19章 想定外 03
今回の『次元環』は、入り口の直径が5メートルほどでそこまで大きくはなかった。出現した場所も山間の上空100メートルあたりのところなので、恐らく人目につくこともほぼないだろう。
「お兄ちゃん、この中に入るんですか?」
目の前の黒い穴を見て清音ちゃんが俺の首にぎゅっと抱き着く。
「そうだね。中は多分宇宙空間みたいになってるから驚かないようにね」
「宇宙……なんかすごそうです。でもお兄ちゃんがいれば大丈夫ですよね」
「安心してて大丈夫だよ」
「はいはい、いいから入るよ~」
不機嫌な横顔を見せながらリーララが『次元環』に入っていく。俺も清音ちゃんを抱えたままそれに続いた。
中はやはり宇宙空間のように暗闇に無数の星が瞬く世界だった。魔力で走査すると直径1キロメートル程度のチューブ状の空間になっているのも同じである。
「ふわぁ、すごいキレイ! ねえリーララちゃん、こんなところにゴミがあるの?」
「それがあるんだよね~。『次元環』自体はキラキラしてるんだけどね」
感動している清音ちゃんとうんざり顔のリーララ、ちょうどいい感じで対照的な二人とともに奥に飛びながら進んでいく。
しばらくすると例の不定形生命体とも言うべき『不法魔導廃棄物』が見えてきた。前回リーララと一緒に見た奴は縦横に100メートルくらいあったが、今回のはその倍くらいありそうだ。
「え、なにあれ……。お兄ちゃん、あれすごく気味が悪いです。どろどろした変な力が流れ出してる感じがします」
「ん? 清音ちゃんは魔力が見えるのかな?」
「魔力? お兄ちゃんとかリーララちゃんとかから出てる光なら見えますよ?」
「それはすごいね」
「前に言ったでしょ、敏感な子がいるって。清音はその中でも一番敏感なんだよね」
確かにリーララは以前そんなことを言っていたが、単になんとなく魔力を感じるだけなんだと思っていた。魔力がキチンと見えるなら清音ちゃんは相当に魔法使いとしての才能がありそうだ。
「それよりどうする? さすがにわたしも見たことがない大きさなんだけど」
「とりあえずいつものようにやってみればいいんじゃないか。必要なら助けてやるよ」
「ええ~、最初からおじさん先生がやればよくない?」
「そういう奴は助けないことにしてんの。ほらさっさと清音ちゃんにいいとこ見せてやれ。想起での魔法も使えよ」
「ちぇ~っ。まあいいか、わたしの仕事だしね」
そう言うとリーララは弓型魔道具『アルアリア』を腰のポーチから取り出して、『不法魔導廃棄物』へと向かっていった。
300メートルほどの距離まで近づいた時、不定形のぶよぶよ生命体が無数の触手をいっせいに伸ばしてきた。やっぱ見た目かなりキツいな。
「うわぁ……すごく怖い……。リーララちゃん大丈夫なんですか?」
「あれくらいは大丈夫。怖かったら目をつぶっててもいいよ」
「いえ、せっかく連れて来てもらったんですからちゃんと見ます」
リーララは『アルアリア』の光の矢射撃に加えて、俺が教えた中級火魔法『ファイアランス』を放って、触手を次々と潰していく。俺のとの鍛錬の成果がでているのか前回見た時よりも全体的に動きが良くなっている。『ファイアランス』を連続で放っても魔力切れになる感じがないし、短期間でかなり強くなったようだ。
しかしそれでもさすがに触手の数が多すぎる。半分も潰しきれないうちにリーララは次第に後退をし始めた。
「リーララちゃんすごいけど、ちょっと大変そうですね」
「そうだね。今日の相手は普段の10倍くらいありそうだから」
「えっ、それって大丈夫なんですか?」
「う~ん、多分大丈夫……じゃないかもしれない」
『不法魔導廃棄物』が新たな触手を伸ばし始めると完全に処理が追いつかなくなってくる。
リーララはこちらに下がってきながらそれでも射撃を続けているが、さすがにそろそろ限界のようだ。近くまで迫っていた触手だけなんとか消し飛ばすと、俺の方を振り返って唇を尖らせた。
「もう、ヤバそうなの見て分かるでしょ! おじさん先生なんとかしてってば!」
「その言い方じゃ助けてやれんなあ」
「うわ最低。清音分かったでしょ、このおじさんサイテーに意地が悪いんだからね!」
「ええっ、でもお願いするならちゃんとお願いしないとだめだよ」
「あ~、清音はそっち側だったっけ。ああもう、おじさん先生、助けて、お願い!」
ちょっと吐き捨てる感じで言ったのは気に食わないが、まあ言っただけよしとしよう。
俺は『並列思考』スキルを全開にして百を超える魔法陣を展開。一斉に射出された光の矢が無数の触手を一気に粉砕する。不定形の巨大ぶよぶよがぶるぶるっと身体を震わしたのはやっぱりビビってるんだろうか。
