23章 二つの合宿 05
その後は特に大きな問題もなく2泊3日の合宿は終了した。
まあ実は2日目の夜に清音ちゃんが俺の部屋で寝ようとしてきたりと危険なシーンもあったのだが、そこは山城先生のおかげで回避された。
ただその後清音ちゃんに「次のお泊まりも一緒に寝ていいですよね」と耳打ちされてしまったのは山城先生にも秘密である。う~ん、やっぱり有罪だな俺。
まあそれはともかく、合宿の最終日の昼に職員室で昼食を食べていると青奥寺がやってきた。
「先生お食事中すみません」
「どうした?」
「例のトレーニング合宿の件なんですけど、今度の土日って大丈夫でしょうか?」
「ずいぶん急だな。俺は大丈夫だけど」
「すみません、分家の方も急ぎ魔力を身につけたいという話で、最優先で来るみたいなんです」
「まあそりゃそうだよな。場所は青奥寺の家の道場か?」
「はい、そうなります。土曜の朝9時からでお願いしたいのですが」
「オーケー、その時間に行くよ。ただその後の継続トレーニングはどうするつもりなんだ?」
「身につくまで通いで来てもらうことになっています。遠くから来る人は道場に寝泊まりですね。一応私と師匠の魔力を吸引してもらおうかと思っているんですが……」
「ああなるほど。2人とも魔力は十分出せるからいけると思うよ。時間があれば俺も顔を出すようにするから」
「本当ですか? ありがとうございます。それと総合武術部の方の合宿はどうでしたか?」
そう聞いてくる青奥寺の表情にはどこか探るようなところがあるが、まさか清音ちゃんの一件がすでに噂になっているわけではないだろうな。
「特になにもなかったな。剣道と柔道の相手を少ししたくらいだ」
「ああ、春間さんが先生は意味が分からないくらい強かったって言ってましたね。そうですか、それならよかったです」
そう言って頷くと少し安心したような顔で礼をして、青奥寺は去って行った。
どうやら例の件は処刑に……青奥寺の耳にはまだ入っていなかったようだ。もっとも清音ちゃんとリーララについては青奥寺にも事情は話してある、というか白状させられているところだから問題はなさそうな気もするな。下手に気にしているとまた怪しまれるから気を付けたいところだ。
しかし『クリムゾントワイライト』の件が一段落しても勇者の出番は多い。とはいえ戦う人間の手助けをすること自体は嫌いではないし、こちらも楽しんでやらせてもらうことにしよう。
金曜の夜にリーララと「はぁ? デートをまた延期するとかサイテーなんだけど」「前回はお前の都合だろ」といったやり取りがあり、その翌日の土曜日。
俺は青奥寺家の道場にお邪魔をしていた。
青奥寺家の道場は家の裏手にあり、広さは普通の剣道場と同等である。個人の家にあるものとしては十分以上に立派なものだろう。
俺の横に立っているのは青奥寺と雨乃嬢、そして宇佐さんの3人だ。全員が道着を着用しているのだが、メイド服姿以外の宇佐さんはちょっと新鮮である。
そして俺たちの正面に立っているのが青奥寺家の分家の方たちだ。全員が10代後半から20代前半の若い男女で、男2人女4人の計6人である。女性の方が多いのは、青奥寺の血筋はなぜか女性が生まれる率が高いかららしい。
青奥寺から最初は俺から挨拶をしてくれと頼まれたので、一礼をして前に出る。
「初めまして、私は相羽走と申します。こちらの青奥寺美園さんの学校の担任になりますが、もともと異世界で勇者をしていまして、魔力という特別な力を使うことができます。これから皆さんにはその魔力を身につけていただいて、それぞれの戦いに使えるようになっていただきたいと思います」
そこまで話して分家の方々の様子を見る。やはり「勇者」「魔力」あたりの単語に引っかかりがあるのか怪訝そうな顔である。
「魔力を身につける鍛錬そのものは時間がかかりますが、それほど大変なものではありません。ちょっとだけ痛いかもしれませんが、美園さんと雨乃さんはそれを乗り越えて身につけています。皆さんもきっと身につけられるでしょう」
うん、まだ胡散臭そうな顔をしているな。まあそりゃ目で見るまでは信じられない話だし仕方ない。
「とはいえ、いきなり鍛錬を始めても訳が分からないと思いますので、まずは皆さんがなにを身につけるのかをお見せしましょう。まずは魔力を身体の中から生み出して、それを皆さんに向けて放出します」
へその下あたりにある『魔力発生器官』に力を込めて魔力を湧き上がらせ、全身にまとわせる。何人かがピクリと反応したが、彼らはすでに魔力を感じられる感覚を持っているということだろう。
魔力を両腕に集め、それを伸ばした腕の先、手のひらから放出する。突風を感じる程度に調整したが、本気を出せばこの道場くらいは軽く吹き飛ばすことができる。
