20章 ある者の決着 08
「あらどうしたの? ワタシになにか秘密のお話?」
「『次元環』を通ってあっちの世界に行く装置のところに案内してくれ」
「もしかして向こうの世界に行くつもり?」
「いや、人目に触れる前に始末したい。お前としてもこっちの世界の人間に知られたら困るだろう?」
「そうねぇ。確かにちょっと面倒なことにはなりそうかも。でもその装置を先生に始末されたらワタシも帰れなくなっちゃうんだけど」
「だったらそのまま戻れ。その後で始末しとく」
「それはそれで困るのよねぇ。まあとりあえず装置のところまで行きましょ」
カーミラは意味ありげな目を一瞬見せ、そして廊下を歩き始めた。揺れる尻……じゃなくてその後ろ姿について行くこと数分、厳重にロックされた扉の前に着いた。
「あら、係の人間もいなくなっちゃったわねぇ。どうしようかしら」
「俺が『赤の牙』に職員はできるだけ連れて帰れって言ったからな。この扉を開ければいいんだな?」
「ええ」
俺は『掘削』を発動して扉に大穴を開ける。
「簡単にやってるけどそれもすごい魔法ねえ。クゼーロに勝つくらいだから魔導師としても最強なのね、勇者って」
「仲間の賢者に比べれば大したことはなかったさ。今は分からないけどな」
そう答えて穴をくぐって中に入る。
そこは教室ほどの広さの部屋で、真ん中に直径3メートルほどの金属製の輪が立っているほかは何もない空間だった。ただよく見ると部屋中に魔法陣……というより電子回路みないな文様が描かれている。どうもこの部屋全体が『次元環』を通って『あっちの世界』と行き来する装置のようだ。
「どうやって起動するんだこれ」
「その輪に近づくと勝手に起動するわよ」
カーミラが言うように輪に近づいてみると、ブゥンという音がして、輪の中にいきなり黒い穴が開いた。それは確かにあの『次元環』の入り口に違いなかった。
「ここに入れば向こうの世界に行けるんだな?」
「ええ、入って中を5分くらい歩けば向こうの出口に出るわ」
「そんな簡単なのかよ。どれどれ」
頭だけ突っ込んでみると中はにはあの宇宙みたいな空間が広がっていた。リーララと入った『次元環』に比べると不可視の通路は狭く、人がどうにか歩けるほど広さしかない。どこまで続いているのかは知覚できなかったが、まあカーミラが言うなら5分で向こうに着くのだろう。
「じゃあお前も帰れ。今から10分したらこの部屋ごと『空間魔法』に放り込む」
「先生は一緒に来てくれないのぉ?」
「なんで行く必要があるんだよ。いいから帰れ。そしてもうこっちには来るな」
俺がそう言うと、カーミラは急に悲しそうな顔をして俺にしなだれかかってきた。
「どうしてそんな冷たいことを言うのかしらぁ。ワタシのことそんなに嫌い?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、元いた世界に戻るのが普通だろ」
「それはそうだけど、ワタシには任務があるから、それを完遂するまでは戻れないのよねぇ」
そう言いつつ俺の腕に抱き着くカーミラ。なんか柔らかいものをめちゃくちゃあててくるんだが……こいつ吸血鬼の他にサキュバスの血も流れてるんじゃないか?
「お前の任務なんぞ知らんわ。帰らないなら帰らないで勝手にしろ。この部屋はどっちにしても始末する」
「もう、つれないのねぇ。そんなにワタシに興味ないのぉ?」
「いやお前こそ俺のこと興味ないとか言ってただろ。忘れたのか?」
前に会った時に趣味じゃないとか言われたはず……と思っていると、カーミラは一瞬目を丸くして、それから無邪気な感じで笑い始めた。
「うふふふふっ、もしかして気にしていたのかしらぁ。女の気持ちなんていくらでも変わるものよ。そんな昔の話なんて忘れてほしいわねぇ」
「ああそう」
なんか急に疲れてしまった。要するにカーミラは俺になにか頼みがあって、あっちの世界に連れて行きたいってことなんだろう。しかし今のところ俺にその気はないし、これ以上ここでカーミラと問答をしていても仕方ない。
「帰る気がないなら部屋を出るぞ」
「あんっ、せっかちねぇ」
カーミラが離れないのでそのまま引きずって部屋の外にでて、『空間魔法』を発動、黒い穴が上から下に降りていくと、目の前に円筒形の空間が出来上がった。
「『空間魔法』で空間を切り取るなんて、どれだけの魔力と制御力があればできるのかしら。本当にすごいわぁ」
「魔王軍100万を相手に戦えば誰でも身につくさ。それよりさっきの装置は外から動力を得ていたわけではないみたいだな。独立して作動するタイプか?」
目の前にできた空間を見る限り外部との接続の跡が見られなかった。もし独立して動作する装置なら、『空間魔法』から出せばいつでも使えるということになる。
「そこまではワタシも知らないわ。でももしそうならいつでも戻れるってことかしら?」
「多分な。帰りたくなったら言え」
「ふふっ、分かったわぁ。でもその時は先生も一緒だけどねぇ」
そう言いながらカーミラがさらに強く俺の腕にあててくる。
俺はその柔らか地獄から無理矢理腕を引き抜いて、皆のところに戻ることにした。