23章 二つの合宿 03
柔道部についてはさすがにいきなり乱取りにつきあってくれと言われることはなかった。一応顧問になったときに柔道着は用意はしていて少しだけ袖は通しているが、今日はまだ着ていない。
道場の端で練習を見ていると横に山城先生がやってきた。今日はジャージ姿なのだが、一部服のサイズ間違ってますよと言いたくなるほどぱつんぱつんに張っていて直視するのも厳しい状況である。野暮の極みみたいなジャージでなぜそこまで魅了オーラが出るのか……さすが山城先生ということか。
「相羽先生、さっきの剣道の立ち合いすごかったわねえ」
「適当にやってただけなんですけどね。反射神経だけで相手をしてたようなもんですよ」
「私も剣道はよく分からないけど、部員が手も足も出ないっていうのだけは分かったわ。先生が強いっていうのも、ね」
そう言って妖艶な笑みで見上げてくるサキュバス先生。じゃなくて山城先生。
「ありがとうございます。あれくらいでよければ相手はしてあげられるんですけどね。ただ剣道の練習にはならないかもしれません」
「そんなことはないんじゃないかしら。生徒も喜んでたようだし、本当は柔道部も相手をして欲しいんじゃないかしらねえ」
「さすがにそれは勘弁してほしいですね。直接身体に触るのはちょっと……」
「でも合気道部だと相手をしてるんでしょう?」
「あっちは技を受けるだけですから。それでも冷や冷やものですよ」
「うふふっ。生徒との間に信頼関係があればそんなに気にしなくても大丈夫よ。女の子だって実際そこまで気にしてるわけじゃないもの」
「そうなんですかねえ……」
たとえ気にしてないと言われてもそうはいかないのが男である。勇者として理性の強さには多少自信があるが、ふとした瞬間に意識してしまうということもあるだろう。それを察知されたが最後信頼関係は崩れ去り、残るのは軽蔑の視線だけ。なんてことになったら目もあてられない。
「ところで清音ちゃんは大丈夫ですか? もう合宿所の方に?」
「ええ、合宿所で宿題をやってるわ。本人もお泊まり会みたいで楽しいって言ってるから、むしろ呼んでもらってよかったかも」
「子どもにとっては学校に泊まるっていうのも楽しいんでしょうね」
「そうねえ。あら、斉田さんが先生に用があるみたい」
斉田蓮は柔道部の部長である。柔道部部長とというと体格のいい女子を想像するが、斉田は双党よりも小柄である。セミロングの髪を後ろでおさげにしている、どちらかというとおっとりした感じの生徒だ。
斉田は俺の前までやってくると、頭を下げてから見上げてきた。
「先生~、少し練習の相手をお願いしたいんですけど~」
しゃべり方もおっとりなので腰が抜けそうになるが、柔道になると人が変わるのが面白い。
「相手といってもできることは限られてるが、なにをしたらいいんだ?」
「できれば投げられる役をお願いします~。ウチの部は軽い子しかいなくて、重い相手を投げる練習ができないんです~。先生は受け身は取れますよね~」
「受け身は取れるが……まあいいか、相手をしようか」
「ありがとうございます~」
受け身は少し生徒と一緒に練習をしてできるようにはなっている。柔道自体できないこともないが、俺がやると単に力で投げるだけになるから見せられたものではない。
道着を着て斉田の相手をする。袖と襟を取られたと思ったらスッと身体が入ってきて投げる態勢に入るのはさすがである。そのまま放っておくと腰に載せられ綺麗に身体が一回転、背中から畳に落とされる。体重差は倍以上あるはずだがよくもまあ簡単に投げるものだ。
「やっぱり重いですね~、いい練習になりそうです~」
というわけでしばらくの間部員全員に投げられまくったのだが、なんか途中から先生を綺麗に投げる大会の様相を呈し始めた。いくら俺が頑丈だからってそれはひどくない?
