19章 想定外 05
結局その日はカーミラを泊めることになった。「ダブルベッドなんだから一緒に寝ましょうかぁ」とかふざけたことを言うカーミラを寝袋に押し込めて、ベッドでは俺一人で寝た。
一人で寝たはずなのだが朝起きたら隣に寝ていやがった。いやリーララとか清音ちゃんならまだ分かるんだが、コイツは何を考えてるんだろうか。まさか勇者へのハニートラップか?
「やっぱりベッドの方がいいわねぇ」
俺がベッドの上で密かに構えていたのに、目を覚ましたカーミラはのんきなものだった。
「いやお前普通そういうことするか?」
「その前に普通女を寝袋に寝かせるなんてありえないでしょう? 勇者って女には優しいんじゃないのぉ」
「敵だった女を部屋で寝かしてやってるだけでも優しいだろ」
「あはっ、そういう見方もできるわねぇ」
そんなことを言いながらカーミラはベッドから下りると、まるで自分の部屋みたいに洗面所にいって顔を洗い、キッチンに行って何事か始めた。
「あるものでなにか作るわねぇ」
とか言っているので朝飯を作るつもりらしい。放っておいたら確かに十分な朝食が二人分テーブルの前に出現した。
食べると俺が作るよりはるかに美味い。なぜ同じ材料なのに……というのは愚問か。
「ところでお前はいつもはどうやって生活してたんだ?」
「基本的には表の身分の『上羅』として久世の秘書みたいなことはやってたわよ。給料も久世からもらってた形ね。実際は久世のもとに勇者教団からお金はいってるはずだけど」
『勇者教団』とはカーミラが属している団体だ。詳細はいまだに不明である。
「それじゃこれからどうするんだ」
「そこなのよねぇ。一応貯蓄はあるから半年は迷惑をかけることはないけど……先生の行ってる学校で雇ってくれないかしら」
「お前みたいな危険人物雇うわけないだろう」
「ワタシのことそんなに信用できないかしら?」
「こっちに害を及ぼすつもりがなさそうなのは勘で分かるけどな。ただクゼーロから狙われてる人間を学園に入れるのは無理だ」
「それ先生が言えるのぉ?」
「ん~……まあなあ」
確かにその通りではあるのだが、もしなにかあっても対処できるからな。まあ九神家で秘密基地の場所させつかめてしまえばあとは潰すのを手伝うだけだし、そこでクゼーロについては解決するだろうという見込みもある。
と、俺のスマホから着信音が流れてきた。見ると青奥寺からだ。
「おはよう。なにかあったのか?」
『おはようございます。朝から申し訳ありません。ええと、実は相談、というかお願いしたいことがあるんです」
「お願い? 何だ?」
「できれば直接会ってお話をしたいので、璃々緒に言ってそちらに転送してもらっていいでしょうか?」
「ああそれは構わな……あ、いや今はだめだ。ちょっと青奥寺にとっては毒になるものが部屋にあってな」
「あらぁ、毒っていうのはひどいんじゃない?」
俺の言葉に不満そうに反応するカーミラ。だがこいつが健全な生徒にとって目の毒以外何者でもないのは確かである。
「……っ!? 先生、今の声はなんですか? まさか今度は別の女の子を部屋に?」
「今度は」とか「別の女の子」とか冤罪も甚だしいんだが……いや今問題なのはそこじゃないな!?
「事情を聞きたいのですぐ行きますね。失礼します」
あ~これまた処刑台に立たされる奴だ。清音ちゃんの件についてはしっかり予防線を張っていたんだけどなあ。
玄関から入ってきたのは3人の少女だった。言うまでもなく青奥寺と新良と双党である。
というか新良はともかく双党は今忙しいはずでは……。
ともあれ一旦どこか見えない所に転送してから来るあたり冷静な判断をしている彼女たちだが、その分メチャクチャ怖い。しかも青奥寺さんが手に持ってる妙に細長い袋って日本刀が入ってるやつじゃないですかね。あれこれ本当に処刑される感じ?
