1章 元勇者、教師になる 12
明蘭学園は基本的に教員の週休2日を徹底しているのでホワイトな職場であった。
部活の大会だけは土日開催になるので仕方ないが、それでもありがたいことである。
学部に遊びに来てた先輩は休みがないと泣いてたからな。まあ『あの世界』の勇者業務に比べればこっちの世界の仕事はほとんどがホワイトだけど。
というわけで、俺はアパートから20キロほど離れたとある山の中腹にある、破棄された採石場跡地に来ていた。
俺は週末には必ず勇者スキルを解放する日を作っている。
死ぬほどの特訓と死と隣り合わせの戦いで身に付けたスキルだし、どうやらこっちの世界でも使う場面はありそうなので鍛錬は欠かさないことにしたのだ。
各種感知スキルを発動しながら『高速移動』『感覚高速化』『光学迷彩』『隠密』と同時発動して高速ランニングを行う。
一時間かけて100kmほど走り、次は『空間魔法』を発動して、身長より刃渡りの長い極太の大剣『ディアブラ』を取り出す。
『身体固定』『身体超強化』を発動して重さ100キロを超える魔剣を振り回す。
圧倒的な質量と漆黒の刃に宿る特濃の魔力により、周囲にはすさまじい衝撃波が幾重にも放たれる。
30分ほど素振りを行い、剣をしまう。
心を落ち着け、脳内に複雑な魔法陣を想起。
その魔法陣が完成すると同時に、前に出した手の先から炎の槍が三重螺旋を描いてほとばしった。
炎の槍は岩壁にぶつかる直前にかき消える。さすがにそのまま撃ち込むと大爆発が起きてしまう。魔法キャンセルも訓練のうちだ。
俺はその後、覚えている魔法をすべて放つ。勇者パーティの賢者にはかなわないが、俺は自分の趣味でかなりの魔法を修めていた。
「ふぅ、ちょっと休むか」
ここで鍛錬していると毎回感じるのだが、不思議と体のキレが上がっている。
毎日身体トレーニングも欠かしていないとはいえ、運動量は『あの世界』よりは圧倒的に少ないはずなのだが。
「ん、なんだこれ?」
スポーツドリンクをあおっていると、感知スキルに反応。
どうも空から何かが落下……いや、だんだん減速をしているところを見ると降下しているようだ。動きが明らかに飛行機やヘリコプターのそれではない。
「まさか今度は未確認飛行物体ってか」
俺はペットボトルを『空間魔法』に放り込むと、反応に向かって走り出した。
山の中を爆走し、峠を二つ越えたさきに「それ」の降下地点はあった。
さすがに一気に近づくのは危険なので、着地点が確定した時点で歩きに切り替える。
着地した時に特に衝撃音や振動もなく、また樹木の間からは火や煙なども見えないので、やはり墜落ではなく着陸したと考えるのが適当だろう。
とすれば、当然「それ」の中には「乗組員」がいるはずだ。
まさかホントに宇宙人とかいうことはないよな……というのはさすがに最近の流れに毒され過ぎか?
15分ほど樹々を避けながら斜面を下りて行くと、斜度の緩やかな沢の真ん中に、「それ」はあった。
いや、あったという言い方は少し不正確かもしれない。
「それ」は光学迷彩で巧妙に欺瞞され、「ある」はずなのに「なにもない」ようにしか見えなかったからだ。
感知スキルによると、その光学迷彩の中には観光バスを4台束にしたほどの大きさの物体があるようだ。
ただし生き物の反応はない。
最初からいなかったのか……周囲を探ると、なにかが沢から山へ入って行った跡がある。
数は恐らく1体、2足歩行のようだから人間と考えるのが普通だろう。
それはともかく、光学迷彩技術を持った空中を自由に動ける物体か。
もしどこかの国の秘密兵器的なものだったら、これを見たこと自体かなりマズい話になりそうだが……。
「……っ!?」
その時、感知スキルにいきなり反応があった。
低空を、超高速でこちらに移動してくるモノがある。反応からして人間だ。ハンググライダーでも使っているのだろうか。
俺は隠れようとして、向こうの視線がすでに俺に届いているのを感じてやめた。すでにあちらも俺を認識しているようだ。
河原で待っていると、「そいつ」は空から姿を現した。
ひとことで言えば、それは銀色の鎧に全身を包んだ人間だった。
ただその鎧は中世の板金鎧とかそういう感じではなく、どちらかというとSF的……パワードスーツとでも言うべきものであった。
そいつは手足から出るジェット噴射っぽいもので姿勢を制御しながら、器用に河原に着地した。
背中の翼がシュッと格納される。ちょっとカッコいい。
『こちらは銀河連邦独立判事リリオネイト・アルマーダ。そちらの素性を明らかにされたし』
その銀鎧は、肩アーマーについた天秤に星が載せられた図柄の紋章を示しながら、そんなことを言ってきた。
声は電子処理されているようで、男女どちらかすら分からない。
いや多分女だな。
だって胸当て部分がやたらと前に突き出してるし、鎧も全体的に女性的なシルエットだ。
しかし「ギンガレンポウ」「ドクリツハンジ」って……もしかして「銀河連邦」「独立判事」か?
やっぱり完全にSFじゃないか。しかも肩書的にこの人物は秩序側の人間……警察官的な立場の人間なんだろう。
とすれば初手は逆らわないのが吉だ。
「あ~、こちらは相羽走。高校の教員だ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺が答えると銀鎧は腰の銃のようなものを抜いた。
いやちょっと、正直に答えたんですけど!?
