20章 ある者の決着 06
「もちろん相手をしますよ。そのために呼ばれたので」
クゼーロの指名を受けて、俺は前に進み出た。
一応皆十分に戦ったしここは勇者が出てもいい場面だろう。やることはやり、それでも手が出ないなら勇者を、くらいがやはりいい塩梅だ。
「『赤の牙』を退けたようだが、私をあれと比較してもらっては困るぞ」
「もちろん分かっていますよ」
俺はクゼーロの正面に立つと『機動』魔法を発動、同じ高さまで上昇する。広い空間の中、二人の魔導師が空中で対峙するという面白いシチュエーションだ。俺の後ろにいる40人程の人たちには上位魔導師の魔法対決を特等席で楽しんでもらおう。
「ふむ、相羽君はやはり魔導師なのかね。勇者だと自称していたと思うが」
「魔法も使える勇者ですから。危なくなったら剣を使わせてもらいますよ」
「ふざけた男だ。こちらの得意分野で勝負しようと言うのかね」
「いえ、俺も魔法は得意な方ですから。賢者の次くらいには」
正直に言っただけなのだが、クゼーロは気分を害したように眉間にしわを寄せた。
「ならば見せてみたまえ、君の魔法を」
そう吐き捨てるように言うと、クゼーロは一気に魔法陣を前面に展開した。
その数12、『並列思考』スキルのレベルもかなり高いが、それぞれの魔法陣もかなり高度なものだ。基本的には昔の魔法陣の高効率版のようで、俺にとってはいい勉強になりそうだ。
クゼーロの周囲から炎弾やら氷柱やら岩の槍やら風の刃やらが無数に生まれて俺の方に殺到する。無論俺も似たような魔法を瞬時に行使、それらすべてを相殺していく。
といっても完全には無理だ。いくつかは俺の元に届き、防御魔法に当たって砕け散る。
しばらく魔法を撃ちあうがもちろんこれは小手調べだ。ここから一気にレベルが上がる。
「口ほどのことはあるようだな。ついてくるといい。こられるならな」
クゼーロが魔法のレベルを上げる。炎弾が巨大な炎の槍に変わり、氷柱が氷の剣に、岩の槍は鉄の槍に、風の刃は小型の竜巻に変わる。
もちろん俺も使う魔法のレベルを引き上げて対抗する。魔法で言うと中級クラスだな。クゼーロの実力はまだまだこんなものではないだろう。
「これも余裕か。ならばさらに上だ」
クゼーロの想起する魔法陣の複雑さが一気に跳ね上がった。
炎と氷と岩と風と、それらが龍のような形を取って四方に広がり同時に俺に向かってくる。おっとこれは見たことあるな。魔王軍の四天王の1人が使っていたものと同じ魔法だ。
同じ魔法でもつまらないので、俺は上級魔法『ネガティブレイ』を四重発動する。一切の光を吸い込むような暗黒の柱が4本走り、俺に迫る4つの力の奔流をすべて消し去る。
「なに? まさかロストテクノロジーを使うというのか」
クゼーロが一瞬焦りを見せる。自分の知らない魔法を使われるのは魔導師にとっては一番の恐怖ではある。
「ふむ、やはりそこそこはやるか。お前には『魔人衆』の力を見せる必要がありそうだ」
クゼーロの体内の魔力量が今までの数倍に膨れ上がる。魔力が見える青奥寺たちはこの凄まじさが分かるだろう。一つの都市を破壊できるほどの圧であると。
「この間の魔法を見せてみろ。正面から打ち砕いてやろう」
「『トライデントサラマンダ』ですか? いいですよ」
俺は手を前に伸ばして魔法陣を展開する。クゼーロの魔力からすると力は半分くらいでいいか。まだ向こうも本気ではないし、あまりやりすぎるとこの基地ごと吹き飛ばしてしまうからな。
『トライデントサラマンダ』を発動、3本の炎の槍が螺旋を描いてクゼーロへと一直線に伸びていく。
「やはりロストテクノロジーか。その知識欲しいな」
