2章 初めての家庭訪問 02
俺は今、隣県にあるとある廃工場跡地に来ていた。
隣には対深淵獣用の刀『覇鐘』を携えた青奥寺がいる。
あの後家庭訪問をすぐに切り上げてここに来たわけだが、さすがに時間は午後8時近い。
「はぁ、ふぅ……ここです。この工場の内部が『深淵化』しているはずです。先生も感じますか?」
「ああ、魔力が渦を巻いてるね。それより大丈夫か?」
「はぁ、……はい、だいぶ落ち着きました」
急ぎだというので青奥寺を背負って風魔法連続跳躍で20キロほど空の旅をしたのだが、青奥寺にはちょっと刺激が強かったようだ。多分絶叫マシーンとか弱いタイプだな。
背中から下ろした時は青い顔でぐったりしていたのだが、5分ほど休んで顔色も戻ってきた。
「しかし『深淵化』ね。まさか日本にもダンジョンが発生していたとは思わなかったよ」
「ダンジョン……ですか?」
「そう。あっちの世界ではこういう場所があっちこっちにあってね。見つけたそばから攻略していったんだけどキリがなかったな」
魔王の力がなくなったからそれも減っただろうけど……と思い出に浸ってる場合じゃないな。
実は俺がここに来た理由は、昨日出現したこのダンジョン(こちらでは『深淵窟』と呼ぶらしい)の調査を頼まれたからである。
より正確に言うと調査をするのは青奥寺で、俺はそのサポートを頼まれた形だ。
本来なら彼女の『師匠』とともにやる案件なのだが、その『師匠』が別の『深淵窟』の調査で出払っていて青奥寺一人で向かわせる話になっていたらしい。
無論断ることもできたが、さすがに冒険者中の上レベルの青奥寺を一人でダンジョンアタックさせるわけにもいかず依頼を了承した。自分は『勇者』だと言ってる手前、断るのも『勇者』っぽくないし。
報酬ももらえるらしいが、相場が分からないので何とも返事がしようがなかった。明蘭学園が副業可能ということはないだろうから、いざとなれば断るか。
「……ふぅ、よし、大丈夫です。ではこれより『深淵窟』に突入します。先生、よろしくお願いします」
「了解。サポートは任せてくれ」
回復して凛々しい表情が復活した青奥寺とともに、廃工場の中へと入っていった。
『ダンジョン』とはモンスターが徘徊する迷宮のことだが、「あっちの世界」では大きく二つの種類に分かれていた。
一つは太古の昔から存在する、常にその場所に存在する『定在型』のダンジョン。そしてもう一つが、何もない所に急に出現する『発生型』のダンジョンだ。
話を聞く限り『深淵窟』というのは後者が主であり、今回突入するのもそのタイプだ。放っておくと『深淵獣』が溢れるそうで、そのあたりも『あっちの世界』のダンジョンと同じらしい。
足を踏み入れた廃工場の中は明らかに構造が元の建物とは異なっていた。
壁や床は雰囲気的には工場っぽい見た目だが、幅3メートルほどの通路が奥まで続いているのみで、他は何もない。
しかも夜なのに……というか窓一つないのに通路はぼんやりと明るく、歩くのに何の支障もない。
このあたりはいかにもダンジョンという感じである。
「では進みます。深淵獣が複数出現するので注意してください」
「分かった」
そう言いつつ、俺は『空間魔法』からいつものミスリルの剣を取り出す。サポートが主だから魔法の用意もしておくか。
真っすぐの通路をしばらく進むと分岐が現れる。青奥寺はその場でスマホを確認しているが、画面をちらりと見るとマッピング機能があるアプリのようだ。こっちの世界のダンジョン攻略は先進的だな。
青奥寺は周囲を警戒しながら進んでいく。そういえば青奥寺はなんで学校のブレザー姿なんだろう。彼女なりの戦闘服なんだろうか?
