21章 勇者の日常 08
翌日も普通に何もない一日である。
昼休み職員室で新良の弁当を食べていると、そこに金髪縦ロールの九神お嬢様がやってきた。
「どうした?」
「実は明後日の夜、父が先生に会いたいと申しますの。お忙しいとは思うのですがいかがでしょうか」
「大丈夫だけど場所は?」
「迎えを出しますので家においでいただきたいと」
「分かった。そういえば彼女は回復には向かってるんだよな」
「彼女」とはもちろん権之内氏の娘さんの碧さんのことだ。あのあと病院に入って治療を受けているはずだが、基本的に衰弱していただけだから体力が戻ったらリハビリがメインになるだろう。
「はい。もう話す方はほとんど以前の通りになりました。まだ身体を起こすのもやっとですが、あと数日でリハビリを始めるそうですわ」
「そうか。単純な筋力の衰えとかは俺の持ってる道具とかでもどうにもならないからな。こればかりは本人が頑張るしかない」
「そうですね。これからが大変だとはお医者様も言っていらっしゃいました」
「あの状態からのリハビリは大変だろうからな」
彼女にとっては超ハードな筋トレを毎日やるようなものだ。こればかりは想像を絶する大変さだろうが、彼女の気丈さを考えればきっと乗り越えるだろう。
「ところで先生、宇佐の方はいかがでしょうか?」
「家事の方は完璧すぎてすごいな。トレーニングのほうはもう二段階目に入ってるから、早ければひと月くらいで結果はでるんじゃないかな」
「そうですか。しかし初日に宇佐が悲しんでいましたわよ。相羽先生に追い返されたと言って私に泣きついてきましたわ」
「いやそれは……さすがにマズいだろ、若い女性を泊めるのは」
職員室なので小声にして言うと、九神は少しだけ首をかしげた。
「なぜですの? 成人した男女同士、やましいことがあるわけでもなければ問題ないと思いますけれど」
「一般的にはな。だが俺は女子校の教員だし、そこは一線を引きたいんだよ。結婚を前提にしてるとかならともかく、メイドさんを泊めるとかあらぬ噂が立つだろ」
俺がさらに小声になると、九神は形のいい眉を寄せ微妙な呆れ顔をした。
「先生のおっしゃることも分かりますけれど、女に恥をかかせるのも違うのではありませんか? それこそ女子生徒に責められるお話だと思いますけれど」
「そんなことで恥にはならないだろ。とにかく九神の方からも言っておいてくれ。別に俺が宇佐さんを嫌ってるとかではないって」
九神はその言葉を聞いて深いため息をついた。と同時になぜか挑戦的な目を俺に向けてくる。
「まあいいですけれど。でも先生がその気でないなら、わたくしも少し考えを変えないといけないかもしれませんわね」
「今度はなにを企むつもりだ?」
「人聞きの悪いことはおっしゃらないでください。ただ先生は九神に必要な方だと再認識しただけです。では明後日、中太刀を向かわせますので」
そう言って、九神は縦ロールを翻して職員室を去っていった。
俺が新良の弁当に向き直ると、いつの間にか席に戻ってきていた熊上先生が声をかけてくる。
「相羽先生は九神とも普通にやり取りができるんだねえ。でも4組の授業には出てなかったと思うんだけど」
「そこはちょっと色々ありまして」
「ああそうか、青奥寺と関わったらいやでも九神ともつながるか。しかし彼女があそこまで普通に男に接するのは珍しいかもしれないね」
「そうなんですか?」
「俺も1年以上教えてるけど彼女にはすごい壁を感じるからね。九神家がああだから立場上仕方ないところもあるんだろうけど、常に気を張ってる感じだから」
「最初は自分も相当に壁を感じましたね。壁というより、いないものとして扱われていた感じでしたけど」
「ははっ、確かにそうだ。俺も最初はそうだったよ。そう考えると壁を感じるだけマシにはなったのかな」
と熊上先生が苦笑をしていると、隣の席の山城先生が俺に微笑みかけてきた。
「さっき九神さんは相羽先生が九神家に必要って言っていたけど、もしかしてスカウトされたりしているのかしら?」
「いえ、そんなことは一度もないですね」
「そうなの? 相羽先生はもう学年にいてもらわないと困るくらいの人だから、ヘッドハントされると困るわね」
「ヘッドハントってそんな……。九神の親御さんとも話をしたことがありますが、もう別の世界の人すぎてとてもじゃないけどついていけませんよ」
「やっぱりそんなに違うのかしら。面談で学校に来てもらった時にはそこまででもなかった気もするけど……」
「九神の家って地下に駐車場があるんですよ。しかも10台分くらい。庶民となにからなにまで違いすぎてめまいがしますよ」
「それはすごいわねえ。でも清音の話だと先生も一般の人とは相当違うみたいだけど?」
と言う山城先生の流し目はかなり意味ありげなのだが、清音ちゃんはいったいどこまで俺の話をしたのだろうか。まさか一緒に寝た話なんでしてないよな。一応口止めはしたし、本人もさすがに母親に言うのはダメくらいの感覚はあったみたいではあるけど。
「九神家のすごさは個人の能力とは違う次元の話ですからね。そう考えると九神さんも大変だなとは思いますね」
「確かにそうね。彼女は将来的にはお婿さんを取ることになるんでしょうけど、どんな人を取るのか想像もできないわねえ」
そう言えば彼女には兄の藤真青年がいるが、父の仁真氏は彼を当主にするつもりはないと言っていた。とすれば九神世海が次期当主なのは確定なのだろうが、その婿となるとすさまじい気苦労がありそうだ。正直九神本人を相手にするだけでも大変そうだしな。俺にはまったく関係ないことだが、今からその人には同情を禁じ得ないのも確かではある。




