22 勇者式強奪 09
「そこまで笑うほどのことか?」
『だって先生、『ウロボ』ちゃんが可愛くて……うひひひっ』
『かがりがすみません先生。でもこれは仕方がないと思いま……ふふふふっ』
『日本語のデータを登録したのですが、少し収集データに偏りがあったようですね』
モニターの向こうで双党と青奥寺が口を押さえて笑い、新良が多少申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
そう言えば『ウロボロス』は日本語をしゃべってるんだな。スルーしてたが新良がデータを送ったらしい。
それはともかく『ウロボロス』のAIの声を聞いての反応は三者三様だった。しかし双党がウケるのは分からなくはないが、青奥寺まで笑うのはちょっと意外だったな。むしろふざけないでくださいとか怒られると思っていた。
「いやまあいいけどな。でもさすがにこのしゃべり方はなあ。変更するか?」
『えっ、ダメですよ先生、せっかく『ウロボ』ちゃんが先生のために選んでくれたお勧めなんですからっ』
「お前はただ面白がってるだけだろ。だいたい『ウロボ』ちゃんってなんだよ」
双党に答えつつ俺がちょっとだけ悩んでいると、脇のモニターに急に女の子の顔が表示された。
それは15歳前後の少女であった。白い髪は長めのボブカット、大きな目には赤い瞳が輝いている。猫耳っぽい未来的アクセサリーを頭につけた、いかにもCGで作られた美少女みたいな感じの女の子だ。
女の子は目や眉をくりくりと動かしたあと、ニコッと笑って口を開いた。
『せっかくなのでパーソナリティキャラクターを作ってみました~。どうですかアイバ艦長』
「いやどうと言われても……」
AIって指示がなくても勝手にこんなことするの? という疑問が一瞬だけ湧いたが、未来のAIはそういうものなんだろうと無理矢理納得する。
『これはアイバ艦長の好みではないんでしょうか~? 言ってもらえれば好みの見た目にしまっす!』
「あ~……いや、そのままでいい」
ここで下手に注文をつけたら俺の趣味がバレるからな。そんな隙を教え子に見せるわけにはいかないのである。
さてちょっと変なことにはなったが、この戦艦が俺のものになったのは確かなようだ。となればもとの任務に戻るとしよう。
「ところで『ウロボロス』、周囲の状況はどうなってる? 惑星エルクルドとの戦闘は始まっているのか?」
『はい艦長、三次元モニターに表示しますね~っ』
壁のモニターの前、空中のなにもないところにいきなり『ウロボロス』のミニチュアが表示された。どうやらそれは三次元的なCGのようだ。やっぱりすごいな科学の進歩。
その『ウロボロス』のミニチュア画像が縮小していくと、その船首方向の離れたところに30隻以上の艦隊が小さく表示される。その艦隊の下に『フィーマクード第3・4艦艇団』の文字。
さらにそれらの画像が縮小されると、少し離れたところに別の艦隊が表示された。やはり30隻ほどで、その下には『惑星エルクルド宙軍』の文字が表示される。
その二つの艦隊の間に、小さな粒のような光が激しく飛び交いはじめた。光の粒はのうちいくつかはそれぞれの艦隊に船に当たり爆発を引き起こす。
『現在『ソリッドキャノン』の撃ち合いが始まってるみたいですね~。双方に徐々に被害が出ていますが、フィーマクード側が優勢でっす。あっ、フィーマクード側の旗艦『サラマー』から通信入ってまっす。どうしますか?』
「声だけ受信してくれ」
『は~い』
『……こちら『サラマー』、総大将のギルメルトだ。『ウロボロス』、さっさとこっちにきて戦いに参加しろ。ボスにどやされてぇのか。こちらギルメルトだ、ガーニッシュ聞いてんのか……』
どうやら向こうは『ウロボロス』が乗っ取られたことにまだ気付いてないようだ。というか気付いてたらさすがにさっさと撤退するか。
『どうしますか艦長? 味方からの指示のようですけど』
