴らした。
あれ、これは確か不機嫌な時の声だったような。
『ところでハシルよ。我も久しぶりに空を飛んでみたい。あの『光学迷彩』とかいうスキルを使ってくれぬか。さすがにこの姿を衆目にさらすことはできぬからの』
「それは構わないが、いつもはずっとここで寝てるのか?」
『極まれに夜中に飛んだりはしておる。ただ我がいることが知られると色々面倒だからの。最悪間抜けが我を討伐しようなどと考えるかもしれぬし』
「絶滅危惧種みたいな感じか。そういえばドラゴンって種族としてまだ残ってるのか?」
『とっくに人間の手によって滅んだわ。といってもあ奴らは半分モンスターであったからの。魔王の魔力がなくなった時点で滅ぶ運命であった』
「そうするとお前が最後の生き残りってわけか? いや、他のドラゴンとはちがうんだったか」
「うむ、そこは間違えぬようにな。さて、ではハシル、我が背に乗るがいい。2000年ぶりのドラゴンライドを楽しむのだ」
ルカラスはそう言うと、身体を低くし、首を目の前に下ろしてきた。
この世界の人間にとっては神にも等しいと言われていた古代竜が俺に対して見せる親し気な態度に、ギムレット氏もここまで案内してくれた執事氏も目を丸くしている。
「じゃあ失礼するよ」
俺は軽く跳びあがってルカラスの首にまたがる。俺の主観的な時間軸だと久しぶりというほどでもないのだが、随分と懐かしい感じがする。
上を見上げるとガラスの天井がスライドして開くところだった。なんか巨大ロボットが発進する秘密基地みたいだな。
「カーミラ、リーララ、悪いが少し遊んでくる。適当に待っててくれ」
リーララはルカラスにちょっと乗りたそうにしていたが、さすがにコイツは普通の人間を乗せるような奴じゃない。勇者時代も結局俺以外は誰も乗せなかったのだ。
『光学迷彩』を使って姿を隠してやると、ルカラスは全身を震わせた。
『ふふふふっ、ハシルの魔力は心地いいのう。久々にみなぎるわ』
ルカラスはそう言うと、白銀の翼をひと羽ばたきして、一気に天井から大空へと舞い上がった。
ルカラスとの出会いは、俺の主観だと4年ほど前になる。
俺を召喚した王国のはるか北に『龍神の座』と呼ばれる霊山があり、俺は魔王討伐のために古代竜の力を借りようとしてそこへ行き、平和的かつ物理的に話し合った結果ルカラスとは契約を結ぶことができた。
『どうだハシル、我と共に駆ける空は心地よかろう』
「そうだな。この世界の『機動』って魔法は使えるようになったが、同じ飛ぶにしても迫力がまるで違うな」
『ふふふっ。いくらハシルとはいえ、我が庭たる空で勝てる道理はないぞ』
全開で飛べば速度自体は同じくらい出せるだろうが、体重70キロ少々の俺が飛ぶのと、恐らく数十トンはあるだろうルカラスが飛ぶのとでは、その内包するエネルギーがまるで違う。そうした力を肌で感じつつ飛ぶ空はただ一人で飛ぶのとはまた違った趣があって、俺も飛べるから楽しくない、ということはない。
「しかしまさかこの世界の空をもう一度ルカラスに乗って飛ぶことになるとは思わなかったな」
『それは我こそだ。ハシルの中では魔王との闘いは少し前の出来事かもしれぬが、我にとっては1500年前の出来事だからの。ハシルを乗せて飛んだのも1500年ぶりということになる』
「そうだな。まあ俺だってまさかルカラスに会えるとは思ってなかったからな。同じくらい驚いていはいるさ」
『ふふふ、お互い様だの』
ルカラスは大きく旋回すると、速度を上げつつぐんぐんと上昇をしていく。
「ところでどこか向かう所があって飛んでるのか?」
『む? ああ、ハシルが最後に戦った場所へ向かっておる』
「魔王城か?」
『うむ。もちろん城は残ってはおらぬがな。まあ昔を思い出すにはいい場所であろう』
眼下の景色はいつのまにか荒れ地が目立つようになり、道路などの人工物もまったく見えなくなった。さらに飛んでいくとぽつぽつとあった緑もなくなり、ひび割れた大地が広がるだけの無人の荒野となる。
当時は魔王から漏れだす瘴気によって大地がむしばまれた結果そうなっていたはずだが、1500年経っても回復していないというのは恐ろしい話である。
魔王を放っておいたら大陸全土がこうなっていたかと思うと、やはり魔王は滅ぼさざるを得ない存在だったとしみじみ思う。
『見えて来たぞ、あそこが魔王城のあった場所だ』
前方に円形のクレーターのようなものが見えてきた。次第に近づいてくるそれは、直径で1キロはありそうな大きなものだった。
「なんだこれ。魔王城が爆発でもしたのか?」
『うむ。ハシルは魔王の真核の爆発を防いでくれたようだが、魔王城自体もかなりの魔力を地下にたくわえててな。それが暴走したらしい』
「マジか。それじゃ勇者パーティーの3人は……」
『安心せい、奴らは逃げおおせて無事だった』
「そりゃよかった。ちなみに奴らは国に帰ってからきちんと出世できたのか?」
『うむ。賢者は王国宰相に、戦士は大将軍に、大僧正は年齢を理由に引退して隠棲したようだ。もちろん英雄として扱われておったぞ』
「そうか……」
変な話だが、それを聞いて俺はやっと勇者としての肩の荷が下りたような気がした。なんだかんだいって10年以上苦楽を……というか苦苦を共にした仲間だ。彼らが報われなかったなんて話になってなくて本当に安心した。
『ふふふ、そのように仲間を想うところがハシルのよいところよ。色々文句を言っても結局皆を助けるその姿に我も心を打たれたのだからな』
「お前は俺の拳で分からされただけだろ」
『あれはハシルの力を試しただけだとずっと言っておろうに』
「はいはい」
そんなことを言っているうちに、ルカラスはクレーターの中心部付近にふわりと着地をした。