23章 → 24章
―― 青奥寺家 道場
「あ、美園さんちょっといいかな?」
「なに? この間の話なら断ったと思うけど」
「ああ、あれはもういいよ、さすがに諦めたからさ。そうじゃなくて、相羽さんのことなんだけど」
「先生のこと?」
「そう。あの人ってどういう人なんだ? この間の『深淵窟』の戦いを見てると、どう考えても人間じゃないと思うんだけど」
「本人も言ってたと思うけど、先生は『異世界の勇者』なんだって。昔他の世界に召喚されてずっと戦ってて、魔王を倒したって話」
「えぇ……あれって冗談じゃなかったのか?」
「私も初めは正体を隠すために嘘をついてるんだって思ってたけど、それ以外に説明のしようがないのも確かなの。実際に異世界ってあるみたい……というか『深淵獣』はその異世界の化物だって言ってたし」
「……あ~、確かに『深淵獣』自体普通の人からしたら信じられない話だし、異世界ってのもないとは言えないか。俺たちが使ってる『疾歩』とかだって普通じゃないもんな」
「私たちの技もその異世界から伝えられたんじゃないかって言ってた。先生も同じ技が使えるから」
「なんかとんでもない人だったんだな。正直この間の『特Ⅰ型』ってのはともかく、『特Ⅱ型』なんて人間が倒せる『深淵獣』じゃないよね」
「あれは先生じゃないと無理でしょうね。私も『特Ⅰ型』まではなんとかなるけど、『Ⅱ型』は完全に別物って感じだったし」
「俺らからしたら『特Ⅰ型』が倒せるのもおかしいけどね。でも今やってる魔力のトレーニングで勝てるようになるなら、やる気はでてきたな」
「そうね。あの『深淵窟』は常に監視して『深淵獣』を間引いていないといけないみたいだし、私たちが強くならないと話にならないから」
「だな。あ~でも相羽さんが相手じゃなきゃ諦めないんだけどなあ。いくらなんでもあれはいろいろ砕け散るわ~」
「……私は砕け散らないようにしないとね。でもこの間の『俺としては悪い気はしない』って本気なのかな……」
―― バーゼルトリア王国 国王執務室
「陛下、こちらが先日起きましたモンスター大量発生の原因に関する調査結果です」
「見ましょう……ふむ……結局は『魔導廃棄物』の堆積が大元の原因ですか。今回閾値を超えてしまったために、連鎖的にモンスターが発生した、ということですね」
「そのようです。『魔導廃棄物』の排出量も以前と変わらぬどころかむしろ増えているという調査結果もございます」
「領別の排出量の変化は調べていますね?」
「はい、こちらにお持ちしました」
「……ふぅ。やはり増えているのは例の侯爵と、その関係者の領ですね。もはや王家に対する遠慮がかけらも見えませんね」
「は。陛下の出された勅令を完全に無視しているものと思われます」
「侯爵はなんと?」
「排出量の増加は一時的なもので、1年後には陛下の定めた規準値まで下がる予定とおっしゃっております」
「そのような言葉、いったい誰が信じるというのか……。この量の増加の原因は、やはり魔道具の増産ですね?」
「それしかございますまい。しかし民生品の生産量を増やしている訳ではなさそうです。商人の話では、民生魔道具の相場はほぼ予想通りの変化で済んでいるようですので」
「ということは、軍事用の魔道具の生産をしていると?」
「そういうことになるかと。ただ、かの領が軍事用魔道具を他領に売りに出しているという話はないそうです」
「では、自分達で使うつもりということですか?」
「可能性としてはあります。このところのモンスターの出現量の増加を考えれば、分からなくはない話なのですが……」
「それで『魔導廃棄物』を増やしていたら本末転倒ですからね。やはり魔道具に頼らない中級以上の魔法行使術を軍に徹底させないといけません」
「頭の固い将軍たちはまだ文句を言っているようです。例の『魔力吸収体』をさっさと作れと圧力をかけているとか」
「『魔力吸収体』などあくまで解決策の一つでしかないというのに、将軍の位にある人間がそれを理解しないのでは話になりません。……と言いたいところですが、侯爵の動きを見る限り、貴族でも理解していない者が多いということでしょうね」
「心中お察し申し上げます。残念ながら今王国内で、陛下のように政治を理解できる貴族は半数もおりますまい」
「情けないことです。しかしそれで国が失われる程度ならいいのですが、今のままでは人間という種そのものが失われかねません。古に魔王から救われた人間が、今度は自分自身の手で滅びの道を歩むのでは……命を捨てて魔王を倒した勇者にも顔向けができませんね」
「勇者……でございますか? もしや例のご学友のお言葉ですか?」
「ふふ、そうですね、彼女なら同じことを言うかもしれません。さて、それはともかく侯爵領の件は捨て置けませんね。一度直接名指しで指示をしないといけませんか。それくらいしないと、ことの緊急性が理解できないでしょうから」