「あいつらは味方じゃなくて敵だ。俺たちはエルクルド側な。そこは認識を変えとけ」
『了解でっす。本艦の所属をフィーマクードから外しました~』
「よし、少しだけ手伝うか。『ウロボロス』、ここからソリッドキャノンでフィーマクードの艦隊に攻撃を加えることは可能か?』
『もちろんですよ~っ。やっつけちゃいますぅ?』
「5隻落としたい。何発必要だ?」
『後方からの攻撃には弱いと思うのでぇ、10発で大丈夫だと思いまっす』
「よし、じゃあ10発発射。狙いは任せる」
『了解しましたぁ。ソリッドキャノン、A1からA5、B1からB5ハッチ展開っ』
「あ、発射するところモニターに映してくれ」
『はいどうぞっ』
壁のモニターに、『ウロボロス』の船体上部を後ろから移した画面が表示される。
甲板にずらっと並んだ4列400個のハッチのうち、画面奥の方の10個が左右にゆっくりと開いた。
『ソリッドキャノン射出しまっす。A1B1……A2B2……A3B3……』
開いたハッチから順番にミサイルのようなものが飛び出していった。それは甲板から垂直に打ちあがると途中で軌道を変え、艦首方向に向かって飛び去っていく。
ソリッドキャノンは全部で10発が発射され、その後開いたハッチは閉じていった。
『ソリッドキャノンってキャノンていうよりランチャーですねっ。VLSに近い感じ。すごいカッコいい』
同じ画像をモニターしていたらしく、双党がはしゃいで意味不明のことを言っている。
さて三次元表示の方に目を向けると、『ウロボロス』から発射された光の粒がフィーマクードの艦隊に近づいていって5隻の船に命中、爆発を引き起こした。なんかもうゲーム感覚だなこれ。さすがにこれは慣れたらちょっとヤバい感じもする。
『艦長、5隻の敵艦を撃沈しましたよ~っ。すごいでしょ~っ』
しかもこの能天気な『ウロボロス』ちゃん。やっぱり音声変えた方がいいような気がしてきた。
『……なっ、『ウロボロス』からの攻撃だぁ!? ガーニッシュ、テメエなにやってやがるっ! こいつは誤射なんてレベルじゃねえぞっ! 分かってんのかっ!』
向こうの総大将ギルメルト氏は怒り心頭のようだな。可哀想だからタネ明かしくらいはしてやるか。
「『ウロボロス』、通信を送ってくれ。音声だけでいい」
『はい艦長、どうぞ~』
「あ~あ~、こちら『ウロボロス』、こちら『ウロボロス』、本艦は正体不明の敵に乗っ取られた。繰り返す、本艦は正体不明の敵に乗っ取られた」
『おいガーニッシュ、なにふざけてんだ! アタマいかれちまったのか!?』
「本艦はこれより戦闘宙域より離脱する。後は勝手に戦え」
『なんだとおい! クソッ、どうなってやがるっ!』
通信の向こうでギルメルト氏が悪態をつきまくっているが、それ以上は無視だ。
俺は画面に映った新良の方を見る。
「新良、この後はどうした方がいい? そっちに移って『ウロボロス』をしまうか?」
『可能ならそうした方がいいと思います。『ウロボロス』が銀河連邦軍に見つかると面倒なので』
「確かにそうだな。ここからそっちに転送することはできるよな?」
『システムをリンクさせたので可能です』
「了解。『ウロボロス』、悪いがしばらくは眠っててもらう。また起動するときはくるからそれまではお休みだ」
そう伝えると、モニターに映った『ウロボロス』のパーソナルキャラクター……面倒だから『ウロボちゃん』でいいか……は、あざといくらい悲しそうな顔をした。
『え~、わたしまだ作られたばっかりなのに~。でも艦長の言うことじゃ仕方ないですよねっ。かならずまた起動してくださいね~っ』
「おう」
なんか俺の思ってたAIとの会話とは全然違うんだが、所詮こんなものは慣れである。しかし次に彼女(?)を起動するのは双党に見せてやるときになるだろうが、それ以外でなにに使うかと言われると考えつかないな。
夏休みに宇宙旅行とかに行ってみるのもアリだが、さすがにそれはライドーバン局長に怒られそうだ。