22 勇者式強奪 11
内部は赤茶けた地面で構成されたダンジョンだった。壁も天井も赤茶けた土でできていてパッと見は坑道に見えなくもない。ただきちっと四角に仕切られた通路は、明らかに不可思議なダンジョンそのものである。
「なんだこれは……内部にこのような空間が生成されているとは。ラムダエネルギー反応はあるか?」
中尉の言葉に部下の1人が首を横に振った。
「いえ、まったく反応はありません。他のエネルギー反応の微弱で、計測上は普通の空間のようです」
「完全に未知の現象か。ああ済みません、先に進んでください」
俺の視線に気づいたのか、中尉は姿勢を正してそう言った。
「よし、じゃあ進もうか。青奥寺と新良が先頭、その後ろを双党、中尉達はその後ろで、俺が最後尾を行く」
「はい、では進みます」
青奥寺が先導する形で、俺たちは『深淵窟』の奥へと進んでいく。
通路では何匹もの丙型トラが出てくるが、すべて3人によって瞬殺される。そのたびごとに中尉たちが唸るのだが、確かに女の子が剣でモンスター退治をする姿なんてそうそう見るものではないだろう。
いくつかの分岐を過ぎ、中ボス部屋でカマキリを倒しながら先に進んでいく。中尉達も最初は『深淵獣』が出てくると自分たちの銃を構えていたが、今はひたすら観測機器を操作することに集中している。
「中尉、この国ではこういう場所はなんと表現するんでしょうか?」
興味半分で聞いてみると中尉は少し悩んでから、
「やはり迷宮……でしょうか。坑道や洞窟というより、そう言った方がしっくりきます」
「ああ、そこは星が違っても同じなんですね。これはまさに迷宮ですよ。ただ迷宮自体の姿は出現した場所で変わりますので注意してください。例えば森の中に出現すると、木が並んだ迷宮になったりします」
「そのような現象まで起きるのですか。ありがとうございます」
さらに進んでいくと、直径30メートルほどの円形の部屋にでた。青奥寺が俺を振り返る。
「先生、これはモンスター部屋ですね」
「だな。全周囲から『深淵獣』が出てくるから注意してくれ。中尉たちは真ん中で動かないでください。俺が守りますので」
俺たちが部屋の真ん中あたりまで来ると、周囲の壁が等間隔で崩れて穴が開いた。もちろんそこから出てくるのは20体ほどの『深淵獣』だ。
「先生、これは初めて見るタイプですね」
と青奥寺が言うように、初見の形のものだった。
見た目は蟹に近いだろうか。薄っぺらい本体に左右に突き出た4対の足。ただし腕の先についているのはハサミではなくアニメのドリルみたいな爪である。
-------------------
深淵獣 丙型
4対の足と1対の爪、硬い殻をもつ深淵獣
その爪で獲物を貫き捕食する
口から吐き出す泡には麻痺の効果がある
特性
打撃耐性 斬撃体制 刺突耐性
スキル
爪撃 麻痺の泡
--------------------
防御力重視の『深淵獣』のようだが、泡がちょっと厄介だな。
「丙型だ。爪と口から吐く泡に注意。泡を食らうと麻痺するらしい。こっちは俺が守るから各自それぞれの戦闘に専念してくれ」
「はいっ」「了解しましたっ」「了解」
3人は答えてそれぞれ自分の獲物を相手にし始めた。残念ながら丙型では『深淵獣』の方がすでに狩られる対象である。
3人が戦っている間に10体ほどがカサカサと足を動かしてこちらに近寄ってくる。
剣で相手をしてもいいが、泡をはかれると少し面倒だ。俺は腕を伸ばして魔法『ロックボルト』を連射、ドリルで蟹どもをすべて粉砕する。
「済みません、今の攻撃はどのような技術なのでしょうか? 実体弾系の射撃に見えましたが、銃などはお持ちではありませんよね」
中尉が今日何度目かの驚きの表情で聞いてくる。
「今のは『魔法』ですよ。この国にはそういうおとぎ話はありませんか?」
「は……? いえ、確かに『魔法』という言葉もありますし、いわゆる超自然現象を引きおこす想像上の技術としての意味もありますが……」
「それですね。今のは魔法で石を生成して超高速で飛ばしているだけです。ただ普通の物理現象以外のエネルギーも乗っているので、威力は見た目よりはるかに高いのですが」
「は、はあ……」
包み隠さず正直に言ったのだが、多分理解できないし信じてももらえないだろう。見たものをそのまま感じてもらう以外ない。
青奥寺たち3人が戻ってくる。それぞれ数体づつ倒していたが初見の敵でもなんの問題もなさそうだ。
