23章 二つの合宿 08
午後は前半剣術指南を行い、後半は『魔力吸引』を行って終了となった。
この後の継続的な『魔力吸引』トレーニングについては、青奥寺と雨乃嬢が魔力供給役となって毎日行うことになる。分家の人たちは学生もいれば社会人もいて、家が近い人もいれば遠い人もいるということで、それぞれに応じて青奥寺家の道場に通ったり、青奥寺家に居候したりすることになるようだ。
週明けからはまた平常の教員生活に戻った。
1学期の期末試験が近いこともあって生徒には多少の緊張感が見られる気がするが、それ以外は取り立てて変わったことはない。
しかし火曜日になって、ちょっと青奥寺の様子がおかしいことに気付いた。
なんとなく物憂げというか、心ここにあらずといった様子が見られるのだ。彼女は国語が好きらしく、特に授業ではすごい集中力で俺を睨んでくるので余計にその変化が目についてしまう。
翌水曜日も同じような雰囲気だったので、放課後『総合武術同好会』の後に双党をつかまえて探りをいれることにした。ちなみに青奥寺は分家のトレーニングを相手があるのでしばらく同好会は不参加である。
「すまん双党、ちょっといいか? 青奥寺のことで聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんですかっ?」
「実は昨日あたりから青奥寺の様子がおかしい気がするんだが、双党はなにか聞いてないか?」
「ああ~……」
俺の質問に双党は眉を寄せて訳知り顔をした。理由は知ってるが言いづらい、みたいな感じか?
「聞いてないこともないんですけど、それを私の口から言うのはちょっと……」
「プライバシーに関わることか?」
「そうですね、それもあるんですけど、なんというか先生に言っても仕方ないというか、多分悪化するんじゃないかと……」
「なんだそれ。しかしその言い方だと俺が関わってるってことなんだな?」
「ある意味そうですね」
「それなら事情を聞かないわけにもいかないな。明日直接聞いてみるか」
そう言うと、双党は腕を組んで考えるようようなポーズをとった。
「う~ん……、それなら今日美園の家の道場に行った方が早いかもしれませんよ。多分事件はそこで起きてますから」
「なんだ事件ってのは」
「今美園の家で魔力トレーニングやってますよね? そのトレーニングの後にちょっとあるらしいです」
「ちょっとある?」
「それ以上は私からは言えません」
ん~、なんか双党の口ぶりだと一見深刻そうなんだが、微妙に目が笑ってる気もするんだよな。まさか勇者をハメようとかそんな感じでもないとは思うんだが、しかし放っておくのもなあ。
「双党がそう言うならこの後青奥寺のところに行ってみるか」
「そうしてください。それと美園のことはきちんと考えてあげてくださいね」
「いつも真面目に考えてるが」
俺の答えに双党は溜息をつきながら「あ~はいはい、そうですね」と言いつつ、
「私のこともきちんと考えてくださいねっ!」
と付け足した。
う~ん、双党のことも新良のことも、もちろん他の生徒のことはきちんと考えてるつもりなんだけどな。
女の子の「きちんと考える」は男が考えるよりもっと深い意味があるのかもしれないな。そのあたり勉強不足なのは自分としても認めざるをえないところではある。
学校を出たのは夜7時近くだった。
といっても青奥寺家の道場では8時ころまでは鍛錬をしているそうなので、俺は双党の言葉に従って青奥寺の家に行くことにした。
ちょっとズルだが『光学迷彩』と『機動』魔法を使ってひとっ飛び、俺は直接道場のそばの庭に着地した。
すると道場の入り口から離れたところで2人の人影がいることに気付いた。
一人は目つきの悪い黒髪ロングの少女、青奥寺だ。そしてもう一人はサッカー選手風イケメン少年の『青平寺 弦』君である。
青平寺少年が真剣な顔をしていて、青奥寺が珍しく困ったような顔をしているのだが、どうもその様子を見る限りアレなシーンじゃないかという予感が走る。
出歯亀で申し訳ないが、俺は『光学迷彩』をかけたまま彼らの会話に聞き耳をたてた。
「あのさ、一昨日の件考えてくれた? 日曜に2人で遊びに行くって話」
「テストも近いし行かないって言ったと思うけど」
「いやいや、美園さんは優秀だって聞いてるし、半日ぐらい大丈夫だよね。だってまでテストまで一週間以上あるんだよ」
「そう言われても、最近は『深淵獣』も多いからあまり家をあけたくないの。それに日曜も鍛錬するんでしょう?」
「それはそうだけど、少しぐらいなら大丈夫だって。もしテスト前がダメならその後でもいいけど」
「だから……」
食い下がる少年に対して、青奥寺は下を向いて悩むような態度を見せる。
あ~やっぱりそういう話か。これは確かに双党が言うとおり教師に相談するような話じゃないな。
青奥寺はこういうことには慣れてない感じだし、デートに誘われてどう答えていいか悩んでいるって感じなんだろう。とはいえ俺がどうこうできる話でもないし、こればかりは本人同士で決着をつけてもらうしかない。
「もしかして美園さん、誰か気になってる男がいるんだ? だからオレの話断ってる感じ?」
「……」
俺が立ち去ろうかと思っているうちに、どうやら2人の会話は新たな局面を迎えたようだ。
このまま聞いているのは悪いと思いつつ、つい立ち止まってしまう俺がいた。
「もしそうならはっきり言ってもらったほうがオレも諦めがつくんだけど。違うなら一回くらいは遊びに行ってもよくない?」
「……」
「あ、もしかしてあの相羽さんが好きだったりすんの?」
そこで青奥寺がピクッと反応した。