「あらぁ、可愛い娘たちねぇ。もしかして本当に生徒に手を出してるわけぇ?」
「そんなわけないだろ。お前が声を出したからだろうが」
と愚痴ると、青奥寺がギロッと勇者の心臓を止める勢いで睨んできた。新良の目にはいつも以上に光がなく、双党もいつも以上にニヤニヤが止まらない。
「あ~、まあ座ってくれ。状況はキチンと説明するし、後ろめたいことも別にないからな」
俺のすすめに従って、3人は無言でテーブルの左右に座った。カーミラはそれを見て「うふふ」とか無責任に笑っている。
まず口火を切ったのは青奥寺だった。カーミラのほうをちらっと見てから俺に氷の目を向ける。
「この人は前に学校を見に来た人ですよね。確かカーミラさん、でしたよね?」
「ああそうだ」
「それで、どうしてこの人が先生の部屋にいるんですか? 確か昨日は神崎さんと山城先生のお子さんを預かるっておっしゃっていたと思うんですけど」
「二人が帰ってからこいつが現れたんだよ。実は――」
もともとカーミラについてはある程度話はしてあるので、状況については隠し事なしですべて説明する。俺がベッドで寝てカーミラは寝袋で寝たこともだ。ただし朝起きた時の話は……もちろんできるはずもない。
「なるほど……。カーミラさん、間違いありませんか?」
「ええ、今先生がお話した通りよぉ。ワタシが無理矢理お邪魔した感じね」
「そうですか。でも女性として、一人暮らしの男性の部屋に泊まるのは危険という認識はなかったんですか?」
「相手によるわよぉ。だって先生がその気なら前に敵対した時にどうにかされちゃってるハズだしねぇ」
「まあ確かに。先生はそういうことはしない人だと思いますし」
おっと、どうやらそっちの方の疑惑は大丈夫っぽいか?
カーミラも空気を読んでくれているようだが、ここで変なこと言ったら追い出されるのも分かってるんだろうな。
俺が警戒は維持しつつも少し胸をなでおろしていると、第二の処刑人新良が動いた。
「ところで先ほどの話だとずっと先生のところにいることになると思うのですが」
「そうねぇ。できればクゼーロがどうにかなるまではお世話になりたいわねぇ」
「先生はどうにかするつもりはあるんですか? かがりの話だとそろそろ決着がつくと聞きましたが」
「あ~、まあそれは双党とか九神とか次第だな。俺が率先して解決する気はない。そういうスタンスなんだ」
「そこは多少理解できます。分かりました、ずっと一緒に住むというわけではないのなら結構です」
「もちろんそんな気は最初からないぞ」
と答えたが、新良に許してもらう必要がある件でもない気が……まあでも担任が変な女と同居とかしてたら気にするところか。
話がまとまりかけてきたか、というところで双党がいきなりピシっと手をあげた。
「ところで先生、リーララちゃんたちが泊まった時は一緒に寝たんですか?」
「なんで急にそっちの話になるんだよ」
「カーミラさんの話は十分に分かったので。それでベッドが大きくなってますから一緒に寝たってことですよね?」
「……まあそうだな。仕方なくな。仕方なくだぞ」
「じゃあカーミラさんとも一緒に寝ましたか?」
「さっきの話聞いてたか?」
「聞いてましたけど、なんか怪しいな~って」
「子どもはともかくこれと一緒に寝るとかありえないだろ」
「あらぁ、『これ』呼ばわりはひどいんじゃない? ワタシも傷つくんだけどぉ」
「お前はしゃべるな。余計ややこしくなる」
「やっぱり仲良くないですか? ずっと付き合ってた感があるんですけど」
双党の言葉に青奥寺と新良がピクッと反応する。いや青奥寺さん手に握った細長い袋を持ち上げないでね。
「一度戦うとそういう感じになるんだよ。双党たちなら分かるだろ?」
「私が相手をしてるのは人造兵士なんで分かりませ~ん」
「私も深淵獣が相手なので理解できません」
「私も相手は基本的に凶悪犯罪者なので理解し合うということはありませんね」
なんと、拳で語り合って友情が芽生えるのが分からないとか、これがジェネレーションギャップ……は関係ないな。彼女らの言う通り相手が悪いだけか。
「まあともかく、仲がいいわけでもないし仲良くするつもりもない。ただまあ頼られたから一応かくまうつもりはある。もちろん後で礼はしてもらうけどな」
俺が睨みをきかせると、カーミラは急に妖艶な笑みを浮かべて髪をかき上げた。それだけで部屋に媚薬的な香りが充満する錯覚に陥る。未成年の女子にはホントに毒だなこれ。
「ふふっ、お礼ならいくらでもするわよぉ。今日みたいな添い寝でよければいくらでも。もちろんその先も……と言いたいところだけど、それは別の取引になるわねぇ」
そんな取引はするつもりはない、と断ろうとしたとき、双党がニヤッと笑った。
「今日みたいな添い寝、ってどういうことですかぁ?」
「あら失言しちゃったわぁ」
と口をおさえたので、カーミラも黙ってるつもりはあったようだが、しかしもう手遅れである。
3対の冷たい視線にさらされながら、俺はまた処刑台にのぼることを余儀なくされたのだった。