24章 再訪1日目 07
カーミラに案内され歩くこと30分、俺たちは10階建ての近代的なビルの前にいた。
玄関の上にはでかでかと『冒険者ギルド バゼラート本部ビル』の文字が、周囲を威圧するように掲げられている。
「まさか本当に冒険者ギルドが残ってるとはなあ」
つい口から感嘆が漏れてしまった。
歩いている時にカーミラに話を聞いたが、この時代でもダンジョンが『遺跡』という形で大陸のあちこちに残っているらしい。そういった遺跡を新たに発見したり、遺跡に潜って古代の魔道具を回収して稼ぐ人間を『冒険者』と呼び、その『冒険者』たちの共同組合として『ギルド』があるのだそうだ。
違いといえば、『遺跡』にモンスターが出現しないことだ。要するにこの時代の『冒険者』っていうのは、せいぜい『宝発掘人』くらいの意味だと思っていたのだが……
「『遺跡』で手に入る古代の魔道具はどこも欲しがってるからねぇ。『冒険者』同士で奪い合いになることもあるし、『冒険者』を狙った強盗団もいるし、荒事から無縁ってことはないのよぉ。だから今の『冒険者』も戦闘のプロっていう側面はあるのよねぇ」
「それはまた怖い話だな。文明は進んでても荒っぽい世界なんだな」
「地球だって一部の先進国が安全なだけで、似たような地域はいくらでもあるんじゃない?」
「そうかもな。しかしそれだけ魔道具が重要なら、俺みたいな怪しい人間は買取に出したら詮索されるんじゃないのか?」
「うふふっ、逆よぉ。どこも魔道具が欲しいから、来るものは拒まずっていう態度なの。そうじゃないと魔道具が地下に流れちゃうでしょう?」
「なるほど、オープンにして数を集めることを優先したわけか」
「そういうこと。ただその分、ニセモノを持ち込むと厳しい対応になるから注意が必要ねぇ」
「そこは注意しよう。といってもニセモノなんて持ってないけどな」
そんな話をしていると、リーララが「早く入ろっ」と急かすので、俺たちは『冒険者ギルド』のビルへと入っていった。
ビルの1階はロビーになっていて、現代の冒険者と思しき連中がたむろしていた。
現代異世界の冒険者ということで、多くの人間は現代地球の兵士みたいな格好をしている。『魔導銃タネガシマ』のような銃型の魔道具や、リーララが持っている『アルアリア』のような弓型の魔道具を持っているものも多い。ただ腰に剣や斧などを提げているものも多く、格闘戦もやるような雰囲気だ。
そういえば『赤の牙』のランサスは剣士だったし、この時代でもスキルを使った剣技などは現役なんだろう。このあたりは地球とは違う文明の進歩をしたようだ。
魔道具の買取は3階ということなので階段で3階まで上がる。エレベーターのようなものもあるようだが、基本ギルド職員用とのことだ。
3階は小部屋に別れていて、人に見られず取引をする形式のようだ。『空き』の表示がある部屋に入ると、そこは教室の三分の一くらいの空間だった。奥にカウンターがあり、俺たちが入って少しすると、そのカウンターにギルド職員らしき30代の男がやってきた。
職員はカーミラとリーララを見てちょっと変な顔をしたが、すぐにその表情をひっこめて俺に声をかけた。
「買取でしょうか?」
「ああはい、よろしくお願いします」
俺はカウンターの前に行って、『空間魔法』を発動する。『空間魔法』自体はそこまで珍しくないというのは確認済みだ。
売るものは事前にカーミラに確認済みだ。ここで変なものを出したら大騒ぎになる可能性があるからな。
「ええと、これなんですが……」
カウンターに置いたのは『解毒ポーション』3本だ。見た目は香水の瓶に近い。
「ポーション系ですね。随分と状態が良いようですが……少々お待ちください」
職員は小さな望遠鏡のようなものを使って『解毒ポーション』を調べ始めた。鑑定の魔道具らしいのだが、正直地球側の世界にとってはそれだけで魔法のアイテムである。
「……これは『解毒ポーション』ですね。効果レベル3、状態は最上位になります。買取は税込みで1本80,000ドルム、3本で240,000ドルム。よろしいでしょうか?」
「それで結構です」
『ドルム』は言うまでもなく通貨単位だ。日本円よりは気持ち価値が高いくらいらしい。
通貨は紙幣だった。10,000ドルム札24枚、これで二日間くらいは余裕だろう。
職員に一応礼を言って、俺たちは買取の部屋を出た。
2階は装備品が売っているとのことだったのでちょっとだけ見てみたが、銃火器系の魔道具が興味を引く以外は特に面白いものはなかった。というか基本的に俺が持っている魔道具の方がはるかに高性能だ。やはり下手なものを買取に出していたらヤバかったな。
1階に下りると『冒険者ギルド』お約束のイベントが発生した。言うまでもなくアレだ、『不良冒険者が絡んでくるイベント』である。
「お前この辺じゃ見ない顔じゃんか。随分とイケてる美人と可愛い娘連れてっけど、ここがどんなところか分かってんの?」
一人の男が俺たちの前をふさぐように出てきた。見た目かなりゴツいのだが、不良少年っぽい口調でしゃべるので違和感が酷い。もしかして笑わせて因縁つけるトラップか?
