21章 勇者の日常 02
家に帰ると9時を大きく過ぎていた。
今日は同期会があると知らせてあるのでリーララも来ていない。
はずだったのだが、部屋ではベッドの上で褐色娘がスマホをいじっていた。
「あ、おじさん先生お帰り。お酒美味しかった?」
「酔わないから酒の楽しみも半減……はいいけど今日は来ないって話じゃなかったか」
「別にいいでしょ。こっちの方が落ち着くし」
「いや人の部屋の方が落ち着くってそんなはずあるか」
「そうそう、例のデートはいつやる? 明日する?」
「デートじゃなくて買い物な。明日は夕方遅くならなければ大丈夫かな」
明日は夕方からメイドさん……宇佐さんの一回目の魔力トレーニング兼お掃除がある。クリムゾントワイライトの件が一段落したのでしばらく夜通うことになるようだ。仕事熱心なことである。
「夕方からなにかあるの?」
「お客さんが来るんだ」
「ふ~ん……もしかして女の人?」
リーララがスマホをやめてベッドの上で身体を起こす。
「まあな。あ、別に怪しい話じゃないぞ。魔力トレーニングを頼まれててしばらく面倒を見るだけだ」
「なんでここでやるの? 学校でやればいいじゃん」
「いやさすがに関係ない人を毎日学校に入れるわけにはいかないからな。向こうも平日は夜じゃないと時間がないみたいだし」
「ちなみにどんな人?」
「九神は知ってるよな? 九神家でメイドをやってる人だ。『深淵獣』も倒せる凄腕の人だぞ」
「それってもしかして眼鏡かけてる美人の人? この間ちょっと見た気がする」
「多分その人だな。もっと強くなりたいんだそうだ。仕事しながら鍛錬したいっていうんだからすごいよな」
「わたしも学校行きながらキチンと魔力鍛えてるし。でもそうなんだ、美人を家に入れるからわたしは邪魔なんだ」
「いや邪魔とかじゃなくてだな……だいたいお前がこの部屋にいること自体ヤバいんだから仕方ないだろ」
さすがに宇佐さんがこの部屋に来たときにリーララがいたらあらぬ誤解を受けてしまう。校長公認とはいえ、外部の人間には極力伏せるのが前提の話だしな。
「ふぅ~ん。じゃあなおさらここにいよ。おじさん先生が変態だって教えてあげないとね」
「いやお前、それはマジでだめだからな。最悪お前をここに入れることは二度とできなくなるぞ」
「は? 別に勝手に入るし」
「お前なあ……」
う~ん、いざとなったら宇佐さんに裏の話をすれば納得はしてもらえるだろうけど……
リーララが腕を組んでつ~んといった感じで横を向いてしまったのでどうしようかと思ってると、玄関が開いて誰かが入ってきた。
いやまあ鍵を魔法で開けて入ってこられる奴なんてそうはいないから誰かは分かってるんだが、この面倒な時によりによってという感じだな。
「あらぁ? もしかして痴話げんかの途中かしらぁ?」
「お前も勝手に人の部屋に入ってくるな。というかなんでわざわざ隣に住むんだよ」
腰をクネクネさせながら当たり前みたいに俺の隣に座るのは、歩くエロス・カーミラである。クゼーロが消えて俺の保護は必要なくなったはずなんだが、なぜかこの安アパートの隣の部屋に住むことにしたらしい。
ちなみにリーララとカーミラはこれが初対面である。ということは当然……
「ちょっとおじさん先生、この女はなに!?」
飛び跳ねるようにベッドの上に立ちあがると、リーララがカーミラをビシッと指差す。
一方で「この女」扱いされたカーミラは、俺の腕を取りながら妖艶な笑みを浮かべていた。
「初めまして、ワタシはカーミラよ。こっちの世界では上羅と名乗ってるの。よろしくねぇ、『王家のゴミ処理魔女』さん」
「なに『ゴミ処理魔女』って。勝手にヘンなあだな付けないでくれない?」
「ふふっ、ごめんなさいね。貴女は知らないのね、自分がそう呼ばれてるって」
「っていうか『王家』とか言うってことはアンタもあっちの世界の人間? あ、もしかしておじさん先生が前言ってた人?」
「ああそうだ。元はクリムゾントワイライトの側にいた奴なんだが、なんだかんだあってここにいるって感じだな」
俺が答えると、リーララはベッドの上に座り直した。もちろんカーミラを面白くなさそうな顔で見たままである。
「で、そのカーミラおばさんがなんでここに入ってくるの?」
「おば……?」
カーミラがピクッと反応する。なんか魔力がいきなり吹き上がった気がするんだが……
「ずいぶんと口の汚い『ゴミ処理魔女』さんねぇ。ゴミ掃除ばっかりしてるから心まで汚れてるのかしらぁ?」
「ゴミは掃除できるけどおばさんのしわは消せないし、そっちの方が大変じゃない?」
