21章 勇者の日常 03
翌日はリーララと買い物の予定だったのだが、朝飯を食ったあとに青奥寺から連絡が入った。
用件は、ランクの高そうな『深淵窟』が見つかったのでサポートを頼みたいとのこと。「む~、さすがにそれじゃしょうがないか~」と言うリーララを部屋に残し、俺は連絡のあった場所に飛んで向かった。
そこは営業をやめた遊技施設の跡地だった。あちこち雑草が生える駐車場の真ん中に、看板が外された3階建てくらいの建物が立っている。
立入禁止の札がかかっている駐車場の入り口前に、青奥寺は一人立っていた。
俺はその近くに着地すると、自分にかけた隠蔽魔法を解く。
「あっ、先生、ありがとうございます」
青奥寺はいつものブレザー姿だ。竹刀袋を肩にかけているのだが、『ムラマサ』を運ぶのに剣道少女に偽装するのは考えたな。
「呼ばれるのは久しぶりな気がするな。青納寺さんは今日はまた別件か?」
「はい、母と一緒に別の『深淵窟』に行っています」
「また複数同時に出現したのか。九神のところで『深淵窟』を発生させることはなくなったはずなんだがな。その影響がまだ出てるってことか」
九神世海の兄・藤真青年と権之内氏が裏で何度も『深淵窟』を発生させていて、その影響で『深淵窟』の発生が増えたというのは青奥寺家でも把握済みだったらしい。
もちろんその件はクゼーロの失脚とともに解決されたはずなのだが、それでも『深淵窟』の異常発生がまだ続くというのなら面倒な話だ。
「世海のお父上の話では、『深淵窟』の発生率はしばらくは上がったままだろうということでした。以前のレベルにまで収まるには数か月かかるそうです」
「なるほど。それまでは青奥寺のところも忙しいままってわけだな」
「はい、そうなると思います。先生に強くしていただいて、その上で強力な武器を譲っていただいたので対応はできますが」
「それでも万全を期するのは正しい判断だ。さて、それじゃ行くか?」
「そうですね。どうやらあの建物の中に発生しているようです」
青奥寺の先導で駐車場に侵入し、遊技施設建物の前まで行く。もちろん隠蔽魔法をかけておくのは忘れない。
入り口には鍵がかかっていたが、魔法でこじあけて中に入る。『深淵窟』の入り口は入ってすぐのロビーの真ん中にぽっかりと開いていた。
「やはりかなり強い魔力を感じますね。一番奥には少なくとも『特Ⅰ型』がいそうです」
「そこまで分かるようになったんだな。大したもんだ」
「先生のおかげです。しかしさすがに『特Ⅰ型』は一人ではまだ倒せません。サポートよろしくお願いします」
「了解」
それぞれ剣を手にすると、俺たちは並んで『深淵窟』に足を踏み入れた。
『深淵窟』の中は、クレーンゲームの筐体が並んで通路を形作るというかなり奇妙な見た目をしていた。
俺たちはその夢に出そうなダンジョンを、『深淵獣』を斬り捨てながら進んでいく。
「今日は少し慎重だな。丙型なんかはもう相手にならないだろ?」
俺がそう聞いたのは、青奥寺の歩きがいつもより遅いと感じたからだ。
普段なら一刻も早く奥に進もうという感じの青奥寺だったはずだが、今日は妙に足が重い。
「そうでしょうか? いつもこれくらいだと思いますけど」
「そう言われればそんな感じもするが……体調が悪いとかではないんだな?」
「それは大丈夫です。ところで先生、今日は宇佐さんが来る日でしたよね?」
「ん? ああそうだな」
青奥寺が『深淵窟』攻略中に雑談をするのは珍しい。しかし宇佐さんの件はかなり文句を言われたが一応了承はもらったはずなんだが。
「宇佐さんはかなり強いですから、魔力を身につけるのも早いですよね」
「あ~、確かにそうかもしれないな。青奥寺たちも早かったからなあ」
「あれで早い方だったんですか?」
「俺は今の青奥寺くらい使えるようになるまでに半年以上かかったからな。メチャクチャ早いと思うぞ」
「えっ、そうなんですか?」
ちょっと驚いたような顔をする青奥寺。目つきが悪くてもそういう顔は可愛いものだ。
「勇者としては結構プライドが傷ついてたんだよな。あ、これは双党には秘密な。調子に乗るから」
