21章 勇者の日常 09
2日後の夜、約束通り俺は九神家にお邪魔をしていた。
いつもの現代的なゴージャス応接間で九神父の仁真氏と対面する。その場には九神世海と、なんとその兄の藤真青年もいた。
九神はいつもの涼しい顔だが、藤真青年はずいぶんと居心地が悪そうな顔だ。しかし以前と違ってどことなく険が抜けたような感じもある。
「本日も御足労いただいて申し訳ありません」
開口一番仁真氏が頭を下げてくる。
「いえ、迎えまで用意していただいていますし、そもそも自分の安アパートに来ていただくわけにも参りませんから」
「お気遣いありがとうございます。世海どころか宇佐までお世話になっているそうで、本当に先生にはなんとお礼を言っていいか」
「宇佐さんについてはこちらも助かっていますので。それより例の件は一段落ついたのでしょうか?」
「例の件」とはもちろん『クリムゾントワイライト』や権乃内氏のことである。あの後仁真氏や『白狐』所長の東風原氏には丁重に礼を言ってもらった上で、詳しい話は後ほどということになっていた。正直戦闘より事後処理の方が何倍も大変だったと思うのだが、さすがにそこは勇者も関われるところではなかった。
「ええ、色々とありましたが、ようやく私の方にも余裕ができるくらいには落ち着きました。今日はそのお話をしようと思うのですが、その前に息子の藤真の謝罪を聞いてやってくださいませんか?」
「謝罪ですか?」
はて、藤真青年に謝ってもらうようなことがあっただろうか、と思っていると、藤真青年がビシッと姿勢を正して頭を思い切り下げた。
「相羽様、大変申し訳ございませんでした。貴方様が九神家にどれだけ尽力をしてくださったかも知らず、お力を試すような大変無礼な行いをしてしまいました。それとともに『深淵窟』の異常発生についても私の責任です。そちらも貴方様に青奥寺家と共同で対処していただいていると聞いております。合わせて謝罪するとともに、感謝申し上げます」
「は、はあ……」
ああ、そいういえばそんなこともあったなあという感じである。『深淵窟』についても実際に苦労してるのは青奥寺たちだし、俺に謝られてもいまいちピンとこない。
まあそれとは別に、以前会った時とはまるで別人であることに驚く。というか本来こういうことが言える教育は受けてきているのだろう。
「分かりました。謝罪をお受けします。私としてはそこまで気にしていませんし、藤真さんも今は色々と大変だと思います。私の方はあまりお気になさらないで、ご自分のすべきことをなさってください」
う~む、少しだけ上から目線の言い方になってしまったが、肉体年齢は彼の方が少し上なんだよな。勇者としての経験が長いから精神的には自分が上の感覚があるのでどうにも妙な感じになる。
「ありがとうございます。相羽様にいただいた機会を無駄にせずに精進します」
そう言って藤真青年は頭を上げた。少しすっきりした顔をしているので、彼の方も気持ちの切り替えはできた感じだろうか。
正直俺としては彼に関しては助けたとかそういう感覚がまったくないし、そもそも意識すらしていなかったので、こういう対応はむしろ罪悪感があるのが悲しい。
逆に俺が居心地が悪くなっていると、仁真氏が口を開いた。
「謝罪を受け入れてくださってありがとうございます。これで息子も次に進めるでしょう。さて、では本題の方なのですが――」
というわけで、「例の件」について事後処理について一通りお話を聞くことになった。
まずはクゼーロだが、やはり完全に力を失っており、今はテロリストの主犯として取り調べを受けているそうだ。もちろん異世界云々の話が出てくるので取り調べをしているのは公安などの表の組織ではないらしい。
権之内氏はクゼーロに騙されて利用されていた側面はあるものの、現実として自分の意志でクゼーロに協力していたので罪は逃れられないようだ。彼の情報漏洩によって少なくない数の人間が犠牲にもなっているので場合によっては極刑もありうるとか。ただ腕利きの弁護士をつけたのでなんとか終身刑になれば、という話ではあった。
『クリムゾントワイライト』の秘密基地については一通り調査が終わり、いろいろな機材が接収されたらしい。異世界の魔導技術が現代地球に知られてしまった形にはなるが、俺が思うにあれを解析して科学技術にフィードバックするのは不可能に近いだろう。なにしろ原理がまったく異なる上に、その原理である『魔法』は地球上に存在しないのだ。
「ただ、基地についてはいくつか不可解な点があるのです」
「それは?」
「一つはクゼーロ以外の所員がほとんどいなかったこと。あれだけの規模の基地にも関わらず、所員の数があまりにも少なかったのですよ。それともう一つ、基地のとある区画だけがごっそりと消失していたことです。しかも調査班によると、恐らくその区画には『異なる世界』へと渡る機材があった可能性が高いとか」
そこで仁真氏の瞳が鋭い光を帯びた。きっと最初から俺がやったことは分かってるんだろうなあ。
俺が言葉に詰まっていると、仁真氏はふっと目の力を弱め口元に笑みを浮かべた。
「我々の見解としては、我々が突入した時点で所員の多くは彼らの世界へと逃れ、その後クゼーロが『異なる世界』に渡る機材を破壊したと考えています」
「……なるほど、ありそうな話ですね」
と一応あいづちをうっておく。要するに仁真氏としては俺がなにかしたと理解したうえで追及しないと言っているのだろう。
「テロリストの多くを逃したのは確かに失策ですが、正直大勢をとらえても扱いに困るところはあったでしょう。なにしろ異世界の人間など捕まえたところでどうにもなりませんからね」
「でしょうね。むしろなかったことにした方が楽かもしれません」
「まったくです。『異なる世界』に渡る機材など、本当に存在したらそれこそパラダイムシフトを促すレベルのお話ですよ」
恐ろしいことをさらっと口にする仁真氏。
確かに異世界が実在して行き来できるなんてことになったら、技術的にも文化的にも、政治的にも経済的にも恐ろしい程の衝撃が走るだろう。むしろそんな物があると匂わせたら、某大国など全力で『クリムゾントワイライト』の拠点を確保しに行くかもしれない。しかしそうなったとき、その国は下手をすると軍事力の半分くらいを失うことになる。クゼーロクラスの異世界人を相手にするというのはそういうことだ。
「とりあえず今のところはそのような感じになっています。先生やあの時救援に来てくれた子たちにも調査はいかないことになっておりますのでご安心ください」
「ありがとうございます。そこまでは考えていませんでした」
「はは、さすがにそのあたりの対処はこちらにお任せいただければと思います。娘の同級生もいましたからね。彼女たちに余計な気苦労はかけられません」
九神家当主と娘の父親という立場を行ったり来たりする仁真氏。さすがに器が違うことを感じさせるところである。
「ところで先生にはもちろんお礼の方を用意させていただいたのですが、後ほど娘の方に銀行口座をお知らせください。そちらに振込をいたします」
「はあ……分かりました」
報酬の話も出るとは思ったが銀行振込になるとは思わなかった。さすがに要らないというわけにもいかないのでいただいておくが……いったいいくら振り込む気なんだろうか。口座を確認するのがちょっと怖いなんて、まさかそんなことがあるとは思わなかったな。




