19章 想定外 04
そんなわけでちょっとしたアクシデントはあったものの、清音ちゃんのお泊り体験はつつがなく終了した。
夕方に山城先生が迎えに来てくれたのだが、私服の山城先生はサキュバ……妖艶度が5割増くらいになっていて勇者の魅了耐性スキルがフル稼働した。
帰り際に清音ちゃんが「次はいつなら大丈夫ですか?」と聞いてきたので「それはお母さんと相談してね」と答えておいた。そう言っておけば山城先生が止めてくれるだろうと考えてのことだったが、リーララに「また泊まりにきてOKって意味しかなってないから」と白い目をされた。
「おじさん先生今日はありがとう。じゃあまたね~」
リーララもめずらしく礼を言って帰って行った。素直になると可愛いもんだな、と一瞬思ってしまったが、そこまでが奴の策略だと気付いて事なきをえた。ククク、勇者がそんな簡単に情にほだされると思うなよ。
二人が帰ったアパートは妙に静かであった。
落ち着くと言えば落ち着くがちょっと物足りなさも感じないではない。それはともかく、今日の『次元環』での戦いを思い出す。
あの『不法魔導廃棄物』から生まれた『特Ⅱ型深淵獣』は明らかにヤバい奴であった。今のリーララだと良くて相打ちと言いたいところだが、恐らく倒すのは無理だっただろう。
ともあれリーララがわざわざこちらの世界に派遣されていることを考えれば、そのキャパシティを超える『不法魔導廃棄物』がこちらに流れてくるのは想定外なことのはずだ。
「ん~、そうすると『あっちの世界』になんらかの異常が発生しているということか?」
なんとなく口にしてみたが、いかにもありそうな話だ。カーミラの言っていた『魔王復活』なる言葉も結局は『魔導廃棄物』がらみの話だったしな。
そんなことを考えたのがマズかったのか、玄関の呼び鈴が鳴った。いやまあ鳴るのは『気配感知』で分かってたんだが。
ドアを開けるとそこに立ってたのは件の妖艶の権化だった。ご丁寧に肩のあたりが大胆に開いた、体型がもろに出る服を着ている。
「なにしに来た?」
「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃないのぉ。ちょっと入れてくださらない?」
「断る」
「あら、もしかして中に入ったら問題になるものでもあるのかしらぁ。まあ男の一人暮らしだと仕方ないわよねぇ」
「お前が入ること自体に重大な問題があるんだよ。とんでもない噂が立ちかねないからな」
「あら、いい女と付き合ってるって噂はむしろプラスでしょ?」
「自分でいい女とか言うな」
などと玄関口で言いあっていたら、お隣さんが様子を見にでてくる気配があった。お隣さんは学生君なのでカーミラは猛毒である。俺は仕方なく腕をつかんでカーミラを中に引き入れた。
「あら、急に大胆になって、ちょっと嬉しいわぁ」
「お前は一部の人間には目の毒なんだよ。認識しろよな」
そう言うとカーミラは「うふふ、それって褒め言葉よねぇ」とか言いながらさっさと靴を脱いで部屋へ入ってしまった。
妙に腰をくねらせながらテーブルを回り込んでベッドに腰をかける。正直多少理性のある男でもそれだけで勘違いして襲い掛かってしまうのではないだろうか。というか今気付いたが、こいつもしかして……
「お前ってヴァンパイアの血が混じってたりするのか?」
「あらぁ、どうしてそう思うの?」
「だって耳がちょっと尖ってるし、よく見ると牙もあるか……?」
俺が目を細めて口元を見ると、カーミラはニッと笑って見せた。そこにはぎりぎり八重歯と言えそうな尖った歯が二本見える。
「ふふふっ、正解よぉ。遠い先祖にヴァンパイアがいたらしいわ。ワタシは珍しくその血が濃く出ちゃったみたいなの」
「なるほどな。吸血衝動とか出るのか?」
「いい男を見ると出るんじゃないかしら。今のところはまったくないけどねぇ」
「まあその牙だと吸えなさそうだもんな。それで今日は何の用だ」
改めて聞くと、カーミラはベッドの上で肩にかかった赤髪を手で払いながら、少しだけ困ったような笑顔を見せた。
「簡単に言えば、ワタシをかくまってもらいたいのよ。クゼーロがちょっと暴走を始めちゃって、近くにいるのが怖くなっちゃったのよねぇ」
カーミラの話によると、先日の権之内氏の一件は『クリムゾントワイライト』日本支部にとっても相当にダメージが大きいかったらしい。
