24章 再訪1日目 13
少し会話が途切れると、カーミラが思い出したように口を開いた。
「ねえラミーエル、今回の一件で『魔導吸収体』の研究は当分見送るみたいな話になるのよねえ?」
「ええ、先程も言いましたが、そうせざるを得ないでしょうね。間違って特Ⅱ型が出現してしまったら最悪都市が一つ壊滅しますし」
「それは恐ろしい話ねえ。でも申し訳ないけど、研究の見送りは『勇者教団』としてはいいニュースなのよ。私たちはあれをかなり危険視していたからねぇ」
「『魔導吸収体』は『魔王』を作り出す、ですか? しかし結局教団の言っていたことと近い話にはなりましたね。もし特Ⅱ型より上のモンスターが生まれてしまったら、それこそ『魔王』と呼べるレベルかもしれませんし」
どうやら『勇者教団』の話の方は勝手に解決してしまったみたいだな。王家が『魔王』を作り出すのを問題視していたという話だったが、『魔導吸収体』の研究が頓挫するならそれでこの話は終わりである。
しかしこっちの世界に来たはいいが、結局『魔導廃棄物』についてはお手上げか。もっとも、そもそも『魔導廃棄物』が『深淵窟』の発生と因果関係にあると判明しているわけでもない。
ともかく今回は『ウロボロス』にデータを集めてもらっているのでそれの解析を待つしかないだろう――と思っていたらリストバンドに着信音。『ウロボロス』がらの連絡だ。
「どうした?」
『艦長、『魔導廃棄物』のデータ収集及び流動シミュレーションが完了でっす』
「そりゃご苦労さん。後で船に戻って聞くわ」
『それが艦長、現在急速に『魔導廃棄物』が集まってる場所があるんです~。シミュレーションから考えても異常な動きなので注意が必要だと思いまっす』
「どの辺だ?」
『今艦長がいらっしゃる都市の南約30キロの地点でっす。地下で集まってるみたいですよ~』
「その場所の画像をこの場で映せるか?」
『艦長の端末経由で可能でっす。やりましょうか~?」
「やってくれ」
命じると、俺のリストバンドから電子音がして、なにもない空間に映像が現れた。銀河連邦の技術は本当に驚きである。
映像は真上から丘陵地帯を映したものだった。片側2車線の道路が一本走っているほかは何もない。
いきなり現れた映像に女王陛下は驚いた顔をしていたが、居ずまいをただしてその映像を見始めた。
「アイバさん、この映像は……?」
「さきほどの通信の通りです。どうやらこの場所の地下に『魔導廃棄物』が異常に集まってきているようです」
「そのようなことが分かるのですか? しかもこの映像は空からのものですね」
「ええ。実は空に船を飛ばして調査をさせていまして、この映像もその船からです」
よく考えたら領空に都市を丸ごと滅ぼせる宇宙戦艦を飛ばしてるって普通に侵略行為だよな。まあここはスルーしてもらおう。
5人でしばらく映像を見ていると、『ウロボロス』から再び通信がくる。
『艦長、地下の『魔導廃棄物』が地表に上がってきているようです~。あと30秒で地上に出まっす』
映像の中の地表がいきなり円形に陥没した。近くの道路との対比でみると穴の直径は30メートルくらいありそうだ。
そしてその穴の奥からコールタールのような黒いドロドロした液体がせりあがってくるのが見える。表面が泡立っていて、いかにもヤバそうな雰囲気だ。
そのコールタール……『魔導廃棄物』は穴からあふれ出ると、あふれたそばから様々なものに変化していく。もちろんそのものというのはモンスターである。ローパーもどきや芋虫型、蟹型やトラ型やカマキリ型、地球で見た『深淵獣』と同じものがほとんどだが、見たことがないものも混じっている。
見る間に地表がモンスターで埋め尽くされていく。その数は数百……いや、数千に達するだろう。勇者としては見慣れた現象、『オーバーフロー』や『スタンピード』などと言われるモンスターの大量発生である。
こうして俯瞰した映像で見せられるとなかなかショッキングな映像だ。とはいえ俺としてはやれやれめんどくさいな程度の感覚でしかない。
しかしまあほかの4人は違う感想を持ったようで、皆画像を見て凍り付いている。リーララですら目を見張っているので、おかしいのは俺の方なのだろう。
一番最初に反応できたのは女王陛下だった。
「パヴェッソン、すぐに現地の確認を。この映像の通りなら直ちに軍の出動要請を行ってください。周囲の都市にも緊急連絡を」
「はっ!」
さて、これはどうしたものかと思っていると映像にさらなる動きがあった。
さんざんモンスターを産んだ後、穴の中に残っていた『魔導廃棄物』が一か所に集まり出したのだ。
出現したのは本体だけで体長30メートルはありそうな超巨大イカ。間違いなく特Ⅱ型バージョンの『クラーケンもどき完全体』だった。
さて、こちらの世界的には前代未聞(といっても俺が召喚された時代では日常茶飯事だったが)の緊急事態である。
といってもよそ者である俺たちがなにかするのもおかしな話だ。女王陛下も執務机で通話の魔道具を相手に色々とやりとりをしているし、とりあえず『ウロボロス』からの映像を見ているくらしかやることがない。
「ねえ先生、勇者としてはなにかしなくていいのかしら?」
カーミラが心配顔で俺にそんなことを言うと、リーララは少し不貞腐れた顔を作った。
「ふん、どうせ自業自得なんだから放っておけばいいでしょ。痛い目見ないと分からない連中がいっぱいいるんだし」
「まあそうなんだけどねぇ。でも魔女さんは結構ドライなのね。こっちに知り合いとかいないのかしら」
「いないいない。だからこっちの世界がどうなっても知ったことじゃないんだよね」
そう言いつつ横を向くリーララはちょっとそわそわしているようにも見える。意固地になっているようだが、どうやらリーララもこっちの世界に思うところはなくもないようだ。
『艦長、現地の軍が出動したようですよっ。まずは空軍が接敵するみたいです~』
『ウロボロス』から通信が入ると同時に、映像が少しズームアウトした。
穴から現れたモンスターの群は、ばらけることなく軍団になってこの首都に向かっているようだ。
映像では上方向に向かっているかたちになるが、その上方向から20機ほどの飛行機が飛んでくるのが見えた。飛行機といっても地球のそれとは違い、プロペラもジェットエンジンもついていない。多分魔法的ななにかで推進しているのだろう。
その飛行機……攻撃機なのだろうが、それらから一斉に炎の槍が連続で射出される。
見た目的に中級炎魔法『ファイアランス』に匹敵する兵器のようだ。モンスターの群に次々と着弾して薙ぎ倒していく。
ブレス持ちのモンスターが多数いるらしく群からも火の玉が多数うちあがる。対空砲火ということになるが、高速で飛行する攻撃機をとらえることはできないようだ。
「なるほど、技術が発達するとモンスター相手でもこういう戦いになるんだな」
肉弾戦で群に突っ込んでいた勇者的には、時代の移り変わりを実感する戦闘シーンである。
その後地上の戦車隊からの砲撃でさらに数を減らしたモンスター軍団だが、それでもひたすらに北上を続けた。
戦車隊に随行していた歩兵部隊が、光の矢の銃撃で残りのモンスターを次々と倒していく。さすがに甲型や特Ⅰ型には苦戦をしているようだが、それも重火器や戦車の強力な魔法射撃で対応している。
いつの間にか女王陛下もこちらに来て、映像を食い入るように見つめていた。