24章 再訪1日目 01
「うふふふっ、先生の方から呼んでくれるなんて嬉しいわぁ」
俺がスマホで呼び出すと、カーミラは待ち構えていたかのようなスピード感で俺の部屋に入ってきた。
今日は月曜日、時間は夜の7時過ぎ。
例の『定在型深淵窟』の件でさすがに『あの世界』のことを無視できないと思った俺は、話を聞こうと思ってカーミラを呼び出した。
「あら、今日はいつものメイドさんはお休み?」
「ちょっと緊急事態が起きてな。それの話し合いにいっているところだ」
「緊急事態って、昨日の夜の強い魔力震の件かしら」
「魔力震、ね。そんな言葉があるんだな。まあ多分それだ。『定在型』のダンジョンができたんで、それの対応をするための話し合いに出席するんだそうだ」
あの『深淵窟』については、やはり青奥寺一門だけでは対応は不可能と見て、すぐに九神家にも連絡をしたようだ。学校で聞いたところ双党や絢斗も知っていたようなので、恐らく秘密機関『白狐』も巻き込んでの対応になるのだろう。
「定在型ダンジョンって勇者と魔王の時代にあったって言われているものよねえ。そんなものがどうしてこっちの世界にできたのかしら。まさか『魔導廃棄物』のせい?」
「だと俺は思ってる。むこうの世界でさらに状況が悪化したとかそんな話じゃないかと思うんだが、そんな兆候はあったのか?」
「そうねえ……」
そう言いながら、カーミラは俺の方ににじりよってきた。こいつまた柔らか地獄を仕掛ける気だな……と思ったが、それを避けるのもそれはそれで弱味を握られるので放っておくしかない。
「兆候っていうか、『魔導廃棄物』による公害についてはずっと問題になっているところなのよ。それがさらに悪化したっていうことなら十分にあり得る、というよりずっと悪化し続けてるからねぇ」
「なんかロクでもない話だな。やっぱり一度見に行かないと分からないか」
俺が溜息をつくと、俺の腕を挟んでいたカーミラは柔らかいモノを押し付けつつ、嬉しそうな顔を近づけてきた。
「あらぁ、もしかしてワタシたちの世界に来てくれるのかしら。それならワタシが案内してあげるわよぉ」
「その必要は……なくもないか。なあカーミラ、俺が魔王を倒してから向こうじゃ何年くらい経ってるんだ?」
「そうねえ……。勇者が魔王を討伐した時期はいまだに見解が分かれているところなんだけど、大体1500年から1700年ってところかしらね」
「そんなにか。じゃあやっぱり案内は必要になるな。カーミラ、今週末に行こうと思うが頼んでいいか?」
「うふふ、もちろんよぉ。その代わり『勇者教団』の方にも少しだけ顔を出してくれると嬉しいんだけど」
「あ~、気が向いたらな。今回は時間も取れないし本当に見るだけだ。もしなにかするとしても学校が夏休みに入ってからだな」
「分かったわ。まずは先生にあっちの世界の現状を見てもらわないと話にならないしねぇ」
そう言ってにっこりと妖艶に笑うと、カーミラは俺に寄りかかったままうっとりした顔で動かなくなった。
普通に考えればこれって俺に気があるみたいな感じなんだろうけど、こいつの場合自分自身を取引材料にしてるみたいなところがあるからな。そこで素直に浮かれるほど勇者も甘くはないんだが……ただこの柔らかいのだけはなんとかして欲しいものである。
翌日放課後の『総合武術同好会』は、参加者が新良しかいなかった。
青奥寺と雨乃嬢はもとより、双党にも絢斗にも、さらには三留間さんにも参加要請がかかったらしい。三留間さんは立場としては一般人のはずなんだが、しかしあの治癒能力は確かに今回の件では必要とされるだろう。とはいえ全員が表の顔もある子たちであるし、そのあたりをどうするかも今話し合われているはずだ。
「先生、一応美園に話は聞いていますが、私もなにか協力をした方がいいでしょうか?」
新良がそんなことを言ってきたのは、久しぶりに二人だけの組手を行ったあとだった。
「う~ん……。双党たちが所属する機関そのものが出張ってきてるし、新良のところの技術は見せない方がいいんじゃないかな」
「『白狐』でしたか、国の機関ですから銀河連邦の科学技術を見せすぎると面倒なことになる可能性はありますね」
「双党とか個人の付き合いで手を貸すならともかく、相手が組織だと個人の感情ではどうにもならないことがあるからな。せいぜいいざという時に青奥寺や双党を転送してやるくらいでいいんじゃないか?」
「そうですね。頼まれたらそれくらいはしようと思います」
「そうしてやってくれ。ところで新良、『ウロボロス』って大気圏内でも運用できるのか?」
「え? 地球上で使うつもりなのですか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
実は今日の昼間考えていて、「あの世界」に行くにあたって宇宙戦艦『ウロボロス』の探査能力が役に立つのではないかと思いついたのである。『光学迷彩』シールドを使えば姿を見られることもないだろうし、高高度を飛行してもらえば『あの世界』の魔導技術では探知されることもないだろう。
そんな話をしたら、新良は珍しく驚いたような顔をした。
「先生がかつて行っていたという異世界に行くんですか。それなら私も――」
「あ~、今回はすぐに戻ってくるし、例の『深淵窟』の件もあるから新良はこっちにいてくれ。週末にちょっと調べにいって、俺が対応できるようなら夏休みに本格的に行くことになるからその時には連れてく」
「下見ということですね。分かりました。それとリードベルム級戦闘砲撃艦は大気圏内での運用も可能です。ただ向こうの世界の上空にいきなり出してしまうと落ちてしまうでしょう。一度こちらで宇宙に出してから大気圏内に突入させて、そこで再度しまっておいた方がいいかと思います」
確かに『ウロボロス』は宇宙空間航行中の状態で『空間魔法』にしまってある。重力圏内でのモードに切り替えさせておかないと危険だというのは理解できるところだ。
「なるほど。そういえば『ウロボロス』を『フォルトゥナ』みたいに宇宙に待機させておくってこともできるんだよな」
「可能です。先生のサポートをさせるのもいいかもしれません。ラムダ転送も使えますし」
「それはデカいな。悪いが新良、今日の夜宇宙に連れてってもらえるか?」
「はい、分かりました」
なんかとんでもない話になってきたが、せっかく手に入れた宇宙戦艦だし、使えるのなら使ってみたい。というかよく考えたらアパートがわりに『ウロボロス』で生活するのもありだな。地球上でもっとも高価な住居になりそうだが……勇者としてはそれくらい傾いた生活をしてもバチは当たらないだろう。