『深淵獣』が全滅したので壁に新たな通路が現れた。俺たちは隊列を整え、さらに奥へと歩を進めた。
その後30分ほど進むと、前方に広い空間が見えてきた。どうやらボス部屋に到着したようだ。
「中尉、この先がこの空間の最奥になりそうです。もっとも強力な生物が出てきますので注意をしてください」
俺の言葉を聞いて中尉たち3人に緊張が走る。
「我々も戦う準備が必要ですか?」
「ああいえ、注意してデータを取ってくださいという意味です。我々の相手にはなりませんから戦闘は大丈夫です」
「分かりました。今までの生物ですら我々だけでは到底倒しきれないものでしたし、あれ以上に強力なものとなると想像もつきません」
「とりあえず見ていただくしかありませんね」
俺たちは青奥寺を先頭にボス部屋に入っていく。ボス部屋はサッカーコートの倍くらいの広さで、この感じだと相当に巨大な奴が出てきそうだ。
「先生、来ます」
青奥寺の言葉通り、部屋の真ん中あたりに黒い靄が大量発生し、巨大な『深淵獣』が出現した。
「うえっ、あれって巨大ミミズですか? 気持ち悪いんですけどっ」
双党が顔をしかめるのも無理はない。50メートルほど向こうに出現したのは、何度か見たことのある巨大ミミズだった。長さはとぐろを巻いているので不明だが、胴の直径2メートルは今までのものと同じだ。
「あの時の『甲型』ですね。今度は倒します」
青奥寺は『ムラマサ』を構え直してやる気まんまんである。前回はほとんど歯が立たなかったからリベンジマッチということになるだろうか。
巨大ミミズが4つに分かれた顎をパカッと開いて威嚇したあと、こちらへとすごい勢いでにじり寄ってきた。
中尉達が小さく悲鳴を上げる。
鍛えられた軍人でさえ恐怖するほどの光景を前に、しかし俺の教え子3人はまったく怯む様子はない。
青奥寺が走りだし、新良がブースターを使って空中へと躍り上がる。双党はその場で『ゲイボルグ』を連射しはじめた。火球がミミズの頭部に当たって小爆発を起こすと、巨大ミミズが一瞬だけのけぞった。
その隙に青奥寺が『疾歩』で横からミミズの胴体を斬りつける。大上段から振り下ろされた『ムラマサ』が、太い胴を半ばまで切断する。
ピギィッ!?
巨大ミミズがのたうつ。青奥寺が距離を取ると、次は空中から新良が『アロンダイト』で斬りつける。滑空しながら縦にザックリと表皮を切り裂くと、ミミズはさらに激しく巨体をくねらせた。
「このっ、口開けっ!」
双党がミミズの頭部を狙って射撃を続ける。火球の一発がミミズの口に入り込み、ボスンという音と共にミミズの口から体液があふれ出す。
その後も青奥寺と新良が全身を切り刻み双党が射撃を続けると、巨大ミミズは断末魔の悲鳴を上げて地に崩れ落ちた。
多少達成感のある顔で3人が戻ってくる。
「討伐お疲れさん。いい戦いだったな」
「一撃で胴体を切断できませんでした。まだまだ力が足りません」
「美園は理想が高すぎだって。まあ立場上先生に追いつきたいのは分かるけどねっ」
「立場ってなに?」
「それは言えないかな~」
青奥寺と双党がじゃれ合っているのを横目に、新良が難しい顔をして俺を見る。
「先生、今の『深淵獣』を通常兵器で倒すのは相当に難しいと思います。『深淵窟』に車両は入れないでしょうし、携帯用の重火器では効果があるかどうか」
「ソリッドラムダキャノンの携帯版とかはないのか?」
「試作品の段階はあるとは聞いたことがありますが……。効果があるのですか?」
「前に『特Ⅱ型』にソリッドラムダキャノンをぶちあてたら一発で倒せたぞ」
「先生は相変わらず信じられない話をされますね。しかし効果がありそうだと言うなら確かめる必要はあるかもしれません」
俺と新良の話に興味を持ったのか、中尉が話しかけてきた。
「あの、ラムダエネルギーを使った携帯用重火器は別の惑星では一部配備が始まっていると聞きます。今後エルクルドの軍でも導入を検討するはずです」
「それはいい話ですね。この空間はこれで消滅するはずですが、今後同じものが現れる可能性は高いですから準備することをお勧めします」
「なんか先生、兵器メーカーの営業みたいですねっ」
いつの間にか横に来ていた双党がニヤニヤ笑いながら脇腹をつつく。
そんなことをしているうちに『深淵窟』は消え、入ってきたときの赤茶けた地面が広がる平地へと戻ってきた。
俺たちの姿を認めて、離れたところで待機していたレーナオン中佐が両手を広げて驚きのジェスチャーをした。