21章 勇者の日常 10
翌日も通常日課だった。
放課後『総合武術同好会』の活動が終わった後、新良がいつもの無表情で近づいてきた。
「先生、可能ならば話をしたいと局長から連絡がありました。フィーマクードに新たな動きがあったそうです」
「動き? 艦隊を動かすにはまだ早い気もするけどな」
「私もそう思います。もしかしたら別の動きかもしれません。それと助言が欲しいということも言っていました」
「助言、ね。分かった。今夜か?」
「はい、できれば早い方がいいと」
「じゃあ9時で。用意はしておく」
「分かりました」
と2人で話していると、いつの間にか青奥寺と双党が近くに来ていた。
風紀の乱れを許さない黒髪ロング女子が俺のことをじっと見てくる。もはやなにも言わずとも青奥寺の言いたいことは分かってしまう。
「青奥寺と双党も聞くか? 新良が許せばだけど」
2人が揃って新良の方を見る。新良は少し考える素振りを見せてから、
「直接局長と会ってもらうわけにはいかないけど、別室でモニターするくらいなら大丈夫」
と答えた。
新良も銀河連邦関連の情報秘匿がかなり緩くなってきているが、まあそれだけ彼女たちのつながりが強くなってきているということだろう。それについては決して悪いことではないと、現場優先主義の勇者としては支持したい。
夜9時ぴったりに、俺は新良が所有する宇宙船『フォルトゥナ』に転送された。
客室にはすでに青奥寺と双党がいて、新良と共に椅子に座っていた。
どうやら女子は早めに合流して3人でおしゃべりをしていたようだ。しかし新良が独立判事の制服なのはいいとして、青奥寺と双党の2人が妙に気合の入ったお洒落な私服を着ているのはなぜだろう。
もしかしてこの後どこか遊びに行くつもりだろうか。さすがに深夜徘徊は教師として見逃せないんだが。
俺がちょっとだけ教師としての使命感に燃えていると、新良が立ち上がって俺の前に来た。
「ではすぐにブリッジの方に移動しましょう」
「青奥寺たちはここで?」
「ええ、ここのモニターで話は聞いていてもらいます」
「オーケー、じゃあ局長と話そうか」
俺は青奥寺たちに手を振って、操縦室へと向かった。
シートに背を預けると、すぐに正面のモニターに顔じゅう毛むくじゃらの男が映し出された。銀河連邦捜査局局長のライドーバン氏である。
ライドーバン氏は俺の顔を認めると、理知的な目を細めて牙を見せた。もちろん威嚇しているのではなく微笑んでいるのである。多分だが。
「久しぶりだミスターアイバ。いつもながら急な呼び出しをして申し訳ないが、耳に入れておいた方がいい情報が入ったのでね」
「お久しぶりですライドーバン局長。情報をいただけるのはありがたいことですから文句はありませんよ」
「うむ、いい情報だけを知らせることができるならこちらも気が楽なのだがね。今回もそうはなりそうもない。さて、まずはフィーマクードの件だ」
そこで局長はいったん言葉を切った。この後の情報が多いということだろう。
「まずは朗報からだ。ミスターアイバのおかげで、フィーマクードの非人道的な研究を白日のもとにさらすことができた。その結果、腰の重い評議会も動かざるを得なくなった。銀河連邦は今後フィーマクードの全容解明と排除に乗り出すことになる。これは連邦にとっても大きな一歩となるだろう」
「それはいいお話ですね。自分としても協力したかいがありました」
「うむ、それについてはミスターアイバにはどれだけ礼をしてもしきれん。もっともこれはスタートでしかないので、これからが勝負ということになるのだがね」
「あれだけの組織と全面対決ということになれば、連邦も無傷というわけにはいかないでしょう」
「そうだな。恐らく最終的には戦争に近い形になるだろう。ただそのリスクを冒してでもフィーマクードのあの研究は潰す必要があると判断されたわけだ」
「なるほど……。しかしあの研究に価値を感じた勢力もいそうに思いますが」
その指摘には局長も眉間をきつく寄せた。
「それも否定はできん。良くも悪くもあの研究は無視できないと判断されたということは確かだ。さて、そこで問題なのは、ミスターアイバの協力で逮捕できたフィーマクードの研究主任が奴らに奪還されてしまったことだ。十分な警備をつけたと思っていたのだが、収監場所が大部隊に襲撃されてしまってな」
「研究主任」というのは、惑星ファーマクーンの研究施設にいた半魚人みたいな男のことだ。実は彼だけは重要参考人ということで調査隊が連行していた。
「それほど奴らにとっては重要な人物だったということですね」
「そういうことになるだろう。そしてフィーマクードがあの研究主任、ジェンゲットをそこまで強引に奪還したということは、奴らにはあの研究を続けるつもりがあるということだ。ファーマクーンの基地を失ったにも関わらず、だ」
「つまり彼らは引き続き『深淵の雫』……『シード』を必要とするということですね」
「そうだ。そちらで言う『深淵の雫』、奴らの言う『シード』は採取できる惑星が限られている。奴らがそれを必要とするなら地球に向かうのは確定的だろう。と、私もそう思っていたのだがね、ここに来て状況が変わった」
「それは?」
「実は『アビス』、そちらの言葉では『深淵窟』か、それが新たに発見されたのだよ。しかも複数の惑星でだ。そこでミスターアイバに効果的な対処法を教示していただきたくてね。それが今回のもう一つの用件ということになる」