とか考えていたら、少し離れたところに複数の魔力が集まるのが感知できた。エンカウントか、このあたりも同じだな。
「来ます! 丁型、数5!」
青奥寺が『覇鐘』を構える。
その向こうに現れたのはずんぐりした芋虫みたいなモンスターだ。頭部に多数の触手がついててなかなかに気味が悪い。
あれ、そういえば『丁型』ってローパーもどきじゃなかったっけ?
「青奥寺、丁型って色んな種類がいるのか?」
「えっ? はい、そうです。確認されてるだけで12種類いますね」
なるほど、「甲乙丙丁」というのはランクをあらわしているだけなのか。勉強になったな。
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深淵獣 丁型
頭部の触手によって生物を捕食する深淵獣
一定量を捕食すると羽化し、丙型に進化する。
特性
打撃耐性 土耐性
スキル
体当たり 触手刺突 触手拘束
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『アナライズ』で見てもいかにもザコっぽい。
巨大芋虫がもぞもぞとこちらに動き始めた。ザコとはいえ5匹同時に突撃されるとちょっと面倒だな。
さて青奥寺はどうするのか……と思っていると、『高速移動』で先頭の芋虫に斬りつけて離脱、相手が触手を空振りしたところに再接近してとどめを刺した。
いつものヒットアンドアウェイだな。後退しながら一匹づつさばいていけばそれで問題ないだろう。
青奥寺が二匹目を倒したところで、残り3匹の芋虫たちが俺のところに突っ込んできた。俺は『高速移動』でそいつらの間を抜けながら、すれ違いざまに全部二枚おろしにする。
「すみません先生、お手を煩わせました」
青奥寺が『覇鐘』を納刀しながら済まなそうな顔をする。
「気にしなくていい。こっちはこっちで勝手にやるから、青奥寺は自分のペースを崩さないように」
「はい。しかし今の攻撃は……ほとんど見えませんでしたが、すれ違う時に一刀両断にしているんですよね?」
「そうだね。青奥寺は移動し終わった後に刀を振ってるけど、同時にできるようになると威力が増すから練習するといいよ。ただその分腕の力も必要だけど」
「勉強になります」
真面目な顔で答えるところはいかにも青奥寺っぽい。せっかくだから異世界勇者流の剣技を見せてやるのもいいのかもしれないな。
「先に進みましょう」
『深淵の雫』を拾うと、俺たちは更に奥に向かって進み始めた。
いくつかの分岐を過ぎ、行き止まりに引き返しながらもダンジョンを進むこと30分ほど。
一回目のエンカウントのあと丁型がさらに2回出現したが、青奥寺はすべて危なげなく対応していた。
そして4回目のエンカウント。
「丙型、数3!」
前方にこの間の6本脚の『深淵獣』が出現した。
ちょうどいい、青奥寺にこの手の獣系モンスターの倒し方を教えておくか。俺も教師だしな。
「青奥寺、ここは俺がやる。よく見ておいてくれ」
「はい……分かりました」
俺の意図を理解したのか、青奥寺は下がって見学する態勢に回る。
さて、トラくらいの大きさの『丙型』だが、無造作に近づく俺を見て、体勢を低くして戦闘態勢をとった。
まず先頭の一匹が飛び掛かってくる。
「よっ」
俺はギリギリまで引きつけ、『高速移動』すると同時にカウンター気味にそいつの頭を前足ごと斬り飛ばした。
着地した先に次の奴が襲い掛かってくるが、同じく『高速移動』カウンター斬りで処理していく。
3匹を倒すと、青奥寺が近づいてきた。
「丙をあのように倒すのは初めて見ました」
「普通はやらない攻撃方法かもしれないね。でもあれは動きの速いやつには有効なんだよ」
「はい。動きの早い敵を引きつけて斬る……。しかも『疾歩』の始まり際に攻撃をして、回避までを同時に行う。近づいて斬るという使い方とは逆の発想ですね」
『疾歩』というのは『高速移動』のことだろう。ともあれ伝えたいことはキチンと伝わったようだ。
「そういうことだね。さて、先に行こうか」
「はい、こちらです」
う~ん、なんか授業の時より教師っぽいな俺。まあこっちは年季がまったく違うから仕方ないんだけど。