2章 初めての家庭訪問 03
その後ダンジョンを徘徊すること1時間、丙型と丁型とエンカウントすること10回、行き止まりにぶち当たること3回で、ようやくダンジョンの最奥部らしき場所にたどり着いた。
ダンジョンのお約束で、目の前に大きな扉がある。これをくぐればボス戦で、勝つまでは逃げられない……というのも同じということだ。
「この先には恐らく『乙型』がいます。先生の力をあてにしないと倒せないのですが、問題ないでしょうか?」
青奥寺がその扉の前で聞いてきたのは、俺が頼まれているのがあくまでサポートだからだろう。
「青奥寺だけじゃ手に余るようなら俺がやるよ。でも青奥寺も経験は積んだ方がいいんだろ?」
「そうですね。先生の方に余裕があるならお願いしたいです」
「オーケー、こっちは青奥寺に合わせるから自由にやっていいよ。危ないと判断したときに手を貸すようにする」
「分かりました。ありがとうございます。では行きます」
青奥寺は一礼すると、扉を開き中に入っていった。俺も後に続く。
そこは体育館ほどの広さの部屋だった。部屋というよりは工場に併設された倉庫の中、と言った方がしっくりくるかもしれない。
「来ます」
青奥寺の注意の言葉通り、部屋の中央に魔力が集まってくる。感じからして確かに『乙型』だろう。
ただ問題は――
「まさか2体いる!? しかも上位種まで!?」
ということだ。
見ている間に黒い霧のようなものが集まり、4本腕の巨大カマキリが2体出現した。
ただ片方は以前夜の公園で見たの同じだが、片方はさらに全体的に棘の多い凶悪な形になっている。
『アナライズ』で見ると確かに上位種のようだ。
「青奥寺、強そうな方は俺がやる。頑張れよ」
「分かりました、よろしくお願いします」
俺はとりあえず先行して上位種に軽く一撃与え、そいつの注意を引きつけた。
その間に青奥寺はもう一匹に『疾歩』で接近、先制攻撃で腕を一本斬り落とし、交戦状態に入る。
「さて、上位種はどの程度なのかね」
俺が無造作に距離を詰めると、『乙型』は4本の巨大な鎌を振り回し始めた。
テクニックよりスピードとパワーで圧倒するタイプのようだ。単純だがそれだけに小細工が通じない厄介さはある。
俺は四方から襲ってくる巨大鎌を、ミスリルの剣ですべて弾き返してやる。
なるほど並の前衛だとキツイな。防御力重視の重騎士でも、すべてを受けていたら5分ももたないだろう。大抵は他の奴がその前に援護するが。
「ま、こんなもんか」
青奥寺にはまだ相手はさせられないな、と結論付け、『高速移動』スキルですれ違うと同時に首を落とす。
そいつは大きめの『深淵の雫』を残してダンジョンの床に溶けていった。
青奥寺の方に目を向けると、『乙型』の間合の外から隙をうかがう姿が見えた。
『乙型』の腕は3本のまま、ということは、特に有効なダメージは与えられていないようだ。
まああの鎌はブレザー姿で受けたら一撃で致命傷になりかねないからな。慎重になるのは当然だろう。
『乙型』がガサガサと突進しながら鎌を振り下ろす。青奥寺はそれをバックステップでかわして反撃に移ろうとするが、別の鎌がそれを阻止する……というような動きが何度か繰り返される。
スピードもパワーも足りていない状態でモンスターと一対一でやり合うと必然的にこういう千日手になりがちだ。
もちろん人間側の体力が先に尽きて結局はゲームオーバーになる。ゆえに複数で戦うことが大切だし、青奥寺家も強敵相手は基本的にはそういう方法を取っているようだ。だからこそ俺がここにいるわけだ。
「青奥寺、隙を作ってやるから攻めろ!」
叫ぶと同時に俺は魔法『ロックボルト』を発動する。
岩の塊を飛ばして対象に打撃を与える魔法だが、勇者の俺が使えば攻城兵器……にするのは今はマズいので、『乙型』の腕一本を吹き飛ばすにとどめる。
シギャッ!
予想外の攻撃に『乙型』が一瞬こちらに頭を向ける。
無論その隙を逃す青奥寺ではなく、『疾歩』ですれ違いざまに腕を一本落とした。
なんと移動と同時に斬る動きをすでにものにしたようだ。
相手の腕が一本となればさすがにバランスは青奥寺に傾く。青奥寺は『乙型』の周囲を目まぐるしく移動しながら脚や残りの腕にダメージを与えていき、遂に体勢を崩した『乙型』の首を斬り落とした。
「はぁ、はぁ……、ありがとうございました先生」
「よく戦ったな。すでに俺が見せた技もものにしはじめてるみたいだし大したもんだ」
と褒めると、青奥寺は少し表情を緩めたようだ。もしかしたら笑ったのかもしれない。
さて、ダンジョンボスも倒したし、これでこのダンジョンは消えるはずだ。
……はずなのだが、一向にその気配がない。
「青奥寺、ボスを倒せばこのダンジョンは消えるんじゃないのか?」
「ええ、そのはずなんですが……おかしいですね」
青奥寺も戸惑っているようだ。
この手のイレギュラーは、ボスがまだ残っているか、ボス討伐以外にも他に条件が必要なのかどちらかだろう。
新たなボスが出てくる気配はないので、周囲を見渡してみる。
と、入ってきた扉とは正反対の壁に、奇妙な球体が埋まっているのに気付いた。
「これは『深淵の雫』……か?」
「そのようですね。この大きさだと『乙型』上位のものに見えますが、これが『深淵窟』の発生と関係があるのでしょうか?」
「う~ん、どうだろう」
雰囲気としては、『あっちの世界』の『迷宮核』【ダンジョンコア】――すなわちダンジョンを人為的に発生させる道具――に近い。
もしその直感が正しいなら、この『深淵窟』は誰かが発生させたということになるが……。
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深淵核
複数の深淵の雫を融合させ、深淵の霊気を放出するよう加工したもの
含有する霊気量に応じた規模の深淵窟を発生させる
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『アナライズ』するとその通りの説明が出た。
勇者の勘から言うと、間違いなく面倒ごとが起きる前兆だなこれ。
「やっぱりこれが『深淵窟』を発生させてるみたいだ」
「どうして分かるんですか?」
「そういうスキル……勇者の能力があるんだよ。よし、取ってみよう」
俺はその『深淵核』を壁から抜きとって『空間魔法』に放り込んだ。これで『霊気』とやらの放出は止まるはずだ。
すると周囲の景色がすうっと透明になって消え、いかにも廃工場の中といった雰囲気の景色に変化した。
『深淵窟』が消滅して元の空間に戻ったようだ。
「元に戻りましたね。先生のおっしゃっていた通りです」
「そうだな。こういうのは初めてか?」
「私は経験がありませんが、母なら知っているかもしれません」
「じゃあ戻って聞いてみるか。ちょっと嫌な感じだしな」
「……あの、もしかして帰りも空を?」
そこで青奥寺はジトッとした目で俺を見上げた。やっぱり絶叫マシン弱いタイプなんだな。
「怖ければお姫様抱っこしてもいいけど?」
「背負う方でお願いします……」
俺の冗談にも反応する気力がないようだ。
俺は青奥寺を背負うと、風魔法を発動した。