20章 ある者の決着 03
新良に頼んで指定された座標近くの物陰にいったん全員転送してもらい、そこから転移装置のある建物へと向かった。カーミラも案内人として一緒に行くというので今は先頭に立ってもらっている。
そこは例の無人島とは地理的にまったく関係のない、内陸部にあるとある町工場だった。駐車場に何台か停まっているバンは九神家と『白狐』のものだろう。九神世海送迎用のセダンも停まっているので彼女も突入したらしい。碧さんの情報を聞いて我慢できなかったのか、それとも兄の身が心配だったのか。
工場の入り口には『白狐』機関員が2人立っていて、俺の顔を見ると敬礼をした。
「転移装置はこちらになりますが……その、お連れの女性たちは……?」
「私の仲間ですね。双党や絢斗に匹敵する人間なのでお気遣いなく」
怪訝な顔をする機関員に答え、転移装置に案内してもらう。
転移装置は大きな扉にいくつかの箱がついたような形状で、工場の建物の奥に鎮座していた。扉を開くとその先は暗闇で、なるほど妙な魔力が強く流れているのが分かる。
「よし、突入するが、すでに戦闘になっている可能性もある。武器は抜いておけ」
「はい」
全員に『アロープロテクト』の魔法はかけてある。三留間さんには念のため『護りの指輪』も渡した。
新良がアームドスーツ姿に変身すると、『白狐』の機関員は目を丸くした。新良も俺に影響されて機密保持が適当になってきた気がするな。
「じゃあ行くぞ」
俺は全員の準備を確認して、扉の向こうへと足を踏み出した。
出た先は教室くらいの広さの部屋だった。転移装置の他に何か資材が置いてあるだけで他には何もない。というか誰もいないどころか戦闘の跡もないのが不思議である。普通は警備員の一人でも立たせておくはずだ。それがいないということはやはり罠が仕掛けられている線が濃厚だ。双党たちも気付いてはいるだろうが、だからといって引き返せるはずもない。
「カーミラ、とりあえず戦闘になりそうな場所まで案内を頼む」
「いいわよぉ。人造兵士とか実験体のテストをする広い部屋があるんだけど、きっとそこでしょうねえ」
「ちょっとやな予感がするな。急いでくれ」
「わかったわ」
カーミラを先頭にして、新良をしんがりにして秘密基地の廊下を進んでいく。『気配感知』の効きが悪いのはどうも魔力的な妨害がかかっているからのようだ。ただ進んでいる先に大勢の気配は感じられる。
小走りに進んでいくと、激しい銃撃の音が聞こえてきた。同時に『深淵獣』の叫び声らしきものも聞こえる。どうやらすでに始まっているようだ。
と、『気配感知』に端に強烈な気配が4つ現れた。妨害すら突き抜けてくる魔力持ちだ。どうやら双党たちが戦っている部屋に向かっているらしい。
「『赤の牙』か、ちょっとマズいな」
「『赤の牙』? それはちょっと困るわねぇ。私でも一人を相手にするのがやっとよぉ」
カーミラが耳聡く反応する。
「やつらは俺が相手する。カーミラはこのまま彼女らを案内してやってくれ」
「どうやって先回りするつもり?」
「こうさ」
俺は『掘削』の魔法を発動、横の壁に大穴を開ける。
「これで掘りながら進む」
目を見開いて驚いているカーミラはそのままにして、俺は青奥寺たちに声をかける。
「すまないが俺はちょっとヤバい奴らを片付けにいく。皆はこのまま進んで双党たちに加勢してくれ」
「分かりました、お気をつけて」
「そっちもな」
青奥寺に答えて、俺は今開けた穴へと入った。そのまま『掘削』魔法を全開にして壁に穴を開けまくり、最短距離で『赤の牙』に向かっていった。
10枚ほど壁に穴を開けると、少し広めの廊下に出た。見ると奥から4人の人影が走ってくる。
先頭は獣人族の少年、次が白い貴族服の金髪イケメン剣士、ついで鬼人族の巨漢魔法使い、最後が細身の暗器使いの女だ。前に戦った『赤の牙』に間違いないが、魔力量が倍くらいに増えている。やはりなにかされたようだな。
さて、問題はどのレベルまでいじられているかだが……。
「おおっ、オオオオッ!」
「うぐっ、ウアアアア!」
獣人少年のレグサが叫び、イケメン剣士のランサスが続く。両方とも目に意志の光がない感じで、動きも雑になっている。こりゃあまり上等な処置を受けていない感じだな。