「『冒険者ギルド』でしょう。俺も冒険者だから知ってますよ」
俺が動揺を見せなかったからだろうか、先輩冒険者のパーティメンバーらしい人間が2人近寄ってきた。3人揃ってカタギとは到底思えない顔つきだが、まあ冒険者なんて基本そんなものだ。
「お前みたいなヒョロいのが冒険者って、さすがにそれは無理があるって。どうせ盗んだモンでも売りにきたんだろ? そういうのはオレたち的には見逃せないワケ。それくらいは分かるっしょ?」
だから四角い顔のいい歳した男がそういうしゃべり方するのはホントにやめてほしい。笑いをこらえるのがキツいんだからさあ。
「自分でとってきたものを売っただけなので関係ありませんね。申し訳ありませんが通してもらいますよ」
「おいおいおい、そんなウソが通るほど甘くはないんだよなぁ。まああれだ、金とそこの女置いてけば見逃すってカンジでどう? 悪くない取引っしょ」
男がカーミラを見ながら舌なめずりをした。そいういえば俺は見慣れてきたけどカーミラってこういう場所じゃトラブルメーカーにしかならない奴だったわ。
「あら、アナタみたいな男は願い下げなんだけどぉ。そもそもワタシの勇者さまに比べたらアナタたちなんてゴミ以下だし、痛い目をみたくなければ言葉は気を付けたほうがいいと思うわよぉ」
「はぁ~、これだからこっちの世界はヤなんだよね~。王都ですらこういう品のないバカが多すぎるし。そもそも自分より強い人間が分からない時点で終わってるでしょ」
あ、トラブルメーカーがもう一人いたわ。
女子2人に挑発されて3人の男は一瞬真顔になり、そして気味の悪いニヤけ顔になった。獲物が餌にかかったとか思ってるんだろうな、きっと。
「おっとぉ、そこまで言われたら力試ししないわけにはいかなくなっちゃうじゃん。なあ、彼女2人にそこまで言わせて逃げるとかないよねぇ」
「あ~、力試しってなにすればいいんだ? こっちも忙しいから手早く頼む」
「あん? そりゃ素手で殴り合いでしょ。冒険者の間じゃ常識じゃん。それを知らないってことはやっぱりウソつき確定だなあ」
「お前らを殴り倒せばいいんだな?」
「それができるならねぇ」
そう言って3人の男は構えを取った。どうやらここでやり合っていいってことらしい。他の冒険者もニヤニヤ笑ってるし。
しかし初手で1対3とかムチャクチャだな。ああ一応カーミラとリーララが入って3対3なのか。
「オーケー」
俺は軽く構えを取り、『高速移動』スキルを使って先頭の奴から一発づつ殴ってやった。顎に一撃くらった3人の男は、吹き飛ぶことなくその場にくずれ落ちる。
多分こいつらも、周りで見てた奴もなにが起きたかは分からないだろうな。勇者の『高速移動』スキルは本気で使うとほとんど瞬間移動みたいになるし。
「あ~あ、本当におバカな男たちねぇ。彼我の戦力差も分からないようじゃ長生きなんてできないでしょうに」
「おじさん先生ってこういう時は容赦ないんだね。なんかちょっとカッコいいかも」
カーミラはともかくリーララの感想おかしくない? そこは引くところだと思うんだが。他の冒険者なんか全員口開けて呆けてるし。
とりあえずそれ以上絡んでくる奴もいないようなので、俺たちは冒険者ギルドを出た。するとちょうど同じタイミングでギルドに入ろうとした人間がいた。
何気なく見てみると、それは獣人の少年のだったのだが――
「あれ、お前レグサ、だったよな」
「あぁん? なんでオレの名前を……って、勇者のおっさんかよ!」
なんと、そこにいたのは以前2度ほど戦った、『魔人衆』の精鋭『赤の牙』の一人だった。