24章 再訪1日目 03
翌水曜日の夜、俺は青奥寺家にお邪魔していた。昼間学校で青奥寺に来るように頼まれたからである。
応接間には青奥寺本人や雨乃嬢、青奥寺の両親だけでなく、なんと九神の父親である仁真氏、さらには双党が所属する秘密機関『白狐』の所長、東風原氏までが顔を揃えていた。事前に話は聞いていたが、要するに例の『定在型深淵窟』の対応メンバーのトップが集まっていることになる。
まずは青奥寺父の健吾氏が頭をさげた。
「この度もお忙しいところお呼びだてして申し訳ありません」
「いえ、例の『深淵窟』の件となれば仕方ありませんので」
藤真氏や東風原氏とも挨拶を済ませると、健吾氏は早速本題に入った。
「実はその『深淵窟』なのですが、ここ2日間青奥寺の人間を中心に監視や『深淵獣』の間引きを行っていました。しかし『深淵獣』の出現頻度が思ったよりも高く、しかも『乙型』が常時いる形なので対応にいささか難儀しております」
「『乙型』に対抗できるのが今のところ美園さんや雨乃さんなど学生さんが多いですからね」
「それもあります。今のところは青奥寺家だけで対応をしていますが、正直なところ人員的に無理がありまして、九神家とも連携を取ることになりました。その関係で国の機関である『白狐』にもご協力いただくことになりました」
「それは必要なことだと思います。九神家にも『白狐』にも『深淵獣』と戦える方たちがいらっしゃるようですし」
「ええ、こちらとしてもありがたい話です。しかしそれでも厳しいところがありまして、特に問題なのが『深淵獣』に対して有効な武器が少ないということなのです。今のところ確実に効果があるのは青奥寺家の者が持つ刀と、宇佐家の棍一対、それと『白狐』の機関員の持つ銃と剣がひとつづつ……そのようなところしかありません」
「宇佐家の棍一対」はメイドの宇佐さんが持つ『阿吽』の片割れと『如意棒』のことだろう。『白狐』の銃と剣はもちろん双党の『ゲイボルグ』と、絢斗の『デュランダル』のことだ。
「魔力を持つ武器は少ないでしょうからね。ということは、今日は武器をお貸しすればいいという感じなのでしょうか?」
「はい、そのようなお話になります。先生には度々お世話になっておきながら、さらにこのようなことをお願いするのは申し訳ないのですが――」
「いえ、戦うのに必要ということならば力はお貸ししますよ。具体的に必要なものはなんでしょうか?」
俺があっさりと承諾したからだろうか、健吾氏も仁真氏も東風原氏も少し驚いたような顔をした。俺の性格を分かってきている青奥寺と雨乃嬢はうなずいたりしているが。
「それは……ありがとうございます。お礼の方はさせていただきますのでよろしくお願いいたします。当家としては、今先生のトレーニングを受けている者たちの武器を、『覇鐘』のように強化していただければと思っています。九神さん東風原さんはいかがでしょう」
健吾氏の話を承けて藤真氏が口を開く。
「我々のほうで動くのは宇佐家の者になります。今先生のもとに遣わせている朱鷺沙を含めて6人を派遣する予定ですが、朱鷺沙以外の5人について手持ちの武器を強化するか、なにか有用な武器をお貸しいただければと思います」
続いて東風原氏だ。
「こちらも双党と大紋を含めて10人出すのだが、できれば双党の持つ『ゲイボルグ』と同等の物を5丁貸していただけるとありがたい」
「わかりました、どれも問題はありません。ただ扱いはくれぐれも慎重にお願いします。戦いで壊れるとかなら別に構いませんが、特に『魔導銃』はその筋にはかなり目に留まるものだと思いますので」
「うむ、そのあたりは十分注意しよう。確かにあの銃は技術的に興味を持たれてしまう恐れはあるな。ただ調べても到底我々の技術で再現できるものとも思えんが」
「確かにそうだとは思います」
正直例えば軍需産業関係者の手に渡っても再現することはできないだろう。ただその出元が俺だと分かると面倒は確実に増えるはずだ。青奥寺家や九神家は節度をもって俺に接してくれているが、こういった人たちが圧倒的少数派だというのはさすがに長い勇者生活で身にしみている。