俺の『魔力放出』を受け、6人は少しのけぞりつつ驚いたような顔をした。
「今のが『魔力放出』です。魔力自体が『深淵獣』に対して強い効果を発揮しますので、鍛えれば『魔力放出』だけで丁型くらいは倒せるようになります。また魔力を刀に集めると――」
俺は青奥寺から木刀を受け取ると、刀身の部分に魔力を集めて刃とする。
青奥寺に試し斬り用の木材を持っていてもらい、それに向かって木刀を振り下ろす。パカンといい音がして、木材の先っぽが鋭利な刃物で斬られたように落ちた。
それを見て分家の6人は軽くどよめく。
「このように切断力を高めることができます。これも『深淵獣』に対して強い力を発揮します。美園さんや雨乃さんにもこの力の有用性は認めてもらっていますので、皆さんもこちらを身につけるのが最終的な目的となるでしょう」
というわけで、納得してもらったところで魔力トレーニング開始となった。
分家の6人はまずは魔力感知のトレーニングだ。俺を中心に扇状に座ってもらい、目をつぶって俺の魔力の流れを感じてもらう。彼らなら3~4時間あればできそうな気がするが、午前と午後の2回に分けて行うことにする。
青奥寺たちは魔力吸引のトレーニングだが、宇佐さんについてもそろそろ『魔力発生器官』が身についてもいい気がする。青奥寺と雨乃嬢はもう慣れたもので魔力吸引の痛みはないようだが、宇佐さんはまだ少し眉をピクッと動かしているので痛みがあるのだろう。
さすがに午前の2時間で魔力感知ができる人はいなかった。いったん休憩をして道場で昼食を取る。分家の人たちはそれぞれ自分で用意をしてきているようだ。
「先生のお昼はこちらです、どうぞ」
青奥寺がいつもの手作り弁当を渡してくる。
するとそこにすかさず宇佐さんもやってきて、
「ご主人様、私も作って参りました」
と言って弁当を渡してきた。
それを見て雨乃嬢が泣きそうな顔をして「美園ちゃんだけじゃなく朱鷺沙まで……しかもご主人様呼び……はっ、これはご主人様を妻から寝取るプレイ!?」などと意味不明の供述をしている。
まあそれはともかく青奥寺と宇佐さんの間になにか触れれば切れそうな刃のような緊張感が漂っているのだが、これはどうしたことだろう。
まさかどちらの弁当が美味いか俺に判定しろとか言わないよな。
「先生、宇佐さんにご主人様って呼ばせてるんですか?」
「ああまあ宇佐さんがそう呼びたいって話だから……」
一段と鋭さを増す青奥寺の目つきに自然と答える声が小さくなってしまう。
「メイドがご主人様をご主人様と呼ぶのは当たり前です。それよりご主人様、どちらのお弁当をお召し上がりになりますか?」
「え、いや、どっちにしようかな……」
と言い淀んでいると、青奥寺と宇佐さん双方から勇者がビビるほどのプレッシャーが放射される。
え、これ食べなかったほうから処刑される感じ? 弁当に命かかるの?
「あ~、え~と、せっかくだからどちらもいただくよ。これくらいなら余裕で食べられるし」
勇者といえど弁当で命を落とすわけにはいかないのでそう答えるしかなかった。実際弁当2つくらい余裕で食えるのは噓ではない。
「じゃあ私のほうから食べてください。先に渡しましたから」
「いえご主人様、私のものは今がちょうど食べごろですのでこちらを先にお召し上がりください」
「あ~じゃあ両方同時に食べるので……」
というわけで両方の弁当を膝の上に置いて交互に食べることになったわけだが、なぜ急にこんな事態になったのか原因不明である。しかも2人とも自分の弁当を食べながら、俺の様子をじっと見てるし。
ふと後ろを見ると雨乃嬢が道場の端で一人寂しそうに自分の弁当をつついている。時々こちらに視線を送っては「私の先生なのに……」とか「弁当寝取りトラップ恐るべし……」とかつぶやいている。
さてそんなわけで一応礼儀として2人に「美味しい」と言いながら弁当を平らげたわけだが、その時ちょっと気になる視線を感じた。
視線の元をたどると、そこにはいるのは分家の男性2人。しかもそのうちの一人の眼力が異様に強い。
高校生くらいだろうか、背の高いなかなかの美男子だ。剣士というよりはサッカー選手みたいな雰囲気である。多分学校ではモテモテだろう。
彼は俺の方を見つつも、ちらちらと青奥寺に視線を送っているようだ。
う~ん、これは多分あれだな、分家の少年が本家のお嬢さんに惚れるとかそんなパターンだな。青奥寺は睨まれなければ普通に可愛いからな。いや、睨まれるのが好きという特殊な嗜好を持っている可能性もあるか?
ともかくそう考えると、そのお嬢さんに弁当を作ってもらって食ってる俺は当然敵という判定になるんだろう。
もちろん実際には敵でもなんでもないんだが……まあそこは青春にありがちな勘違いというところだろうか。灰色の青春を送った俺にはそれもまた羨ましい限りである。