25章 再訪2日目 02
研究所所長のギムレット氏の運転する車に乗って、俺たちはとある豪邸へとやってきた。
手前にサッカー場5つ分くらいありそうな広大な庭園があり、その奥に神殿みたいなデカい建物が建っている。
そこが『ルカラス財団』の本拠地であり、財団のトップが住む家ということになるらしい。なんとか財団なんて関わったこともないけど、ちょっとスケールのレベルが違うな。
まあ庭園は公園を兼ねているみたいだから多少公共性を意識してはいるのだろうが、庶民には理解できない世界である。
豪邸の入り口では執事らしい男性が迎えてくれた。九神の付き人の中太刀氏を思い出す、デキる雰囲気満点の老紳士である。
彼の案内で財団の代表がいる部屋まで行くと、懐かしい魔力が漂ってくるのが感じられた。懐かしいと言っても俺からすると数か月前に感じていたはずの魔力ではあるが。
執事がノックをして扉を開ける。俺たちは後をついて部屋に入っていく。
その部屋は、体育館を何倍にもしたほどの広い空間になっていた。はるか頭上にある天井はガラス張りになっていて、陽の光が部屋全体に降り注いでいる。
その明るく広大な部屋の真ん中に、それは寝そべっていた。
白銀色の鱗を全身にまとった、全長50メートルを軽く超える巨大なドラゴン。
ドラゴン型の『深淵獣』とは比較にもならないほどの神々しさを備えた、この世界におけるあらゆる生物の頂点、古代竜『ルカラス』。
魔王討伐に協力してくれた勇者の盟友……と言いたいところだが、実は単に殴って無理矢理契約させただけである。
もっともその後は仲良くなって、最後魔王城突入の時にはモンスターの大群を一人で引き受けてくれたりしたのだが。
俺が近づいていくと、それまで目を閉じて寝ていた白銀の古代竜ルカラスは、目を開いて首をもたげた。
俺の姿を認めると眠そうな目をカッと見開いて、デカい頭を近づけて俺を上から見下ろしてきた。
フゴフゴ、と音を立てているのは匂いを嗅いでいるのだろう。なんとなく犬っぽい。
しばらくそうしていたルカラスだが、いきなり天を仰いでグオォォォとひと鳴きしてから再び俺に顔を近づけてきた。
『ハシル、おぬし生きておったのか! まさか2000年近くの時を経て再びあいまみえることがあるとは思わなんだぞ! おお、おお、確かにハシルだ。しかしどういうわけだ。なぜおぬしが生きているのだ。魔王の真核と相打ちになったと聞いたのだが』
「あ~、実は魔王の真核が爆発した影響でもとの世界に戻ることができたんだ。もともと俺は時間を飛び越えて召喚されてたらしくてな。それで今この時代にいるってわけだ。しかし俺も驚いたな。ルカラスがまだ生きてるとは思わなかった」
『我は悠久を生きる古代竜ぞ。2000年などひと眠り……と言いたいが、そうでもなかったの。おぬしと共に戦ったあの記憶があまりに鮮明すぎて、いままで退屈で仕方がなかった』
「だからって財団を作ってるっていうのは意味が分からないんだが。なんでこんなことをしてるんだ?」
『なに、これもほんの暇つぶしよ。まあ人が増えて我が隠れるところがなくなったというのもあるのだがの。どうせなら人の間に隠れてしまうのが早いと思ってな』
ルカラスが首を縦に振りながらフゴッフゴッと重低音で喉を鳴らす。知らない人間が聞いたら恐怖で倒れるような動作だが、これでもただ笑っているだけらしい。
左右を見ると、ギムレット氏は腕を組んでうんうんとうなずいているが、カーミラとリーララは目を丸くして固まっていた。
「リーララはともかく、カーミラはルカラスのことは知らなかったのか?」
「え、ええ、初めて知ったわよこんなの……。もちろんルカラスという名前が勇者の盟友である古代竜の名だってことは知ってたけど、まさか自分が所属する教団のバックにその古代竜がいるなんて……ねぇ」
「済まないね。このことを知るのは本当に一握りの人間だけなんだ。恐らく王家もこの情報はつかんでないはずだよ」
ギムレット氏が研究所にいた時とは違うキリッっとした態度でそう言った。
彼の言葉の通りなら、ギムレット氏は勇者教団、というより『ルカラス財団』の中でも上位の人間なのだろう。
一方でリーララは呆けたような顔で、白銀のドラゴンを見上げたままだ。巨大モンスターは見慣れてるはずなんだが……まあルカラスはモンスターとは比較にならない存在ではあるけどな。
「ところでルカラスは結局なにをやってるんだ? ルカラス財団とかいうものを作ってるみたいだが、運営してるのがあの研究所だけってことはないだろう?」
『旅をしている時、おぬしがいろいろと自分の世界について話してくれたであろう? それを思い出して、とある人間にいくつか道具を作らせてそれで商いをさせたのが財団の始めなのだ。ただ財団がそれ以外になにをしているのか我もすべては知らぬ。そこまでは興味もないしの』
「じゃあ勇者教団ってのはなんで生まれたんだ?」
『財団の創始者にとってハシルの伝えた知識が神の啓示にでも思えたのだろうな。元は我を祭ろうとしていたようだが、我が嫌がったのでハシルを祭り上げることにしたのかもしれぬ』
「なんだそりゃ、迷惑な話だな」
『ハシルは信仰の対象になってもおかしくないと思うがの』
そう言ってルカラスはデカい頭を俺にこすりつけてきた。ホントに犬みたいだが、普通の人間ならそれだけで吹き飛ぶんだよな。
俺がぺちぺちと鼻の頭をはたいてやると、ルカラスは気持ちよさそうに目を閉じた。ん~、こいつこんな甘えてくるような奴だったかな。
「あ~、ところでなんか、この世界がヤバいって話を聞いたんだが、お前そんなこと予言してるのか?」
『ん? おお、そうだ。ハシルも感じてるであろう? この世界に、あの魔王の力が生まれつつあることに』
「『魔導廃棄物』とか『魔導吸収体』とかのことか? 確かに似た感じはあるが、魔王とは違うだろ」
『ぬ……、そうか、これは恐らく我しか感じられぬことかもしれぬな。力というよりは意志と言った方がよいか。今この世界に、魔王の意志が広がろうとしておるのだ』
「魔王の意志? それはまた曖昧な話だが、どんな意志が広がるっていうんだ」
『復活だ。魔王自ら復活したいと望む意志がこの世界に広がりつつあるのだ』
ルカラスはそう言うと巨体をぐっと起こして、白銀の翼を部屋いっぱいに広げて見せた。