24章 再訪1日目 11
王城の地下から転移の魔道具で移動した先は、王都の北西にある巨大な研究施設だった。
巨大といっても地上にあるのは3階建ての校舎みたいな建物だけで、施設の大部分は地下にあるらしい。
俺たちが転移した先は1階の部屋だったが、そこから白衣の男性研究員に先導されて、女王陛下やパヴェッソン氏、そしてSP風の女王の護衛とともに地下へと下りていく。
地下の通路を歩いていき、『魔導圧縮炉管理室』と表示のある部屋に入る。
そこはさまざまな制御盤や計器が並んだ部屋だった。入り口の反対側は一面がガラスになっていて、その向こうに広大な空間が広がっているのが見える。
「どうぞこちらでご覧ください」
研究員に促され、女王陛下たちとともに俺たちもガラス窓の方に歩いて行く。
眼下に広がるのは、床面積にしてサッカーコート位、高さは50メートルはあろうかという人工の地下空間だった。
壁面や床には様々な機器が並べられ、100人くらいの人間がその中で作業をしている。
部屋の中心には直径10メートル、高さ20メートルはありそうな円筒形の機械が置いてあり、何本もの管がつながっている。どうもその筒がこの部屋の中心となる装置……『魔導圧縮炉』とやらだろう。
研究員が女王陛下に近づき説明を始める。
「現在『魔導圧縮炉』による『魔導廃棄物』の圧縮試行は第三フェーズに移行しています。第二フェーズで生成された『魔導吸収体』は安定して『魔導廃棄物』を吸収することが確認されていますが、その量は目標値の0.3%にしか届いておりません。第三フェーズでは圧縮率を高め、目標値の5%程度まで吸収量を引き上げたいと考えています」
「第二フェーズで生成された『魔導吸収体』は、『魔導廃棄物』を吸収した後も安定しているのですか?」
「はい陛下。12個の『吸収体』を生成し、11個は安定しています。1個は吸収2日後に崩壊しモンスターを発生させましたが、丁型のものでしたので大きな問題にはなりませんでした」
「やはり扱いを誤るとモンスター化するのですね」
「まだサンプルが少ないので明言はできませんが、その可能性は高いようです。第三フェーズでのサンプルがどうなるかで、『魔導吸収体』の危険度が測れるものと考えております」
「圧縮率によるリスクの変化が分かるというわけですね」
「その通りです。では陛下、時間ですので第三フェーズ5回目の『吸収体』生成を行わせていただきます。その後4回目に生成された『吸収体』が『魔導廃棄物』を吸収するところもご覧いただきますのでよろしくお願いいたします」
研究員がそう言うと、管理室内の雰囲気が慌ただしくなった。『魔導圧縮炉』から低周波の音が聞こえてきて、その音が次第に高い音に変わっていく。
『魔導圧縮炉』につながった管を、気持ちの悪い魔力が流れているのがわかる。おそらく『魔導廃棄物』だろう。そのドロドロした魔力が『魔導圧縮炉』の中に蓄積され、縮んでいくと同時に密度が高くなっていくのも感じられる。なるほど言葉通り圧縮をしているらしい。
10分ほど経っただろうか、部屋にチャイム音が流れ、『圧縮炉』からの音が消えた。
「成功です。炉が開きます」
研究員の言葉の通り、『魔導圧縮炉』の上部の蓋が開き、天井に設置されたロボットアームが炉の中に入っていく。
アームが持ちあがると、その先端には黒紫色の結晶のようなものが掴まれていた。大きさは野球ボールくらいだろうか。
「あれが『魔導吸収体』なのねぇ。なんかイメージとちょっと違う感じだけど、ちょっと嫌な感じがするわねぇ」
「『次元環』を通ってくる『魔導廃棄物』と同じ感じがする。大丈夫なのあれ」
カーミラとリーララが口をそろえるように、かなり嫌な感じがする物質である。ドロドロとした魔力ではないが、肌にヒリつくような感じを与える『力』を放射しているのだ。
さらに言えば、その『力』は俺としては看過できない特徴を持っていた。それは、あの物質から感じる『力』に強烈な既視感があるということ。
『魔王』とは似ても似つかないあの結晶。それが放つ『力』は……勇者としての俺が最後に感じた『力』、まさに『魔王の真核』が放っていた『力』そのものであった。
「う~ん、確かにすごく嫌な感じのものだったけど、あれを『魔王』とか言うのは違うよね」
「そうねえ。ワタシの所属してる教団はかなり警戒してるんだけど、あれってただの結晶よねえ」
リーララとカーミラがそんなことを言うと、研究員がちょっと変な顔をした。
「あの物質は結晶に見えますが、生命活動に近い反応を体内で行っています。『魔導廃棄物』を取り入れてなんらかのエネルギーに変換する。そのような活動が観測されているのです」
「ふ~ん……」
リーララが首をひねるが俺もよく分からない。代わりにカーミラが口を開いた。
「そのエネルギーっていうのはどういうことに使われるのかしらぁ? あの結晶みたいのがそのエネルギーを使って活動するってこと?」
「今のところエネルギーを使っての活動は見られていません。エネルギーを溜めているのみで、その量が一定を超えるとそれ以上『魔導廃棄物』を吸収しなくなります」
「ふぅん。そういえばさっき『崩壊してモンスターを発生させる』って言っていたわよねぇ。それが『活動』ってことなんじゃないのかしら?」
「もちろんその仮説はすでに検討されています。さて、それでは次に『魔導廃棄物』を吸収するところを見ていただきましょう」
窓の外を見ると、先ほど生成されたのとは別の結晶が、天井からアームにつかまれた状態で下りてきた。
下にはいつの間にか水槽のようなものがあり、その中にはドロドロしたコールタールみたいなものが満たされている。漏れだす魔力の気持ち悪さからして『魔導廃棄物』に違いない。
アームが下りていき、先端の結晶を『魔導廃棄物』につける。すると水槽の中の『魔導廃棄物』の量が目に見えて減っていく。『魔導廃棄物』を吸収しているということだろうが、その割に結晶の方にはなんの変化もない。質量保存の法則ガン無視の現象、しかしこっちの世界ではままあることだ。
その様子をじっと見ていたラミーエル女王が、目を細めて軽く溜息をついた。
「確かに吸収する量は前回よりも上がっているようですね。しかしあの量が限度となると、先はまだまだ長そうです」
「あちらは第三フェーズの吸収体ですが、まだ目標値の1%に届くかどうかというレベルです。実用化までは今しばらくのお時間が必要かと」
「そうですね。研究所の皆さんはよくやってくれていると思います。この種の研究は気が遠くなるほどの試行が必要でしょうから、これからも引き続き研究をお願いします」
「は。必ずや陛下の期待に応えられるよう全力を尽くします」
部屋にいた研究員15人ほどが一斉に立ち上がって女王に一礼する。この女王陛下自身はある程度人気がありそうだな。まあこっちの世界にもそうはいない美人だしなあ……と思っていたら、窓の外が急に騒がしくなった。
「どうしたのですか?」
「は、これは……。いけません、先程『魔導廃棄物』を吸収させた『吸収体』が崩壊を始めたようです」
研究員の言葉を待たずに、研究所にサイレンが鳴り響く。
なるほど緊急事態というわけか。勇者がいるんだからやっぱりそうくるよな。