「先生、一回本気で投げに抵抗してみてもらえませんか~」
途中で斉田がそんなことを言ってくる。
「投げられる時に踏ん張ればいいのか?」
「はい~、普通に乱取りしても力では勝てないと思うので~」
再び斉田が俺の袖と襟をつかみ、投げの体勢に入る。
そこで俺が少し踏ん張ると、
「ふんッ……って、全然動かないです~」
斉田は何度か投げを打ち、最後は反動までつけて投げようとしたが俺を投げることはできなかった。まあ勇者が本気を出したら山がそこにあるレベルの動かなさだから仕方ない。
まあ結局だれが先生を動かせるか大会になった気もするが……。それはそれで練習になったとは斉田の言なのでよしとしよう。
その後合気道部では、部長の主藤早記に言われてやはり練習台にされてしまった。
もっともそれはいつものことなのでいいのだが、やはり後ろから抱き着いてくださいだけはちょっと困る。今日は山城先生も見てるし……と思ったら主藤が、
「山城先生も少しやってみませんか?」
と提案し、
「あら、そうねえ。せっかくだから少し教わろうかしら」
と、山城先生も興味ありそうにうなずいた。
「相羽先生ならいくら投げても大丈夫ですから」
「もう主藤さんは。相羽先生さっきから投げられてばかりだけど大丈夫?」
と言いつつ、さっそく俺の腕をとって技をかける気まんまんの山城先生。
「ええ。身体は頑丈ですし、受け身もとれますから」
「そう? それならいいけど。それで主藤さん、どうすればいいのかしら」
「あ、じゃあ腕をこうして……」
という感じで主藤講師による簡単合気道講座が始まったわけだが、俺はひたすら関節を極められたり転がされたりするだけである。それに関しては勇者の肉体的にはなんの負担にもならない。しかし問題は別にあった。
「え~と、こうして……えいっ」
山城先生の相手をするということは、いままでになく山城先生と密着してしまうことを意味する。それは最高レベルの魅了スキル効果範囲内に入るということであり、勇者の魅了耐性スキルがフル稼働することを意味するのだ。
「ここをこうして……相羽先生、痛くはない?」
「え……ええ、大丈夫です。関節も頑丈なので」
と答えるものの、腕を取りながら密着されていると俺の魅了耐性スキルは悲鳴を上げはじめる。なにしろ山城先生のジャージのぱつんぱつん部ががっつり当たってくるのである。カーミラで慣れているはずなのに……いや、別に慣れてもないな。あれはあれで地獄だし。
しかも山城先生は髪を上げているので、色っぽいうなじが間近に見えて非常に心臓に悪い。おかしいなあ、ガキの頃はうなじとかなんとも思わなかったんだが。
まあそんなわけで20~30分ほどは経ったろうか。主藤も一通り教え終わったらしく、ようやく拷問から解放された。
「相羽先生ありがとう。色々勉強になったわ」
「それはよかったですね」
俺はできるだけ平静を装って答える。ここで妙な態度をとったらいろいろとまずいからな。主藤をはじめ合気道部員の目もあるし。
「主藤さんもありがとう。とても分かりやすかったわ」
「山城先生も覚えるのが早くて教えやすかったです。やらないと忘れてしまうので、何度か反復練習をするといいと思います」
「そうねえ。副顧問だしときどき顔を出した時に相手をしてもらえると嬉しいわね」
そう言いながら山城先生は道場の端へと移動していった。
俺もその後についていこうとしたのだが、主藤がすっと寄ってきて、なにか言いたそうな目で俺を見上げてきた。
「先生、さっきちょっと意識していましたね?」
「なにをだ?」
「山城先生の身体が当たった時、先生ビクッてしていたように見えました」
いやいや、なんでそういうの気付くの? 本当に怖いんですけど。
「まあそりゃ俺にとっては先輩の先生だし、失礼なことできないから」
「ふうん。ところで相羽先生は年上と年下はどちらが好きですか?」
「え、いや、俺は別にどちらも構わない……というか今そういう話をする場でもないだろ」
「まあそうなんですけど。でもちょっと怪しいなって感じました」
そう言った時の主藤の目はどことなく処刑に……青奥寺の目に似ていた。
しかし怪しいってなんの話だろう。まさか俺が山城先生に懸想してるとかそんなことを言ってるのだろうか。正直さっきのはそんないい物じゃないんだが……それを言ったら完全に軽蔑されそうだからなあ。本当にどこに罠があるか分かったものではないのが恐ろしい。