21章 勇者の日常 01
「いやあ、考えてみるとこうして3人で会うのは初めてなんですね。忙しくて忘れてしまいますよ」
同期の3人で乾杯をしたあと、正面に座るイケメン眼鏡先生、松波真時君がまずそんなことを言った。
今俺たちがいるのは、駅のそばのちょっと上品な居酒屋である。時間は金曜の夜7時。
明蘭学園に赴任して2カ月、ようやく同期会をやる余裕ができたのだ。発起人は俺の横に座るアクティブ系美人先生、白根陽登利さんである。
「みんな忙し過ぎたんですよね。大学の友達とかに話を聞くと明蘭学園はかなりホワイトみたいですけど、それでも余裕がなかったですから」
「本当にそうですね。僕も初等部としては1年目で担任は持っていませんが、それでも忙しいですからね」
「うちの初等部は完全に教科担任制なんですよね。子どもたちは問題ないんですか?」
教科担任制というのは中等部高等部と同じ、教科ごとに違う先生が教える制度のことだ。昔の小学校は基本すべての教科を担任が教えていたりもしたらしいが、明蘭学園は初等部から教科担任制を取っている。
「ええ、問題なくやっていますね。さすがに1・2年生はクラス担任がフォローに入りますが、慣れてしまえば問題ないみたいです」
「すごいですよね。うちの生徒は本当に優秀で、今でも驚きの毎日です。この間も私の方が教わっちゃって」
白根先生がカクテルに口をつけながらちょっと泣き顔になる。英語だと帰国子女に勝てないところもあるから大変だよなあ。
「僕も一時期は大変でしたけど、相羽先生のおかげで助かりましたよ。今は毎日が充実していますし、ようやく授業の研究も進んできました」
松波君が言う「大変」は神崎リーララのことだ。奴は完全に標的を俺にシフトして、松波君にちょっかいを出すのはやめたようだ。まだなにかしてるなんて話が出たらこめかみグリグリの刑に処そうと思っていたんだが命拾いしたな。
「ところで彼女については大丈夫なんですか? 相羽先生にまだつきまとってるんじゃないですか」
「時々来ますけどなんの問題もありませんよ。あんなのはお尻ペンペンしてやれば黙りますから」
「正直彼女についてはお尻ペンペンくらいはしてもいい気がしてしまいますよ。相羽先生がどうやって対処しているのか知りたいくらいです」
うん、松波君は冗談だと思っているようだが、実際力ずくで黙らせてるだけだからなあ。教師的には表立っては絶対に言えないけど。
俺が苦笑いをしていると、白根さんが横から顔を覗き込んできた。
「なんか相羽先生って実は女子の対応が上手なんですか? 三留間さんも大紋さんも完全に懐いてる感じがしますよね」
「彼女らに関しては同好会でトレーニングを教えてるからってだけですよ」
「そうなんですか? 特に三留間さんは放課後武道場に行く時妙に嬉しそうなんですよね。なんかデートに行く時にみたいに」
「あの同好会には憧れの先輩的な生徒が揃ってますからね。卒業生とかも来てますし」
と言うと、松波君の目がキラリと光った。
「そう言えば放課後学校に来る大学生くらいの女性がいますね。あの人ですか?」
「ええそうです。青納寺さんというんですが、同好会の講師みたいなことをやってもらっているんです」
実は雨乃嬢については学校内では講師ということにしてあったりする。そうしないと説明が面倒なのだ。
「なるほど。そうですか、卒業生だったんですね」
「ええ、不審者ではないので安心してください。言動はちょっと不審なところがあるんですが多分害はないと思います」
断言できないところが雨乃嬢の悲しいところだが、もちろん勇者的には信用はしている……多分。
「ところで初等部は女性の先生が多いと聞きますが、松波先生的にはなにか浮いた話とかは?」
俺の方の話ばかりだとアレなので水を向けてみると、松波君は苦笑いをした。
「初任者ですからさすがにそういう話にはなりそうもないですね。しかも神崎の件があって弱い男イメージがついてしまったみたいで、先輩方には優しくされるばかりですし」
「あ~、それは男としてはキツいところですね」
「でも初等部の先生ってそういう男の人好きそうなイメージがありませんか? 逆にアドバンテージだったりしません?」
白根さんの顔はすでにほんのり赤みを帯びている。口も少し滑らかになってきたようだ。
「母性本能みたいなやつですか? 僕には分かりませんが、女性としてはそういう感覚ってあるんでしょうか」
「ええ、私の友だちでもいましたよ、守りたい男子が好きって子。ホントに好き嫌いって色々ですからね~」
「そんなものなんですかねえ」
とあいづちを打ってみたが、本当に色々なら勇者を好きになる娘さんがいてもいいはずなんだけどなあ。
俺が溜息をついていると、白根先生がニコニコしながら俺をつついた。
「そういう相羽先生はどうなんですか~? この間の事件で生徒の間でも噂になってましたけど、やっぱり女子からなにかあったんじゃないですか~」
「いえなにもありませんよ。やっぱり高等部になると担任が女性に甘かったりすると気になるみたいで下手な言動ができないですから」
「え~、なんですかそれ~。女子同士が牽制しあってるみたいな感じですか?」
「そうではなくて、学校外で女性に関わったりすると生徒に睨まれるというか処刑されるというか」
「あはは、なんですか処刑って。いったいなにをしたんですか~?」
「昨日は俺のアパートにメイドさんが来るって言ったらすごい剣幕で囲まれましたね。部屋を掃除をしてもらうだけなのに」
「メイドさん? そんなサービスを頼んでいるんですか?」
松波君がピクッと反応する。やっぱり男としては興味があるよねそこ。
「いえそうではなくて、高等部にすごいお嬢様がいるんですが、そのお屋敷で働いてるメイドさんが来ることになってるんです」
「あ、その人ってもしかしてこの間合宿所にいませんでしたか~? 金髪のお嬢様っぽい子といっしょにいましたよね、眼鏡をかけた美人のメイドさん。私ビックリしたんですけど」
「その人ですね。実はこの間事故から助けたんですが、そのお礼に通いで家事をやってくれるそうなんですよ」
俺がそう言うと、松波君と白根さんの目つきがちょっと変わった。
「もちろんいったん断ったんですよ。でもそのメイドさんがかなり強引で断りきれなくて。一生メイドをしますとか言うのでひと月ぐらいで手をうってもらいました」
あれ、2人の顔がちょっと呆れ顔に。しっかり断ったという話なんだけど。
「それを生徒に言ったら狙われてるとか女心が分からないとか責められまして。ホントに女性関係は判定が厳しいんですよねえ」
「相羽先生、それは処刑されて然るべきだと思いますよ」
松波君が憐みの目でそんなひどいことを言う。しかも白根さんまでうんうんと頷いているし。
あれえ、同期の2人にそんな態度を取られるとおかしいのが自分みたいな気になってくるんだが……多分酒のせいで正確に伝わってないんだな。勇者は毒耐性スキルのおかげで冷静でいられるけど、普通の人はそうはいかないからなあ。