クゼーロも手を前にかざし、一際大きな魔法陣を想起する。
「ふん!」
クゼーロの魔法陣から光の奔流が放たれる。その光は3重螺旋の炎槍を押し返す……いや、押し返そうとしてしきれずに拡散して消えた。螺旋炎槍は威力を減殺されつつクゼーロへと届き、防御魔法に阻まれて爆発を起こした。
爆発が消えると、その中からやはり無傷の人化ライオンが現れる。牙を剝きだして笑っているのはまだ向こうも余力があるからだろう。さっきのはわざと受けた、みたいな感じなんだろうな。
「なるほど大した威力だ。だが今ので底は見えた。一気に片をつけさせてもらおう。ただし私に協力する気があるなら言え。命だけは助けてやる」
「覚えておきましょう」
さてここからが本番だ。クゼーロの周囲に30ほどの複雑な魔法陣が現れる。すべてが上級魔法のさらに上の魔法だ。さまざまな属性をもった魔力を超圧縮してそのまま対象に投射する、力押しの魔法である。魔力量に自信があるものだけが使える、魔導師にとっては足を止めての殴り合いみたいな攻撃だ。
俺も同じ魔法で応じることにする。ただしこちらの魔法陣はやはり古いタイプになる。燃費は悪いがまあ問題ないだろう。
互いの魔法陣から赤青黄緑さまざまな光球が無数に現れ、あるいは一直線に、あるいは曲線を描いて相手の本体へと射出される。無論多くの光球は中間地点で相殺し合い、凄まじい光と音を発して消滅する。
いくつかは互いの身に届き、防御魔法で防がれる。戦術も属性の相性もなにもない、ただひらすらに互いの魔力を叩きつけるだけの力比べだ。しかし極まった魔導師同士の戦いは結局ここに逢着するのだ。洗練の極みみたいな魔法の打ち合いが最後泥試合になるのは非常に面白い。
「大したものだ、『魔人衆』たる私とここまで組み合えるとはな」
クゼーロが想起する魔法陣の速度が上がる。『高速想起』スキルとは芸が細かい。どうやら『並列思考』は30くらいまでで、後はスピードでカバーするタイプのようだな。
「まだまだいけますよ」
俺も合わせてスピードを上げてやると、クゼーロの顔に苛立ちが見え始めた。カーミラが言った通り臆病な性格ならあと一段階くらいは力を隠している気もするが、本来ならそれを見せずに勝つつもりだったはずだ。
「やはりこちらも無傷とはいかんか。よろしい、最後だ」
クゼーロがさらに魔力を上げた。いや、どうも魔力を充填した魔道具を持っているようだ。なるほどそれはズルいが上手いやりかただ。技術の進歩で魔王軍の四天王を超えるというのは勇者的に興味深い。
しかし道具に頼るということは、本人の魔力の発生量に限界がきたということだ。ということはここだな。魔導師の心を折るタイミングは。
クゼーロが放つ光球の密度が増し、相殺するのに俺の光球が2発3発と必要になってくる。結果として俺の防御魔法につぎつぎと光球が着弾するようになる。このままだと防御が破られ、俺は大ダメージを受けることになるだろう。
「どうやらここまでだな、相羽先生」
閃光の洪水の向こうに、クゼーロの勝ち誇った顔が見える。
「そうですね、ここまでのようです」
俺はそこでへその下に力を込める。魔力湧出量全開、『並列思考』全開、そして『高速想起』全開。
俺の前面に100を超える魔法陣が展開する。すべての陣にクゼーロのそれを超える魔力が満たされ、純粋な属性エネルギーの塊となって放たれる。しかもそれは途切れることなく、まさに光球の奔流となってクゼーロへと押し寄せる。
「ありえん……ッ!! なんだその魔力は……ッ!? く……っ、ぬおおおおッ!!!」
恐らくは驚愕の表情を浮かべているはずのクゼーロは、その光に飲まれて見えなくなり……そしてボロクズのようになって床に落ちた。