その後いくつか話をしたあと、東風原氏にはその場で『魔導銃タネガシマ』5丁を渡した。『魔力刃+1』水晶での強化については明日青奥寺家の道場で行うことになり、その場はお開きとなった。
「先生、少しお話があります。というか師匠がお話したいことがあるそうです」
藤真氏と東風原氏に続いて青奥寺家を出ようとすると、俺は青奥寺に呼び止められた。
「話? 青納寺さんなんでしょう?」
「え~とですね、そのですね、さっきのお話と関係があることなんですが……」
「さっきの話というのは『深淵窟』のことですか? それとも武器を強化するとかそっちのことですかね」
「あ、武器の話です」
「青納寺さんの『早乱』はもう強化したと思いますが」
「ええ、それはありがとうございました。ただその、美園ちゃんは『ムラマサ』をいただいたじゃないですか。かがりちゃんも銃をもらって、璃々緒ちゃんも剣をもらったと聞いています。それに絢斗ちゃんも、朱鷺沙ももらったとか」
と名前を並べる雨乃嬢。そういえば結構武器あげまくってるんだよな。まあ必要なものだから渡しているだけなんだが。
「でもその、私は先生になにもいただいてないかなって思って……。指輪もお返ししてしまいましたし……」
「あ~、確かにそう言えば。でも青納寺さんは『早乱』を気に入っている様子でしたが」
「ええ、もちろん気に入っています。けど、それとは別に、なにか欲しいなって……。先生にとって私が特別じゃないなら仕方ないんですけど……」
顔を赤くして下を向きながらぼそぼそとしゃべるアクティブ系美人女子大生。その姿を後ろから見ている青奥寺は「やれやれ」みたいな顔をしている。
う~ん、よく分からないが確かに雨乃嬢だけになにもあげないのも不公平かもしれない。『総合武術同好会』参加者のほぼ全員になにか渡してるんだよな。『聖女さん』こと三留間さんにも結局『護りの指輪』をあげちゃったし。
「確かに青納寺さんにだけなにもないのはいけませんよね。なにが欲しいですか?」
俺がそう言うと、雨乃嬢は顔をあげてニヘラッと笑った。
「あっ、じゃあ先生のどうてビッ!?」
青奥寺の手刀が雨乃嬢の脳天に突き刺さっていた。
今雨乃嬢はなにを言おうとしたのだろう。「どうて」までは聞こえたが……まさかな。そもそもどうして俺が……というのもどうでもいいな。
「師匠、真面目にやってください」
「いたぁ……美園ちゃん私が今なにを言おうとしたか分かったの?」
「分かりませんがロクでもないことを言おうとしたのは分かります。どうせ変な本の話ですよね」
「変な本?」
「先生は知らない方がいいです。というか知らないでください」
「お、おう」
青奥寺の目が本気なのでそれ以上はつっこまない。可愛い教え子の忠告は聞いておかないとな。
「うう~、美園ちゃんの目が怖い……。すみません先生。できれば私も美園ちゃんと同じような刀が欲しいです」
「分かりました。じゃあええと、これかな」
『空間魔法』から取り出したのは赤黒い鞘に納められた異世界風日本刀。その名を『マサムネ』(俺命名)、青奥寺に渡した『ムラマサ』と同ランクの武器である。
『マサムネ』を受け取ると、雨乃嬢はまたニヘラッという顔になって、
「すごい刀ですね! これで先生の私への想いが再確認できました!」
とか言いながら鞘に頬ずりを始めた。こういう変な行動がなければ完璧美人女子大生なんだけどなあ。まあそこがいいという人もいるのかもしれない。
「気に入っていただけたのならよかったです。でも一番大切なのは青納寺さんの命ですからね。強い武器に頼りすぎることはないようにしてください」
一応それらしいことを言っておいてから、俺は青奥寺家を後にした。
「うへへへっ、一番大切なのは私の命だってぇ~~~。美園ちゃん聞いたっ?」
門を出たあたりで家の中から奇声が聞こえてきたんだが、同時に背筋に寒気が……。明日も仕事だし急いで帰ることにしよう。