リーララとカーミラの間で見えない魔力がぶつかり合う。
いやなんでいきなり敵対度全開なのこの2人。
「お前ら同じ世界出身なんだから仲良くしろって」
「ごめんなさいねぇ。でも『王家』は『魔王』を召喚しようとしている連中だから、そこのお仲間と仲良くするのは難しいわ」
おや、カーミラからちょっと面白い情報が出てきたな。『魔王』を呼ぼうとしているのは『王家』なのか。
「別にわたしは『王家』を仲間とか思ってないけどね~。人を道具みたいに扱う連中だし、あんなのと一緒にされるのはお断りだから」
リーララはそう言いながらベッドから下りると、なぜか俺の膝の上に座って寄りかかってきた。
それを見てカーミラがなにか言いたそうな目を俺に向けてくる。変な勘違いをされるのは困るが、しかしリーララの事情を知っている以上多少のスキンシップは拒否もできないんだよな。
「あら、そんなこと言うなんて思ってなかったわぁ。『魔女』は喜んで奉仕してるって『王家』は吹聴してるんだけどねぇ」
「そういう娘も多いけどね。一応は拾われて教育されてご飯を食べられるようにはしてもらってるワケだし」
「ふぅん、アナタはそうじゃないの?」
「わたしはただ言われた通りにしてればとりあえず食べていけるからやってるだけ。まあこっちの世界に知り合いもできたから、『不法魔導廃棄物』が暴れるのもちょっとイヤだしね」
あれ、リーララもただのひねくれ娘じゃなかったんだな。一応そんなことも考えて任務をやってたのか。そういうのは勇者的には褒めるポイントだな。
「ちょっとおじさん先生、いきなり頭なでないでよっ」
「俺の膝に乗ってきたからにはなにをされても文句は言えないと思え」
「なにそれ。あっ、ちょっと勝手にやめないで。一度やったらわたしがやめてって言うまで続けるの」
「いまなでないでって言わなかったか?」
「言ってない」
なんかよく分からないがやはりスキンシップに飢えてるっぽいな。
俺が頭をなで続けていると、カーミラが再度微妙な顔で俺に目を向けた。
「勇者さんは子どもに優しいのねぇ。それともこれくらいの子が好みなの?」
「違うわ。それよりあっちの世界についてきちんと聞いてなかったが、『王家』なんてのがまだあるのか?」
「ええ、こちらの世界と違って、政治形態は勇者がいたころからあまり変わってないのよねぇ。今大陸の中心になっているのは『バーゼルトリア王国』っていう国なんだけど、そこがロストテクノロジー魔導技術を独占してて力を持ってるの」
「リーララはその国の出なのか?」
「その国の出っていうより、王国に支配されている地方の出って感じかな~」
「なんか複雑なんだな。それでカーミラ、お前やクゼーロたちが属してるのはどういう勢力なんだ?」
「クゼーロたちはその王国に対抗する勢力なの。元は王国に潰されたどこかの国の残党とかって話だけど、今は辺境で力をつけていてほとんど国みたいな感じになってるわ。王国のテクノロジーに対抗して個人の力を伸ばすことで戦力とする集団ね」
「なるほど。しかし『次元環』を行き来できる技術を持ってるんだからテクノロジーにも優れてるんじゃないのか?」
「そこはよく分からないわ。クゼーロたちの親玉がそういう技術をどこからか持ってきたみたいだけど、ワタシもその親玉は見たことないしねぇ」
「ふむ……そのあたりリーララは聞いたことないのか?」
「王国だと盗賊集団の親玉みたいな扱いだったかな~。わたしが相手するわけでもないって分かってたから特に話は聞いてなかったんだよね」
「そりゃそうか。それでカーミラ、お前は? 前に『勇者教団』なんて言ってたと思うんだが」
「それは前にも言った通りよぉ。古の勇者を神の遣いとして崇めている教団。一応王国内で活動している集団なんだけどね。元はどっちかっていうと歴史探求がメインの教団だったから、さすがに王国が『魔王』を復活させるなんて話がでてきたら無視できなくてねぇ」
なるほど勇者は「神の遣い」なんて扱いなのか。それなら教団とかができてもおかしくはない……のかもしれない。
「なんで歴史探求の学術集団が勇者探しなんて始めたんだ?」
「それは『魔王』がいた時代が大変だったって研究で分かったからよ。王家の言う『魔王』が復活したら今以上に『魔導廃棄物』が増えるなんて話まであるし、もしそうなってモンスターでも大量に出現したらそれこそ『魔王』の時代に逆戻りになっちゃうものねぇ。しかも『次元環』が開いてる以上、こっちの世界も他人事じゃないのよぉ」