25章 再訪2日目 01
王都バゼラートの王家御用達の高級ホテルで一泊した俺たちは、翌日王都の南西40キロにある地方都市に来ていた。
こちらは特に城塞都市ではなく、近くにそびえる峻険な山が目を引くほかは特に目だったところのない普通の街である。大きさとしては2~3万人規模だろうか。
さて、俺たち3人がなぜここに来たのかといういうと、女吸血鬼のカーミラが、
「先生お願い、『勇者教団』にいかせて欲しいの。さすがに一度連絡をとっておかないとマズいのよぉ。それとできれば先生もうちの教団に顔を出してくれないかしらぁ」
としなだれかかかってきたからだ。
まあ歩く18禁に抱き着かれても勇者の魅了耐性スキルはビクともしない訳だが、気付いたらオーケーしてしまっていた。
ひねくれ褐色娘のリーララが面白くなさそうな顔をしていたが、とりあえず『ウロボロス』に転移をさせて、今俺たちは街の通りを歩いている。
「『勇者教団』ってのは表向きは別にヤバい集団とかじゃないんだろうな」
「前にも言ったけど、表向きは民間の歴史研究機関だからそういうイメージはないと思うわぁ。もともとそこまで表に出てる組織でもないしねぇ」
「しかし王国内にある研究機関の機関員が『魔人衆』に協力してるってのは大丈夫なのか?」
と聞いたのは、カーミラがもともと『クリムゾントワイライト』=『魔人衆』と協力関係にあったからだ。バーゼルトリア王国と『魔人衆』は今のところはまだ直接的に武力で対立しているわけではないようだが、それでも仮想敵国なのは間違いないらしい。
「王家としては多少警戒はしていたでしょうねえ。と言ってもワタシ自身ずっと先生の世界に行きっぱなしだったし、どうしようもないんだけどねぇ」
「結構緩いんだなその辺」
「もしかしたらワタシを泳がせて、そのうち情報源として使おうとしていたのかもしれないわねぇ。でももう手を切っちゃったし、そもそも先生っていうそれ以上価値のある人間が見つかっちゃったから、王家としても対応を見直すはずよぉ」
「ねえそれよりその勇者教団ってまだ着かないの?」
リーララが俺の腕につかまりながら文句を言うのは話についていけないからだろうか。さすがに中身は初等部だからな、大人の政治的な会話についてくるのは無理だろう。
「ふふっ、もうすぐよぉ。ほら、そこの白い建物がそう」
カーミラが指さす先に3階建ての大きな建物があった。看板には『ルカラス財団魔法歴史研究所』とある。
『ルカラス』という名前には聞き覚えがあるのだが、俺が知っている奴とは別人だろう。だいたいアイツは人じゃないし……と考えながら、俺は建物の入り口をくぐった。
中に入ると一応窓口みたいなところがあり、カーミラがそこに顔を出すと少し騒ぎになっていた。多分『勇者教団』的にはカーミラは長期行方不明みたいな扱いだったんだろうな。
「先生、こっちよぉ。教団、じゃなくてこの研究所の所長がすぐに来るって言っているわぁ」
カーミラに案内されて応接室に入る。
椅子に座って待っていると、すぐに1人の男が入ってきた。
異世界スーツ姿の、濃い緑の髪をオールバックにした長身の美男子だ。一見すると若いが、耳が長いのでどうやらエルフの血を引く人のようだ。つまりは年齢不詳ということになる。
彼は部屋に入ると、まずはカーミラを見て両腕を広げた。
「ああカーミラ、無事でなによりだよ。ずっと連絡が取れない上に、『魔人衆』のクゼーロがやられたという噂を聞いてもう駄目かと思ったよ」
「心配をかけたわねぇ。ワタシは大丈夫だったわよ、こちらの先生のお陰でねぇ」
「おや、こちらは初めて見る顔だが……カーミラが世話になったということは、もしかして向こうの世界の人かい?」
「ええそうよぉ。こちらはアイバさんっていって、なんとあの伝説の勇者本人なのよ」
「あ、え~と、相羽走といいます。この世界に1500年以上前に呼ばれて魔王を倒した勇者です」
カーミラが雑に紹介をしたので、俺の挨拶も雑になってしまった。おかげで目の前のエルフ所長も一瞬何を言われたかわからずに目をぱちくりさせている。
「……ああ、勇者さん、ですか? ん? カーミラ、君は確か勇者の子孫を探しに行ったはずだよね?」
「ええそうよぉ。ところが子孫じゃなくて勇者本人がいたってわけなの。今回無理を言ってようやくここに来てもらうことができたのよ」
「はぁ? ……あ、いや、なんというか、なるほど? ええと、ようこそこちらの世界へ。私はこの『魔法歴史研究所』の所長をしているギムレットと申します。アイバさんをお迎えできて光栄です」
まだどうも要を得ていないようなギムレット氏と握手をする。
う~ん、これはまずアレだな。勇者の力をいくつか見ていただいて、信じてもらう所からはじめないとダメな奴だな。
まあ仕方ないと言えば仕方ないが……王国で勇者証明書とか作ってくれないもんかなあ。
「いやいやいやいや素晴らしい! 素晴らしいなんてものじゃないほど素晴らしい! というかもうこれは奇跡以外のなにものでもない! カーミラ、君は奇跡を発見した人間として歴史に残るだろう! そしてアイバさん、あなたはまさに奇跡の体現者だ! 私は今この場にいることを神と勇者に感謝しなければ! いや、勇者はアイバさんでしたね、これは失礼!」