あ、もしかしてキレる前兆か? さすがにその勘繰りはマズいぞ少年。青奥寺にとって俺は処刑対象でしかないし、それを好きとか指摘したらそれだけでアウトだ。
俺の危惧が的中したらしく、青奥寺が鋭い目を少年に向けた。
「……どうしてそう思うの?」
「いやだって弁当とかあげてたじゃん」
「弁当を出すのはただ『深淵窟』の対応とかでお世話になってるからってだけだから」
そうそう、それを勘違いしてもらっては困るよな。
「ふ~ん、ホントに?」
「それは本当。ただそれとは別に先生のことは好きだけど」
「……えっ?」
と声が出てしまったのは不覚だった。しかし俺にとってそれは衝撃の言葉だったのだ。
「……誰っ!?」
青奥寺が俺の方に鋭い目を向けた。さすが歴戦の強者、姿が見えないはずなのに正確に俺の居場所を察知するとは。
一瞬逃げようかとも思ったのだが、ここで逃げても結局は俺だとバレるだろう。青奥寺には俺の力を見せてしまっているからな。
「あ~すまん、聞くつもりはなかったんだが……」
仕方なく『光学迷彩』を解き姿を見せると、青奥寺は目を見開いた。
「先生!? どうしてここに!?」
「いや、鍛錬の手伝いに来たんだが……たまたま隠れて飛んで来たら、な」
「だったらすぐに姿を見せればいいじゃないですか。盗み聞きは最低だと思います」
「いやちょっと機を失したというか……すまん」
言い訳をしようとしたが、青奥寺の眼光の圧がヤバくて言葉を続けられなかった。
俺が両手を上げて降参のポーズをしていると、そこに少年が割って入ってきた。
「すんません、今の話なんすけど、相羽さんはどう思います? 相羽さんは先生なんすよね?」
「あ~、どう思うってのはどういうことかな?」
「相羽さんは美園さんのことどう思ってるかってことっす」
「え、それはもちろん——」
「教師だからそんな感情はない」と言おうとして、そこで青奥寺がかなり強めの力で……というか今まで見たことのないような鋭い目で睨んでいるのに気付いた。
あ、これ下手なこと言うとまた処刑される奴だ。いやしかしどう答えればいいんだ? 確か今、青奥寺は少年の誘いを断ろうとしてたんだよな。少年の言い分だと、青奥寺に誰か好きな人がいれば諦めるという話だった。そこで青奥寺は断るために俺を好きだと言った。……ああ、つまりあれは青奥寺が少年の誘いを断るための策ということか。ということはここは青奥寺の策を台無しにしないように気を付けないといけないんだな(ここまで『高速思考』スキル使用)
「——俺としては悪い気はしないかな。君の言う通り俺は教員だからすぐ付き合うとかそういうことはないけど、感情の持ちようまでは縛れないからね」
我ながらギリギリアウトな気がする答え方だが、俺の社会的地位を守りつつ処刑を避けるにはこれしかないという回答のはずだ。
少年はいまいち意味が分かってなさそうな感じではあったが、
「結局気持ちはあるってことっすね」
と受け取ったようだ。もっともその顔は納得からは程遠い感じではあるが。
一方で青奥寺の方はすぐに意味を理解したらしく目を見開いて顔を真っ赤にしていた。
いやいや、せっかく口裏を合わせたんだから、ここで青奥寺には少年に対して断りのダメ押しをしてもらわないといけないんだが……。もしかして俺が本気で青奥寺に気があるととらえてしまったってことはないだろうな。後で確認しとかないとやっぱり処刑対象にされそうだ。
ともかく微妙な空気で固まったまましばしの時間が流れたのだが、そこに道場の入り口から雨乃嬢が顔を見せた。
「あ、美園ちゃん、そろそろ鍛錬を再開するから……」
と言いかけて、俺たち3人の間に流れる妙な空気を察知したらしく少し眉を寄せてから、ふとハッとした顔になった。
「もしかして寝取り三角関係!? 相羽先生は私というものがありながら、そんな複雑なシチュエーションまで手を出しているなんて!」
雨乃嬢のいつもの意味不明発言が飛び出すと、それを受けて青奥寺が復活した。
「師匠それはいいですから。それに先生は別に師匠とは関係ないんだし」
「関係あります~、恋人になってくれって言われたんです~。指輪ももらいました~」
「まだそんなことを言ってるんですか。指輪も返したじゃないですか」
「あれは美園ちゃんが無理矢理奪っただけです~」
「あの指輪、先生は三留間さんにも貸してましたよ」
「うそです~。そんなはずありませんよね先生?」
「いや貸しましたが……」
「ちょ……っ、どうしてそういう寝取られ行為をするんですかっ!」
いきなり泣き顔になる雨乃嬢。そのままこっちに来て俺の胸を叩き始めたんだが……なにこのカオス。
どうも青平寺少年の存在が忘れられてる気がする、と思ってそっちを見ると、少年は俺のことを軽蔑とか嫉妬とかその他いろいろなマイナス感情が混じった目で睨んでいた。
「相羽さん最低っすね。それって教師としてどうなんすか」
「いやこれはちょっと俺にも意味が……」
と弁解しようとしたところで、いきなりズドンと衝撃がきた。
「……っ!?」
俺以外の全員がビクッと身体を震わせ、息を飲む。それくらいの強烈な衝撃だった。
衝撃といっても物理的な震動ではない。言うなれば魔力の爆発というか、そんな不可視の力の波がどこからか押し寄せてきたのだ。
「先生、今のはもしかして……!?」
青奥寺の問いに俺は「ああ」と答え、『空間魔法』から魔道具『龍の目』を取り出して確認した。
水晶の中には、今までに見たことのない強い反応が映っていた。
「少し離れたところにデカい『深淵窟』がいきなりできたみたいだな。これはすぐに向かわないとまずいかもしれない」