俺は両手に剣を持ち、レグサの爪とランサスの剣を受け止めつつ、魔法を同時行使してドルガの魔法とロウナの短針を相殺していく。
何度かレグサとランサスは打ち合いつつ何度か浅く斬ってやるがまったく怯む気配がない。ドルガとロウナも無限に魔法や暗器を放ってくるのだが、魔法はともかく暗器が無限なのは……ああ、『空間魔法』を使っているのか。
しかし攻撃の威力だけは上がっていても、残念ながら技の冴えも連携の精度も落ちている感じだ。これならまだ前の方が強かったかもしれないな。
俺はレグサとランサスを『魔力放出』で吹き飛ばし、ドルガとロウナにも一気に接近して同様に魔力で壁に叩きつけた。全員獣のように呻きながらまだ動こうとしているが、複数骨折しているので立ち上がることはできない。
さてどうするか。
今回は首を落としてしまっても『白狐』の方で上手く処置してくれるらしいのでそうしてやってもいいんだが……一度生かして帰したせいかちょっと抵抗があるな。
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魔力増幅薬
魔力発生器官を過剰に活動させ、魔力の発生量を増やす。
副反応として正常な意識を奪い、単純な命令のみを聞く状態にする。
継続的に使用すれば魔力発生器官が破壊され、当該個体の活動は停止する。
原材料として『深淵の雫』が必要。
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その辺に飛び散ったレグサたちの血を『アナライズ』するとそんな表示が出た。
薬でおかしくされてるだけならまだなんとかなるかもしれない。壁際であがいている4人に向かって、俺はまず『浄化』魔法を最大出力でかけてやる。
「あががぁ……、うぅ……、くは……っ」
床に崩れ落ち、急に苦しみだす4人。
「うがぁっ、体中がイテえええええっ!」
「あくぅっ! 全身痛いってどういうことぉっ!」
ああそういえば全員全身骨折してるんだった。
俺は『回復魔法』をかけてやりながら骨をきちんと戻してやる。
全員分の治療が終わると、4人は壁にぐったりと寄りかかりながらなにやら神妙な顔で俺を見上げた。こういう顔は見たことがある。彼我の力の差をはっきりと認識し、自分が下であると認めてしまった者の顔だ。
「お前ら助けてもらったらこれ以上手を出さないっていう最低限の仁義はあるか?」
俺がちょっとだけ上から目線で言うと、リーダーのランサスが頷いた。
「ああ、そのくらいの礼節はわきまえているつもりだ。そもそももう貴殿と戦うつもりはなかった」
「それについては薬を盛られてたってことで不問に付してやる。俺はこれからクゼーロを始末するつもりだが、文句がある奴は?」
「いるはずがない。彼は我々を道具のように扱った。我々としては彼がどうなろうと知ったことではない」
ランサスが断言すると他の3人も頷いた。カーミラが言っていたのだが、彼らはやはりクゼーロ直属の部下というわけではないようだ。
「それなら結構。ならさっさと元いた世界に帰れ。お前らみたいのは捕まえてもこっちの手に余る。できればここの所員もできるだけつれてってくれると互いに助かる」
「互いに、か。分かった、そうさせてもらおう。それと我々の命を救ってくれて礼を言う。こちらの世界に来ることがあったら力になろう」
「二度と行きたくないな」
俺の言葉にランサスは一瞬眉を潜めたが、すぐに表情を戻して立ち上がった。他の3人もそれにならう。
そのまま全員立ち去るかと思われたが、最後にレグサ少年が振り返って俺を見た。
「なあ勇者もどき……いや勇者か。アンタみたいに強くなるにはどうしたらいいんだ?」
「そうだな。モンスターを100万匹くらい倒せばなれるかもな」
ふざけた答えだと思ったのかレグサ少年は眉間を寄せてしかめっ面をしたが、ロウナに「あれ、多分嘘じゃないよ」と耳打ちされて肩の力を抜いた。
「わかった。それとアンタが本当に勇者なら一度こっちの世界に来てくれよ。そうすればオレたちがなにしてるかもよく分かるからさ。じゃあな」
そう言い残してレグサ少年は他の3人とともに去っていった。うむ、聞き分けのいい連中で助かった。助かったのは主に連中の方だが。
さて後はクゼーロだが、その前にザコ狩りだな。俺は踵を返すと、銃声が響いてくる方向へと走り始めた。