「ふふっ、分かりました。でもそうなんですか、先生も最初から強かったわけじゃないんですね」
「そりゃそうさ。あっちの世界に呼ばれた時はちょっと足が速いだけの一般人だったからな」
前方の通路に『乙』の4本鼻のゾウ型が1体現れる。
青奥寺は『疾歩』で踏み込み、瞬時に長い鼻をすべて切り落とす。突進しようとする『乙』の脇を抜けるようにして片側の足を2本とも切断して勝負がついた。ムラマサの切れ味だけに頼ることなく『魔力硬質化』もしっかりと使っての斬撃だ。短期間でずいぶんと強くなったものである。
息一つ乱さずに戻ってくる青奥寺は、それでもちょっと恥ずかしそうな顔をしている。自分ではまだまだだとか思ってるんだろうなこの真面目娘さんは。
「初めて会った時と比べると比較にならないほど強くなったな。もう上位冒険者なみの強さだ」
「ありがとうございます、すべて先生のおかげです。上位冒険者というのはよく分かりませんけど」
「冒険者ってのはあっちの世界でモンスターと最前線でバチバチやり合ってた戦士のことさ。上位になると国が大金積んで召し抱えにくるレベルだな」
「貴重な人材ということですか? 先生に評価していただけるのは嬉しいですね」
そう言うと青奥寺は目を細めてニコッと笑った。不覚にもちょっとドキッとしてしまったが、これは教員としては失格事項だろう。
「……あ~、青奥寺が強くなったのはもとから鍛えていたからだろうな。しかしザコで『乙』が出てくるのは初めてじゃないか?」
「そうですね、私もそれが気になりました。先生が言う中ボスみたいな感じでなら現れていましたけど、通路で現れるのは初めてです」
「ということは今までより上位の『深淵窟』ってことか。なら少し慎重にいくのも当然だな」
「はい。慎重に、ゆっくり進みましょう」
俺の言葉に妙に力強く頷く青奥寺。う~ん、なんか意味ありげな感じもするんだよなあ。
少し進むと巨大クレーンゲームの筐体が円形に並ぶ闘技場みたいな空間に出た。ちょっと強力なモンスターが出てくるいわゆる『中ボス部屋』、もしくはモンスターが大量に湧く『モンスター部屋』だ。
「そう言えば『深淵窟』では『モンスター部屋』はまだお目にかかってないな」
「『モンスター部屋』? それはなんでしょうか?」
「ああ、それは――」
俺たちが部屋の真ん中付近に来たとき、壁を作っている20以上のクレーンゲームの筐体の前面が一斉に開き、そこから20体以上の『丙型』の6本足虎型深淵獣が飛び出してくる。
「こういう大量のモンスターが一斉に襲ってくる部屋だな」
「これは初めて見ますね。まだ丙型だからいいですけど……っ!」
青奥寺は、飛び掛かってきた6本足虎を『疾歩』と同時の斬撃で両断し、そのまま次々と他の『丙型』をすれ違いざまに斬り捨てていく。すでに20体くらいなら青奥寺1人でやれそうだ。
といっても『深淵獣』は俺の方にも平等に襲い掛かってくるので、向かってくるものだけは真っ二つにしてやる。初見だと事故率の高いモンスター部屋だが、モンスター出現から1分ほどで片がついた。
青奥寺が乱れた髪を手ですきながら俺のところに戻ってくる。
「……ふぅ。前までの私だったら師匠が一緒でも危険でした」
「最初は丙型3体でも苦戦してたもんな」
「先生と公園で会った時ですね。あの時は本当に驚いたんですよ。自分の秘密を見られたっていうことと、先生の強さが異常なことと、どちらも本当にびっくりで。そういえばあの時どうして先生は公園にいたんですか?」
「その少し前に青奥寺が丁型を倒してるのを見たんだよ。それで不思議に思って後をつけてたんだ」
「えっ? それってもしかしてストーカ……」
「はいはい、先に進む進む」
「ふふっ、そんなに慌てなくてもいいと思いますよ」
今さらその話が蒸し返されるとは思わなかったが、青奥寺も笑ってるから半分冗談なんだろう。そういえば青奥寺が冗談を言うのをほとんど聞いたことがないんだよな。そう考えると、今日はやっぱり青奥寺の様子がちょっとおかしい気がする。
まさか新たな処刑用のネタが見つかったのだろうか。いや、そんな記憶は俺にはまったくないのだが。