23章 二つの合宿 07
翌日も同じ面子で道場に集まった。
今日は『魔力吸引』を午前中に30分2セット、間をあけて夕方ごろさらに1セット行う予定である。本来ならオーバーワークなのだが、昨日の様子だと大丈夫そうな感じであった。常人より遥かに鍛えている人たちだからだろう。
間の時間は普通の剣術の鍛錬を行うという話だったので、トレーニングのはじめにそれを俺の口から伝える。
すると例の少年が手をあげた。
「すんません、その間の剣術の時に相羽さんに指南してもらうことは可能っすか?」
「ああそれは……青納寺さん大丈夫ですか? 俺は構わないんですが」
雨乃嬢に聞いたのはこの場の剣術の指導者が彼女だからである。
「あ、はい、むしろお願いしたいくらいです。よろしくお願いします」
「分かりました。では剣術の時の指導も参加します」
「ありがとうございますっす」
少年はそう言いつつ、挑むような目で俺を見はじめた。
なんか昨日のやりとりで必要のないライバル心とか燃やしてるんだろうか。まあそれはそれで微笑ましくも羨ましくもある。
魔力吸引トレーニング午前の部はつつがなく終了した。もちろんまだ『魔力発生器官』ができた者は現れない。
さて、昼まではまだ時間があるので剣術の時間になるわけだが、指導と言っても俺ができるのは実戦形式で打ち合う以外ない。
「では私が相手になりますので、まずは1人づつかかってきてください。手加減はしないで大丈夫です。『疾歩』などの技を使うのも問題ありません」
と俺が言うと、青奥寺が「先生は私たちが全員でかかっても勝てない人ですので、本当に本気でかかっていってください」と付け加える。
それを聞いてほとんどの人が唾を飲んだが、少年だけは闘志を燃やし始めたようだ。ああいいねえ、若いのはそうでないとなあ。
「じゃあ最初は俺が行きます」
そう言って最初に出てきたのはもちろん少年だ。木刀はかなり使い込まれていて、彼が真剣に剣術にうち込んでいること、そして常人とは違う生き方をしていることが分かる。
「打ち合う前に名前を教えてくれ」
「俺は青平寺 弦っす。よろしくお願いします」
「よろしく」
俺が木刀を片手で構えると、少年は距離を取って正眼に構えた。重心バランスのいい、攻めも守りも瞬時に移行できるいい構え方である。
彼は距離を測りながら間合をつめてくると、最小限の予備動作で『疾歩』を使ってきた。
「ちィッ!」
気合とともに閃く剣先は喉元を狙った強烈な突き。
無用とは言ったが、一切の手加減なく攻撃できるのは覚悟が決まっている証である。
俺が木刀で切っ先を軽く逸らしてやると、そこから再度『疾歩』を発動して胴薙ぎにくる。
それも弾いてやるとそのまま距離を取り、少年は再度正眼に構える。
「強いっすね」
「嘘はつかないよ」
「そうっすか」
言葉を置き去りにする『疾歩』。
一撃目は袈裟、次は脛、そして胴から喉、流れるような連撃は力強くよどみがない。
もしかすると会ったばかりの時の青奥寺より強いかもしれない。
俺は最後の一撃を強くはじいて一撃を返してやる。少年はその太刀を受けつつバックステップで距離を取った。
その額には早くも汗がにじみ始めている。鍛錬だからここから追い込んでやるか。
俺は『高速移動』スキルで接近し、軽い攻撃を繰り出してやる。少年はそれを受け、『疾歩』でかわし、隙を見つけては斬撃を返してくる。反応も上々、あとは経験を積んで魔力を身につければ上位冒険者レベルにはすぐになるだろう。年齢を考えれば驚異的である。
何十合か打ち合って、少年の木刀の切っ先が流れたところでその首にこっちの木刀を押し当ててやる。
「ッ!? ……く……参りましたっす……」
少年は悔しそうに俺を睨むと、木刀を納め、礼をして道場の端に下がっていった。
タオルで顔を拭いているが、悔し涙を隠しているようなそぶりもある。一応互角のように打ち合ってはいたが、俺がまったく本気をだしていなかったのは彼自身よく分かっているだろう。
その後残り5人全員と立ち合いをして、さらに1対複数での立ち合いも行った。
青奥寺一門の剣術は対『深淵獣』用のものなので、多数の剣士で一体の『深淵獣』と戦う技も磨いている。なので連携も見事であり、俺としても勉強になるところであった。
ちなみにこちらも木刀一本だとさすがに対応が忙しくなるので二刀で相手をした。それはそれでかなり驚かれてしまったが、その分向こうもいい鍛錬になっただろう。
一通り相手をしていると正午となったので、そこでいったん休憩時間に入った。
昼食は昨日と同じで、青奥寺と宇佐さんの謎のプレッシャーを受けながら2つの弁当を食べた。
問題はその後、さらに雨乃嬢までが弁当を差し出してきたことだ。
「ええと、青納寺さん、これは?」
「食べてください」
「は?」
「初めて作ったお弁当です。食べてください」
雨乃嬢は弁当を前に出しながら、顔を真っ赤にして横を向いている。そのくせチラチラと横目で俺を見てくるので、どうも断れる感じではない。
「先生、師匠のお弁当も食べてあげてください」
と青奥寺が言ってくるのだが、なんで弁当3つ食えるのが当たり前みたいな感じなんだろう。
宇佐さんも「雨乃はライバルですがここは譲りましょう」とか言ってるけど、別に宇佐さん譲ってないよね。だって俺さっき宇佐さんの弁当も食べてるし。
とはいえさっき激しい運動をしたから食えるのは確かなので、俺は「いただきます」と言って雨乃嬢の手から弁当を受け取った。
彼女は以前のやりとりからして料理は得意ではない感じだが、目の前にある弁当は見た目は普通である。
雨乃嬢が心配そうな顔で見ているのがちょっと不安をかきたてるが、とりあえずおかずを一品食べてみる。
「……ッ!?」
と身構えたが、意外と普通の味だった。塩と砂糖を間違えたみたいなお約束は覚悟していたのだが、よく考えたら青奥寺が教えてるはずなのでそんなベタな失敗はするはずもない。
雨乃嬢にじっと見られながらも結局完食をした。礼儀として「美味しかったですよ」と答えると、雨乃嬢の顔がでろんと崩れた。
「よかったぁ。これで先生の胃袋もつかみましたね。あ、つかんだということは寝取られるということ……?」
喜んだと思ったらまた意味不明のことを言い始める雨乃嬢。
しかしそれより俺が気になるのは、刺すような視線が少年以外に増えたことだった。ちらりとそちらを見ると、分家の男性陣もう一人の青年が、少年と一緒になって俺を睨んでいた。
どうやら勘違いによって、また勇者を敵対視する人間が増えてしまったらしい。まあ雨乃嬢も黙っていればすごい美人だから分かるのは分かるんだが……
知らない所で敵が生まれるのは勇者の宿命と思って諦めるしかないんだろうな、これは。