23章 二つの合宿 09
青奥寺家としても前代未聞に近い緊急事態ということで、青奥寺、雨乃嬢、青奥寺母の美花女史、そして鍛錬に来ていた分家の6人全員が『深淵窟』に向かうことになった。何台かの車に分乗していくとのことだが、距離が遠く少し時間がかかりそうだ。仕方がないので俺だけ先行して『深淵窟』へと向かうことにした。
『機動』魔法で飛行すること10分ほど、眼下に見えるのは営業を停止した遊園地である。規模はそこまで大きくなく、こじんまりしたジェットコースターやメリーゴーラウンドなど、時代を感じさせる古めの遊具が朽ちたまま放置されている。敷地の真ん中あたりにサッカーグラウンドの半分くらいの面積の広場があるのだが、その広場の中心に直径10メートルほどの球体が鎮座していた。
「初めて見るタイプだな」
近くに着地してみると球体に見えたものは実際は半球で、ドーム状になっていることが分かった。
時間はすでに夜の8時近くであり、無論街灯なども一切ない。しかしそれでもそのドームはそこにあると分かるほど、完全に光を吸収するような黒であった。
俺はミスリルの剣を取り出して、その暗黒ドームに差し込んでみた。なんの抵抗もなくスッと刃ははいっていき、抜いてみてもなにもない。
青奥寺たちが来るまではまだだいぶ時間があるだろう。偵察も兼ねてちょっと中を覗いてみることにする。
ドームの中に入ると、ドームから出た。
なにを言ってるのか分かりづらいが、要するに『深淵窟』内にも同じ暗黒ドームがあって、外のドームに入った瞬間『深淵窟』側のドームから出てくるように転移するようだ。
周囲を見回すとやはりいつもの『深淵窟』とは様子が違う。なにしろ今目の前に広がっている景色は、廃棄された遊園地そのものなのだ。つまり野外フィールド型のダンジョンというわけだ。なお外は夜だったが、こっちは普通に昼間だ。昼間といっても空一面分厚い雲に覆われていて薄暗い感じではある。
「で『深淵獣』は……と」
感知スキルで結構広い範囲まで探ってみるが、どうやら近くには『深淵獣』はいないようだ。遠くの方にぽちぽちと生まれ始めているようだが、この分ならまだあふれて外に出てくることはないだろう。
少しだけ歩き回ってみるが、無人の廃遊園地というロケーションが思ったより不気味だという以外の発見はなかった。
もとより『深淵窟』の調査は青奥寺家の管轄であるので俺は一旦『深淵窟』から出た。
外の世界はやはり静寂と闇の遊園地である。
しばらく待っていると人の気配が近づいてきた。それぞれ刀を携えた9人の人間、もちろん青奥寺たちである。
彼女らは広場に入ってくると、目の前の暗黒ドームを見て驚いたような顔をした。
青奥寺が俺のところへ駆け寄ってくる。
「先生、これが『深淵窟』ですか? 見たことがない形ですが」
「『深淵窟』なのは間違いない。ちょっと覗いてみたがぼちぼち『深淵獣』が生まれてきてるようだ」
「分かりました……あ、お母さん」
美花女史が暗黒ドームをじっと見ながら俺の方に歩いてくる。その表情からすると美花女史はこの変わった『深淵窟』のことを知っているようだ。
「美花さんはこちらの『深淵窟』になにか覚えがあるんでしょうか?」
俺が聞くと、美花女史はうなずいてから語り始めた。
「はい。半球状の『深淵窟』というのは青奥寺家の古い記録に残っています。この型の『深淵窟』は定着型と呼ばれていて、一定の期間が過ぎるまで消えない、非常に面倒な『深淵窟』だそうです。ちなみに前回現れた時は、消えるまでに5年ほどかかったというお話でした。しかも現れる『深淵獣』も強力で、前回現れた時は九神家までも動員して対策をしたそうです」
それは確かに面倒な話だ。まさかこっちの世界で定在型のダンジョンにお目にかかるとは思わなかったが、これは勇者が力を振るえば終わりってタイプじゃないからな。美花女史の言う通りちょっと面倒なことになりそうだ。
ともかくも全員で『深淵窟』に入ってみる。
『裏の遊園地』みたいなフィールドに出ると、青奥寺をはじめ経験を積んだ剣士たちもその奇異な雰囲気に息を飲んだ。
「こんな『深淵窟』ははじめてです。先生は見たことはありますか?」
「『あっちの世界』にはなくはなかったよ。フィールドダンジョンって言って野外の形をとるダンジョンだな。ダンジョンというよりはモンスターと戦うだけの戦場と言った方が近い」
青奥寺に答えつつ、俺は異世界での知識を思い返してみる。
ダンジョンは基本的に魔力が集まる場所に出現する。特に『魔王』から漏れだす魔力によって突発的にできるダンジョンを『発生型』といい、これが異常発生しだすと『魔王』出現が近いと言われていた。一方で魔力がなんらかの理由で継続的に発生する場所があって、そこにできたダンジョンを『定在型』と呼んで区別していた。
『定在型』の特徴はいわゆる『ダンジョンコア』や『ボスモンスター』といったダンジョンの中心となる存在がいないことで、逆に言えばそういった存在がいないからダンジョンを潰すことができないのである。
「どのような対策をすればいいんでしょうか?」
「基本的には定期的に『深淵獣』を間引くしかないだろうな。放っておくと普通の『深淵窟』よりもはるかに数が多い『深淵獣』があふれだすようになる」
「なるほど。そうするととりあえず『深淵獣』を狩るだけですね」
「まあそうなるな。さて……」
俺は『龍の目』を取り出して、魔力反応……すなわち『深淵獣』の分布を確認した。
「この『深淵窟』はこのドームを中心にして、半径約1キロの歪な円形をしているようだ。外周に3か所『深淵獣』の出現ポイントがあって、今のところいるのは30体くらいだな。反応からしてほぼ丁型丙型だが、乙型も3体いる」
そう伝えると雨乃嬢が『龍の目』の水晶を覗き込んでくる。
「そんなことまで分かるなんてすごいんですね。でも今の感じなら楽勝そうですけど……」
「まだできたての『深淵窟』ですからね。これから出現する『深淵獣』は徐々に強くなっていくはずです」
「それはどれくらいの割合で強くなっていくんでしょうか?」
「自分が知っている限りでは強さには波があって、その波は月単位で変わります」
「月齢で変わる感じなんでしょうか。例えば満月の時は強くなる、とか」
「可能性はありますね。まあこの『深淵窟』がその通りなるかどうかも分からないので、今後継続的に観察が必要でしょう」
俺の言葉になにを思ったのか、雨乃嬢は「なるほど、観察……深淵窟で2人きり……デート?」とかぶつぶつ言い始めた。
美花女史がそのトリップ女子を横目に呆れ顔をしつつ話かけてくる。
「昔『定着型』が現れた時は最初に『甲型』が現れて大きな被害が出たと言われています。その後はしばらく落ち着いたという話でしたので、もしかしたらここも……」
「なるほど、注意した方がよさそうですね」
「ええ。しかしまずは今いる『深淵獣』を狩ります。先生、申し訳ありませんがサポートをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
というわけで雨乃嬢と青奥寺を先頭に、俺たち10人はまずは外周に向かって歩きはじめた。