20章 ある者の決着 01
職員室で弁当を食べる俺のところに双党が来たのは、明けて水曜日の昼休みのことだった。
いつもニコニコしている小動物系女子が神妙な顔つきをしてるのを見て、俺は双党を連れて『生活相談室』へと移動した。
「どうした?」
「先生すみません、今日は早退をします」
「例の話か?」
「はい、そろそろ動きがあるそうです。実は昨日、九神世海さんのお兄さんが外出したまま行方不明になったみたいで」
「そりゃまたデカい動きだな。早退は許可するが、あの件は用意してもらえたか?」
「はい、救命班は準備ができています。でもあの話は本当なんですか?」
「カーミラが言うにはな。まあ行けばわかるだろ」
「あの話」とは権之内氏の娘・碧さんのことだ。彼女については九神家と『白狐』には一応未確認情報として伝えてはある。話をした時の九神の驚きようは相当なものだったが、真偽が確認できるまでは早合点しないように釘は刺しておいた。
「先生も来てくれるんですよねっ?」
「一応行くが、俺用の相手が用意されてるっぽいからあまり当てにするなよ」
「来てくれるだけで安心です」
いつものように笑う双党だが、肩には少し力が入っている気がするな。いよいよ決戦、みたいな感じだから当然気負いもあるのだろう。
「双党も思うところがあるだろうが普段通りで行けよ。魔力を使うのも忘れないようにな。それと貸している『タネガシマ』に魔力は充填できたか?」
「はい、言われた通りにやったらできましたっ。ちょっと疲れましたけど」
「ならばあの武器はお前のものだ。大切に使ってやってくれ」
そう言うと、双党の目がキラキラと輝いた。
「いいんですか? やった~、これで私も先生のお嫁さんですね!」
「そういうこと言うならやらん」
「あっ嘘です。でも本当にうれしいです。ちょっと美園が羨ましかったのでっ。それと璃々緒にもなにかあげてくださいね。多分同じように気にしてると思います」
「あ~、不公平になるのはまずいか。といっても新良は武器はいいもの持ってるしなあ。まあ適当になんか剣あたりをやっとくわ」
「あげるのが結局武器なのが先生らしいですね」
「勇者に他のものを期待されても困るしな。ああ、絢斗にもあの剣はやると言っておいてくれ。その方が気兼ねなく振れるだろ」
「そういうのは直接言ってあげた方が絢斗も喜ぶと思いますよ」
「もうそのタイミングはないし、とりあえず伝えるだけは伝えといてくれ」
「分かりましたけど、そのあたりのことをしっかりやらないと先生自身が後で困ると思いますよ~。では失礼しますっ」
双党はそう言うと、敬礼のようなポーズを取って『生活相談室』を出ていった。
最後の言葉は意味不明だが、今はそれより今夜のことだ。
あのクゼーロのことだ、権之内氏がつけられていることは百も承知だろう。その上でもし権之内氏を秘密基地に入れることがあるなら、当然俺たちのことを待ち伏せしているはずだ。カーミラの話によると『赤の牙』も改造手術的なものを受けさせられてしまったようだし、クゼーロ自身も含めてちょっと面倒なことにはなるのは間違いないだろうな。
放課後の『総合武術同好会』だが、もちろん双党と絢斗は欠席であった。とはいえ一通りいつもの鍛錬は行ったのだが、その後で青奥寺、新良、雨乃嬢、三留間さんの4人が揃って俺のところにやってきた。
「先生、今日かがりと絢斗さんと世海が早退したのはなにか大きなことがあるからですよね?」
そう聞いてくる青奥寺をはじめ、4人の顔は妙に真剣であった。
「そうだろうな」
「それには先生も参加されますか?」
「依頼はされている。連絡があれば行くことになるな」
「それに私たちも参加することはできませんか?」
「は……?」
さすがにこの言葉には俺も驚いてしまった。
「……実はかがりからは今日なにがあるか少しだけ話を聞いているんです。世海たちも関わっている話なら多分『深淵獣』もでてきますよね? 青奥寺家としてもそれは放っておくわけにはいかないんです」
「言いたいことは分かるが……」
確かに青奥寺と雨乃嬢は、九神が『深淵獣』に襲われているところを助けに入ったりもしているし、『深淵獣』が出る可能性があるとなれば無関係ではないかもしれない。
「新良はいいのか? 地球のことについては基本関わってはいけないんだろ?」
「すでに関わってしまってますし、局長には先生を支援するように言われていますので問題ありません」
「それってフィーマクード相手の時だけの話じゃ……」
「問題ありません」
新良が光のない目で睨むので俺はそれ以上の追及をやめることにする。
代わりに三留間さんの方に目を向けると、
「私もお力になれることがあると思います! 両親からも先生からなにか頼まれたら聞くように言われてますので」
と先制されてしまった。
「いやしかしさすがに三留間さんは……」
と言いかけて、そこで俺の脳裏に浮かんだのはあの碧さんのことだ。一応『白狐』には救命具を用意してもらったが、それだけで十分かどうかは微妙なところだ。俺がつきっきりで見てやれればいいが、現場ではそうもいかないだろう。となると三留間さんの『癒し』スキルは非常に重要である。
「……わかった、全員連れていこう。皆は俺の協力者という形にする。ただ行く先は非常に危険な場所だし、かなりひどい場面にも出くわすと思うから覚悟はしておいて欲しい」
「分かりました。この後はどうすればいいですか?」
「家に帰って準備ができたらいったん俺の部屋に転送してもらうか。新良、頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
というわけで、急に全員の参加が決まってしまった。
まあこれだけつながりができてしまった娘たちである。何もするなというのも無理な話だろう。むしろ今後のことを考えると、彼女たちはそれぞれの立場を超えて協力していくことが必要になるはずだ。なにしろ今回潰しにいくのは、あくまでも『クリムゾントワイライト』の一支部でしかないのだし。