21章 勇者の日常 11
ライドーバン局長との対談を終え、俺と新良は客室に戻ってきた。俺がテーブルにつくと青奥寺が飲み物を出してくれる。すでにこの宇宙船の給仕システムを使いこなしているようだ。
「先生、大変なお話になりましたね。『深淵窟』の異常発生が別の星にも起こるなんて考えたこともありませんでした」
「まったくだ。銀河連邦もようやくフィーマクードと対決というときに水を差された感じだろうな」
「もしかして地球での『深淵核』の濫用が原因なんでしょうか?」
「それは分からないな。俺の勘だと違う気もするが」
「先生は原因が別にあると考えているんですか?」
「恐らく俺が勇者として召喚された『あっちの世界』に原因があるんだと思う」
そう言うと、双党がぐいっと顔を近づけてくる。
「どういうことですかっ?」
「神崎リーララっているだろ? 実はあいつも『あっちの世界』から渡ってくる『深淵獣』を退治する仕事をしてるんだ。で、そっちの『深淵獣』も最近強力になってきてるんだが、どうもそれは『あっちの世界』の環境汚染みたいのが原因らしい」
「じゃあ『深淵窟』が増えたのも、出てくる『深淵獣』が強くなってるのも、その環境汚染が原因ってことですか?」
「可能性はあると思う。迷惑な話だがな」
俺が肩をすくめて見せると、新良が口を開いた。
「しかしもし環境汚染が原因ということになると、解決は難しいということになりますね」
「こればっかりはその文明全体レベルの話だからな。勇者の力でもどうにもならない。魔王を倒して終わりなら話は早いんだけどな」
「ではこちらも対処療法でことに当たるしかないわけですね。その話も局長に伝えていいでしょうか?」
「ただの憶測だってのはよく言っておいてくれ。ま、この予想が当たってるなら今後も『深淵窟』がひたすら現れ続けるだろうし、いやでも対処は必要になるだろうけどな」
新良が端末の操作を始めたのはさっそくメールを送っているからだろう。
代わりに青奥寺が身体を寄せてくる。
「しかし今の状況がさらに悪くなっていく可能性があるとすると、青奥寺家ももっと力をつけないとなりません。分家も含めて強くならないと対処が間に合わなくなりそうです」
「分家ってのは青納寺家以外にもあるのか?」
「はい、他にもいくつかあります。ただ最近は『深淵窟』の難度が上がって、私と師匠以外ではきちんと対応できないことが多くなってきています。まだ『乙』にも複数で当たらないといけないので」
「ああ、そう言えばそうだな」
青奥寺や雨乃嬢はすでに『甲』すら単独討伐できるレベルだが、元は『乙』すら1対1では倒せなかったのだ。魔力トレーニングを積んでおらず、武器も心もとない分家の人たちでは今の『深淵窟』は相当に手こずるだろう。
「実は分家の人たちから、私と師匠がどうしてそんなに強くなったのかという問い合わせも来ているんです。今のところは鍛錬の成果だと答えてはいますが」
「それは嘘ではないしな。ただそうか、魔力については分家の人たちにも伝えないと今後厳しくなるか」
魔力についてはつい先日、広めることには慎重になろうと心に決めたばかりだ。だが戦う人間が必要とするなら勇者的には伝えることにやぶさかではない。
青奥寺家もその分家も今まで秘密を守って戦ってきた家なのである。みだりに魔力という技術を広めたりはしないだろう。
「もし可能なら、魔力については先生にもお考えいただけるとありがたいです」
「分かった。青奥寺家の方で魔力トレーニングの話をして、身につけたいという人間がある程度集まったら声をかけてくれ」
「いいのですか? ありがとうございます」
青奥寺がホッとした顔をする。もしかしたらずっと頼みたかったことなのかもしれないな。
さてそんなわけで一通りの話は終わった感じになったので、俺は先程気になったことに切り込んでいくことにする。
ここからは勇者ではなく、教師としての俺の出番だ。
「ところで青奥寺と双党は夜なのにずいぶんお洒落な服装だな?」
俺が少し厳しい雰囲気を演出してそう言うと、青奥寺は少し顔を赤らめ、双党は嬉しそうな顔で俺の肩を叩いた。
「なんだ、先生気付いていたんですねっ。なんの反応もないから興味がないのかと思っちゃいました」
あれ? なんか思ったのと違う反応だな。
「さすがにその格好に気付かないはずないだろう。それに双党はちょっと肩を出しすぎだ」
「あっ、やっぱりこういうのって先生も気になっちゃうんですね。だったらもっと肌を見せていったほうがいいですか?」
「お前はなにを言ってるんだ。女の子が肌を見せるのは基本お勧めしないぞ。アホな男も多いんだからな」
「え~、問題は先生がどう思うかなんですけど。あ、それと美園にこの服はどう思いますか? 先生はメイド服とか好きそうだし、こういうロングスカートの方が好みだったりしませんか」
「勝手にメイド服マニア扱いするな。スカートが長いのはいいと思うぞ。というか制服の時のスカートは短すぎだ。お前たちだけじゃないけどな」
「ぶ~、そういう話はいいですから」
「まったく……。で、そんな格好をして、2人ともこの後どこかに行くつもりなのか?」
俺がさらに顔を引き締めると、2人は同時に「は?」と口にした。
青奥寺が怪訝そうな顔で俺に尋ねてくる。
「すみません、先生は私たちがなにをすると思ってるんですか?」
「いや、そんなめかしこんでいるからこの後夜の街にでも繰り出すんじゃないかと思ってな。ダメだぞ深夜徘徊は。2人は強いからトラブルに巻き込まれることはないだろうが、条例でも校則でも禁止されてるからな」
うむ、教師としてはやはりしっかりと言うべきことは言っておかないとな。
正直青奥寺たちがそんなことをするとは思っていなかったので、内心ちょっとだけ衝撃を受けていたりするのだが、そこは勇者ポーカーフェイスでなんとかする。
俺が強く言い切ったからだろうか。2人はいわゆる「鳩が豆鉄砲をくらったような顔」をした。さらに新良を含めて3人でなにかひそひそ話を始めたのだが、まさか新良まで深夜徘徊を考えていたのだろうか。
しばらくして話がまとまったらしく、3人は俺の方に向き直った。
青奥寺の眼光は鋭く、新良の瞳には光がなく、双党の目は微妙に笑っている。いつもの通りなんだが、それとは別に謎の圧を感じるのは俺の気のせいだろうか。
「すみません、先生には少し勉強をしていただかないといけないことがあるようです。この後少しお時間をいただきますね」
青奥寺がそう宣言すると、なぜか俺の方が説教を受けるような雰囲気になった。
あれ、俺の方が教師として教え子に諭してたシーンだったはずなんだが……いったいなにが起きたんだろう?