『もう一度問う。そちらの素性を明らかにされたし』
「いやだから、名前は相羽走。明蘭学園という学校の教員をやっている」
と言うと、銀鎧のお嬢さんはいきなり銃を構えると、引き金を引いた。
狙いは俺……ではなく、沢に着陸している「未確認飛行物体」だった。
銃口から放たれた光線……やっぱりSF的な光線銃だった……が光学迷彩で隠れた「物体」に命中する。
すると一瞬で光学迷彩がはじけ飛び、「物体」の全容があらわになった。
それはやはり観光バスを束にしたほどの大きさの、暗灰色をした宇宙船であった。
いや、実際は宇宙船かどうか分からないのだが、四本の脚で沢に着陸しているそれは宇宙船としか言いようがない雰囲気を持っていた。
『この星間クルーザーはそちらの持ち物だな?』
銀鎧の言葉にはどことなく勝ち誇ったような響きがある。
あ、これ、完全に勘違いされてるやつだ。
「いや違う。何かが降りてくるのが見えたのでここに来ただけだ」
『不可視シールドを展開したクルーザーが見えるはずはない。嘘は不利になるだけだと思え』
「ああすまん。見えたのは確かに嘘だ。だけど分かったんだよ、何かが降りてくるのが。俺は勘が鋭いんだ」
銀鎧は再び発砲した。着弾したのは俺の足元だ。地面のえぐれ具合からいって威力はファイアボールくらいか。調整できる可能性もあるな。
弾速は感じ光速みたいだから見てから避けるのは不可能。まあでも銃口の前に身を置かなければ問題はない。そもそも物理攻撃である限りいくらでも防ぐ手段はあるが。
『その落ち着きかたからいって、そちらがこの星の人間ではないことは明らかだ。連邦版図外への入植は厳しく禁じられている。こちらの指示に従い法の裁を受けよ』
「待ってくれ。俺はこの星の人間だし、そちらの言っていることは全く理解できない。どうすればこの星の人間だと納得してくれるのか教えて欲しい」
俺がそう言った途端に、銀鎧の足元と背中からジェットのようなものがほとばしった。
同時にその身体が俺の方にすっ飛んできて、強烈な前蹴りを放った。
俺は両腕を交差させてそれを受ける。
ワイルドボアキングの突進並みの威力だ。こっちの世界だと自動車にぶつかったくらいの衝撃か。
俺は少しだけ押されながらも踏みとどまり、銀鎧は反動を利用して元の位置まで飛びのいた。
『この星の人間なら今の蹴りで死んでいる。お前は違法強化処置を受けた『違法者』で間違いない。大人しく法に従うか、それとも独立判事公務妨害の罪科を上乗せするか、好きな方を選べ。なお後者は極刑もありうる』
銀鎧のお嬢さんがとんでもないことを言い出す。
言葉の内容から察するに、この宇宙船に犯罪者が乗っていて、俺がその犯罪者に間違われているということのようだ。
完全な冤罪なんだが、こちらにはそれを証明する手立てがない。俺が一般の人間から逸脱しているのは事実だし。
だからといって言うことに従ういわれもないだろう。そもそも『銀河連邦』とか聞いたこともないからな。
「悪いがどちらもお断りだ。俺は地球人だし、『銀河連邦』なんてものに所属した覚えはない。所属してない人間にまで力を執行できるのか『独立判事』というのは?」
『そちらの意志は確認した。独立判事法5条により強制執行を開始する』
言うやいなやいきなり銃を連射してくる銀鎧のお嬢さん。
ちょっと、容赦とか一切ないの!?
俺は『身体超強化』『高速移動』『行動予測』スキルを発動してすべての光線をかわす。
向こうから見れば俺が先読みして避けているように見えるはずだ。
「よ……っ!」
俺は『空間魔法』からミスリル製の長棍を取り出して、銀鎧に接近する。
向こうも銃をしまい、反対の腰にさげていた剣を引き抜いた。SFっぽいのに剣も持ってるんだよな。
接近戦で先制したのは得物のリーチが長い俺の方だ。
先端を円を描くように動かしながら、連続で突きを放つ。
銀鎧はそれを剣でうまくさばき……いや、さばこうとして体勢を崩す。
悪いが俺の攻撃は片手剣でさばけるほど軽くはない。
俺は棍を半回転させ、突いたのとは逆側で銀鎧の胴に打撃を加える。
剣で防いではいたが威力を殺すには至らず、銀鎧は河原の上に吹き飛んだ。
しかし地面に激突する一瞬前にジェットを噴射し空中に飛び上がる。大した反応速度だ。
俺は『風魔法』で身体を吹き上げて空中の銀鎧に迫ると、棍を大上段から振り下ろす。
オーガの頭を兜ごと粉砕する一撃を肩口に受け、銀鎧は一直線に地面に叩きつけられた。
銀鎧はそれでも立ち上がろうとしたが、俺はその首に魔剣『ディアブラ』をあてがって抑えつけた。
「話を聞け。俺はお前が考えているような者ではない。お前と敵対するつもりもない」
『……それを信じろと?』
「俺が手を抜かなければお前の首がすでに飛んでいるのは分かるはずだ。そこまで物分かりの悪い生徒ではないはずだろ、新良は」