いくつか証拠を見せて納得してもらうと、ギムレット氏はテンションが上限突破したかのように騒ぎ始めた。驚いて隣の事務室の職員がのぞきに来る始末だ。
「しかしなるほど、勇者召喚の儀が時間を超えるというのは想定していなかった! まさか同時代に太古の勇者がいるなど誰が想像しえただろうか。これは本当に奇跡だよ! ああ本当に素晴らしい!」
「ねえこの人大丈夫なの?」
リーララが、半トランス状態にあるギムレット氏にジト目を向ける。
カーミラが苦笑いしながら「こうなるとしばらくは仕方ないかもねぇ」というので5分ほど放っておいた。
さすがに俺たちの呆れ顔に気付いたのか、ギムレット氏はコホンと咳ばらいをして恥ずかしそうな顔を見せた。
「……これは失礼、あまりにも感動をしてしまってね。しかしアイバさんの存在は、我々にとってはあまりに大きな話だよ。ところでカーミラ、このことは王家には……」
「ごめんなさいねぇ、実は先生の方の事情もあって、昨日のうちにラミーエルのところに行ってるのよぉ」
「むむ、それで王家はどういう対応を?」
「ラミーエルはまだ迷ってる感じねえ。なにしろ昨日モンスターが大量発生して、それを先生が解決したりしたから、簡単にどうするかは決まらないと思うわぁ」
「モンスターの大量発生は軍が対応したというニュースだったが?」
「実は3回発生したのよぉ。1回目は軍が対応したんだけど、後の2回は両方先生が対応したの。対応っていっても、数千体のモンスターを1人で全滅させたってだけだけど」
「それはまた……信じがたい話だけど、君が言うなら間違いはないんだろうね。しかしモンスターの大量発生が3回も起きるというのはいよいよもって危険な兆候だ」
ギムレット氏は腕を組んで眉を寄せ、大きく溜息をついた。
「でもそれも裏があるみたいなのよねぇ。先生が調べたところによると人為的に起こされたものみたいなの」
「人為的に? 誰かがモンスターをわざと大量発生させたっていうのかい? それはまた捨て置けない話だね」
「それに関してはワタシたちじゃどうしようもないけどねぇ。ああそれと『魔導吸収体』の研究所も見て来たわよぉ」
「は? そんな重要施設にどうやって……もしかして忍び込んだのかい?」
「いいえ、ラミーエルが見せてくれたの。で、実はその場でトラブルが発生したんだけど、そのせいで『魔導吸収体』の計画自体が見直しになるみたいなのよ」
「ちょっと話が早くてついていけないな。トラブルというのは?」
「簡単に言えば、『魔導吸収体』が非常に強力なモンスターに変化する可能性があるって分かったの。だからこれ以上の研究は難しいみたい」
「それはまた……。しかしやはり『魔導廃棄物』を吸収してモンスターになるというのは古の魔王そのままな感じはするね。勇者殿も『魔導吸収体』は見たのかな?」
「ええ。確かに魔王のものに似た魔力を出していましたね。もちろん量としては魔王とは比較にならないほど少ないものでしたが」
俺が答えると、ギムレット氏は少し驚いた顔をした。
「それが本当なら、我々が『魔導吸収体』に反対していたのは正しかったということになるね。勇者殿もあれは危険なものという判断をされたのかな?」
「少なくともあれに頼るのはやめた方がいいでしょうね」
「勇者殿がそう言われるなら心強い、というのは少し変な言い方になるけど、どちらにせよ『魔導吸収体』の研究にストップがかかったのならそれはいいことだ。我々としても本来の研究に戻れるしね」
そう言いながら、俺のほうをじっと見るギムレット氏。
そういえば俺は彼らの……『勇者教団』のことをよく知らないんだよな。
正直あまり深入りしたくない気もするんだが、ここまで来て聞かないわけにもいかないか。
「ところでその、カーミラさんやギムレットさんたちの所属する集団は『勇者教団』と呼ばれているそうですが、実際のところどんな活動をしている団体なのでしょうか」
「ふむ? 簡単に言えば、勇者を神の使徒と考え、彼の力を現代に蘇らせることで、近く訪れるであろう世界の破滅を回避しようとする団体、ということになるかな」
「世界の破滅、ですか? それは例の『魔導吸収体』の件を指しているのでしょうか?」
「一つはそうだね。しかし実は、我々が言う世界の破滅というのは一つではないんだよ。我々は勇者殿と強い結びつきがある、とある存在と深い関係にあってね。その存在が、いくつか滅びの要因となるものが生まれつつあると警告しているのさ」
「そんな予言めいたものをする人間は知り合いにはいませんでしたが」
「ははは、さすがに人間ということはないよ。純血のエルフでも1000年しか生きられないしね。勇者殿はかつてこちらの世界で2000年以上生きる存在を従えてたはずだけど、思い当たる節はないかな?」
そんな奴は知らない……と言おうとしたところで、俺はこの建物の看板に書いあった文字を思い出した。
『ルカラス財団魔法歴史研究所』
いやまさか、『ルカラス』っていうのはアイツのことなのか?
確かにアイツなら生きている可能性もなくはないが……いやまさかなあ。