24章 再訪1日目 06
カーミラのビックリ発言もあったが、まずは王都の市井の様子を見ることを優先した。まあ俺自身、観光気分がないと言うつもりもない。
俺は『ウロボちゃん』に『魔導廃棄物』についての調査と、重要そうな施設について可能な限り詳細なデータを収集しておくことを頼んで、王都の人目のないところに転送してもらった。
転送された先は公園のトイレの中だった。もちろん男女別に分けて転送してもらった。
俺がトイレから何食わぬ顔で出ていくと、隣の入り口からカーミラとリーララも出てきた。
「なんていうか、一見して雰囲気は地球とあまり変わらないな」
トイレの建物から離れて周囲を見回すが、いかにも都市部にある広めの公園といった雰囲気である。中央広場と思しき場所に噴水があって、その周囲には芝生があって、さらにその外側には木が並んでいて、その背景にはビルがいくつか並んでいる。
事前の情報で分かっていたが、こちらの世界の文明レベルはおおむね30~40年前の地球と同等らしい。特に今いるバーゼルトリア王国はいわゆる先進国的な国であり、その王都ともなれば公園や鉄道や道路など公共施設やインフラもそれなりに整備されている他、高層ビルも立ち並ぶ、現代日本人が見ても近代的な都会だと言えるような街並みである。
もちろん建築物などの個々のデザインについては地球のどの国のものとも違うのだが、そこまで奇異なものとは感じられない。ちょっとだけ前衛芸術風か……くらいなものである。正直俺が召喚された中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の趣はもうどこにもない。
「科学技術の代わりに魔導技術が発達しているだけで、文明レベルはかなり近いからねぇ。情報ネットワーク技術が未発達な分こっちのほうが少し遅れてる感じかしら」
「こっちは魔道具ベースの技術だって話だからそれは苦手なところか。ま、とりあえず街中に繰り出してみるか」
俺たちは公園の出口に向かって歩きはじめた。
さて、ここ王都バゼラートは、『ウロボロス』で上からの画像を見たかぎりでは超大規模な城塞都市という趣の都市だった。先にも言ったように建築物の技術レベルで言えば20年前くらいの地球の感じなのだが、王都に限らず大きな都市はどこも城壁によって囲まれているのだ。もちろん都市の外には広大な農地が広がっていて農村部もあちこちに点在しているが、町という規模の物は意外に少ない。
文明自体は俺が勇者をやっていたころに比べてはるかに進歩しているのだが、人間の集落のありようが変わらないというのが妙な感じである。
俺がそれを指摘すると、カーミラがちょっと嬉しそうな顔をした。
「ふふっ、それについてはワタシも不思議に思ったのよねぇ。どうして都市の構造がこんなに違うのかって。先生もやっぱり気になるわよねぇ」
「都市を壁で囲うってのは普通防衛のためだよな。でも兵器が発達したら城壁の意味は薄れるはずだ。にもかかわらず残っているということは、城壁でも防げる相手がいて、しかもそれが結構重要ってことか。でも基本こっちにモンスターはいないんだろ?」
「ええそうよぉ。実は城壁は外の人間の出入りを厳しく制限するためのものなのよねぇ。バーゼルトリアに限らずどの国も農村部からかなり搾取してるから、反乱が怖いってわけなのよ」
「ああ、身分制が残ってるからか……。そりゃまた日本人が聞くと眉をひそめたくなるような話だな」
「そうかもしれないわねぇ。あとはまあ、都市間の輸送なんかも貴族たちが権利を握ってるから、多くの人間が都市を出入りしないっていうのもあるかもねぇ」
「なんとも文化の違いを感じさせるところだな。それについては俺がいた頃とあまり変わらないって意味じゃ分かりやすくはあるか」
そんな話をしてると、話に割り込めないリーララがちょっとむくれて俺の腕を取ってくる。
通りに出ると、雰囲気はやはりというか少し古い海外の街、みたいな雰囲気である。歴史を感じさせる石造りの建物がある一方で、近代的な鉄筋コンクリート製のようなビルもある。ショーウインドーごしには最新のファッションに身を包んだマネキンが並んでいたり、魔道具が値札とともに棚に飾られていたりする。
特に魔道具についてはカーミラに聞いてみると、いわゆる情報機器的なものはほとんどなく、カメラや掃除機や調理器具や空調機器といった家電製品的なものがメインのようだ。
行き交う人間は異世界らしく、人間以外にエルフもいれば獣人もいる。角が生えた鬼人族や、皮膚の一部が鱗になっている竜人もスーツに身を包んで歩いているのだが、俺からすると逆にコスプレにしか見えなくて違和感でめまいがしそうだ。
道路には小型の自動車も頻繁に走っているが、内燃機関ではなく魔力で走っているのか排気ガスの臭いはしない。そこだけ見ると地球よりはよほどエコロジーな感じである。
「こう見てると本当に少し前の地球の都市という感じだな。あの時代は地球でも公害がかなり問題になっていたはずだが、この世界ではそれが『魔導廃棄物』ってことになるんだな」
「そういうことねぇ。『魔導廃棄物』は主に魔道具を作る時に排出されるから、街を歩いただけじゃ実態はつかめないのよ。だから一般市民は気付いてないんだけど、さすがに『魔導廃棄物』からモンスターが出てくるようになったらそういうわけにもいかないのよねぇ」
「やっぱりこっちでもモンスターを生み出してるのか」
「ええ、それもここ20年くらいのことなんだけどね。王家も貴族もずっと隠してたんだけど、さすがに農村部で被害がではじめたらだんまりは無理よねぇ」
「ふ~む、そうすると街をぶらついていてもあまり意味はないか。リーララはどっか行きたいところはあるか?」
「ん~……。久しぶりにこっちの料理は食べてみたいかな。それ以外は別にないけど……あ、服は何着か欲しいかも。おじさん先生買って。そういう約束だったでしょ」
「いや俺こっちの金持ってないから」
「あ~、そういえばそうか。おばさんは持ってないの?」
「失礼な子どもにおごってあげるお金はないわねぇ」
「うわぁ、ケチなところがいかにもオバサンって感じだよね」
カーミラとリーララが俺を挟んで睨み合いを始める。
緊張感のかけらもないが、そういやこいつらはこっちがホームグラウンドなんだよな。
「なあカーミラ、俺が持ってる古いアイテムとか換金できる場所ってないのか?」
「もちろんあるわよぉ。冒険者ギルドに行けば出自不明の古い魔道具とか買い取ってくれるわぁ」
……え、冒険者ギルドなんてまだあるの?