クゼーロが人造兵士を作ることに固執しているのはすでに聞いたところだが、そのために必要なのが『深淵の雫』である。その『雫』を入手するために暗躍していたのが権之内氏であったのだが、彼が九神家から追われる身となったことでその役を果たせなくなってしまったのだ。
当然クゼーロとしては別に『雫』入手のルートを確立しなければならないわけだが、そこで色々と暴走が始まったらしい。
「まあ一番の原因は相羽先生、アナタなんだけどねぇ」
「俺が? 確かに色々と邪魔はしてきたが、権之内氏の一件はどっちにしろ破綻してたと思うけどな」
「そうでもないわよ。九神家のお坊ちゃんを立てて次期当主にすればやりたい放題だったはずだしねぇ」
「ああ、そういえばそんな話もあったな」
完全に忘れてたが、権之内氏は九神世海の兄・藤真青年とつながっていたんだった。なるほど先日の一件でその目論見も完全に潰れたというわけだ。
「それでクゼーロは結局なにをするつもりなんだ?」
「なにって、『雫』を手に入れるにはもう九神家を力ずくで乗っ取るしかないわけ。当主か次期当主をさらって言うことを聞かせるとか、多分そんなことを考えているはずよぉ」
「そりゃ本当に力ずくだな」
「でもそんなことしようとしたらアナタは絶対に邪魔しにくるでしょ? だからアナタを倒すためにヤバいことを始めたのよぉ」
「それは?」
「本部の腕利きである『赤の牙』を強化処理の実験台にしたりしてるのよねぇ。あんなことしたら本部に睨まれて大変なことになっちゃうのに」
「えぇ……。自分が出てくりゃいいだろうに」
「この間自分で言ってたけど、クゼーロって本当に臆病なのよねぇ。100%勝てる相手じゃないと自分で戦わないの。先生がちょっと強いところを見せちゃったから、最後にならないと自分が出てくることはないと思うわぁ」
「そういうタイプね。しかし実験台とはエグいな。『赤の牙』も可哀想に」
俺がそう言うと、カーミラは人差し指を口元にあてて不思議そうな顔をした。
「あら、生かして帰した割には冷たいのねぇ」
「生かして帰したのはこっちの世界だと人を殺した後が面倒ってだけだからな」
「ふぅん、じゃあ私ももしかしたら危なかったのかしら?」
「そうだな。運がよかったと思っとけ」
冗談だと思ったのか、カーミラ目を細めて「そうするわぁ」と言いながら笑った。
半分以上冗談じゃないんだが、まあそれは言う必要もないだろう。長い勇者生活の中で生死が紙一重であることは嫌ってほど分からされてきた。重要なのは今生きて話をしているってことだ。
「しかしかくまってくれと言われてもどうにもできないぞ。俺にも仕事があるしな」
「先生のそばにおいてくれるだけでいいわよぉ。それだけでクゼーロは追ってこないし」
「それが一番の問題だろ……」
こんな歩く肉欲の権化なんて連れて歩いてたら、それこそ生死の境界線を行ったり来たりするハメになる。だって目つきの悪い女子とか怖いし。
「別にいいじゃない。ワタシのこと恋人だって言ってもいいわよぉ」
「なんの解決にもならないどころか余計事態が悪化するわ」
とはいえ話を聞いた以上放り出すのもちょっとという感じになってしまったな。カーミラには『あっちの世界』について聞きたいこともなくはないし、とりあえずは手元に置いておいて……と言ってもなあ。
「そう言えば、お前はクゼーロの秘密基地の場所も知ってるんだよな?」
「もちろん。あ、先生直接潰しに行くつもり? それなら教えてあげてもいいわよぉ」
「いいのかよ。ホントにクゼーロとはつながりがないんだな」
「ええ、前にも言ったとおり利用するされるだけの関係だしねぇ。それでどうするの?」
「う~ん……いや、俺が今聞くのはやめとこう。多分近々別ルートで分かるはずだからそれから動く」
「あらそう。もしその気になったら言ってちょうだい。いつでも協力するから」
「それって代わりになにか協力させられそうだな」
そう言うと、カーミラは妖艶な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「うふふふっ、教えるのは今回かくまってくれた分ということにするわよぉ。ただし先生がクゼーロを本当に倒せるくらいの力があるなら、それとは別に頼むこともあるかもしれないわねぇ。その時はいろいろお礼も用意するからぜひ聞いてほしいわぁ」