「すごいすごい、お兄ちゃんすごいですっ!」
「相変わらず非常識すぎ……。でもいいや、マギコラプサー発射、っと」
腰のポーチからバズーカ砲もどきを取り出して、シュポーンと弾丸を飛ばすリーララ。弾丸は『不法魔導廃棄物』の直前で爆ぜて光の網に変化して、ぶよぶよの巨体をすっぽりと包む。
「あんなデカいのでも対応するんだな」
「多めに魔力を込めておいたからね。それよりあの大きさだとすごい奴が出てくるんじゃない?」
「だな」
そのやりとりを聞いて清音ちゃんがちょっと驚いた顔をする。
「えっ、またなにか出てくるんですか?」
「むしろここからが本番みたいな感じだね」
「そうそう、清音も驚くよ~」
「もう十分驚いてるんだけど……」
光の網に包まれたぶよぶよが次第に消えていくと、その後に残されたのは超巨大ミミズ……ではなくて、手足のない、翼だけがついた蛇みたいなドラゴン、いわゆる『ワイアーム』とかいう奴だった。ただ俺が昔戦ったそれとはちょっと違って頭部が十字に口の裂けた虫みたいな感じである。要するにあれも『深淵獣』なんだろう。
一応『アナライズ』してみる。
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深淵獣 特Ⅱ型
すべてのものを食らいながら暴れまわる超巨大深淵獣。
その口に嚙み砕けないものはなく、すべてを食らい尽くすまで活動を停止することはない。
捕食を繰り返すことで際限なく巨大化する。
ミスリルにも勝る強固な外殻を持ち、物理・魔法両方に圧倒的な耐性を持つ。
唯一の弱点は口の中。
特性
打撃耐性 斬撃耐性 刺突耐性 魔法耐性
スキル
飛行 突撃 吸引 咀嚼 竜巻
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う~ん、かなりとんでもない感じのモンスターだな。見た目通りドラゴンの一種である『ワイアーム』が原型なんだろうが、そう考えると魔王軍四天王に近い力があるということになる。こんなのが地球に現れたら災害なんてレベルじゃ済まない。それこそ某怪獣日本上陸なみの大惨事だ。
「なんかメチャクチャヤバそうなんだけど、なんなのアレ」
「ドラゴンに近いモンスターだな。多分アホみたいに強いぞ。戦ってみるか?」
「いやいや、さすがにあれは見ただけで無理って分かるでしょ。っていうかおじさん先生いなかったらもう逃げてるし」
「だよなあ」
「お兄ちゃん、あんなのに勝てるんですか?」
俺とリーララの会話を聞いて、清音ちゃんは首に回した腕の力を強くする。
「大丈夫、楽勝楽勝。ただどうしようかな……そうか、アレを使うのにちょうどいいかもしれない」
普通に『ディアブラ』でなます斬りにしてやってもいいんだが、俺は少しいいことを考え付いてしまった。このシチュエーションはこの間手に入れた『空間魔法』の肥やしを使うチャンスである。
「おじさん先生なんかちょっと悪い顔してるけど。普通に倒せばよくない?」
「ここはせっかくだから科学の力を借りよう」
俺は『空間魔法』を開いて、タンクローリーほどもある大型ミサイル……『ソリッドラムダキャノン』の弾頭を取り出した。
「えっ、ちょっとそれナニ!? どこから盗んできたのそんな兵器?」
「盗んだんじゃなくてもらったんだ。未来の超兵器だぞ」
リーララに答えつつ、俺は『ソリッドラムダキャノン』弾をぶんなげた。巨大ミサイルが真っすぐに『ワイアームもどき』に向かって飛んで行く。
こちらに向かってこようとしていた『ワイアームもどき』は、目の前に飛んできたそのミサイルに見事食いついた。ホントに何でも食べるらしい。
俺はその瞬間、『ソリッドラムダキャノン』にかかっていた『拘束』魔法を解いた。あの手の兵器はコンピュータで爆発が制御されているらしいのだが、さてうまく動くかどうか。
『ワイアームもどき』が口をもう一度大きく開き、ミサイルを飲みこもうとしたその時だった。宇宙空間っぽいこの『次元環』に、まさに小型の太陽のごとき光が生まれた。
「あ、ヤベ」
そう言えば『ソリッドラムダキャノン』は都市一つを消滅させられる威力があるって話だった。
俺は危険を察知して『隔絶の封陣』を発動。リーララごと俺と清音ちゃんを包む半透明の結界を展開する。ちなみに『隔絶の封陣』は勇者だけが使える絶対防御魔法である。
すさまじい光と熱と衝撃と、その他諸々の圧倒的なエネルギーが爆発的に広がり一面を焼き尽す。はずなのだが『隔絶の封陣』内はまったくの無風状態である。ただ周囲が光に飲み込まれ、それが消えた頃には俺たちを囲む青白く光る多面体の結界が残るだけだった。
「……ちょっとおじさん先生、さっきなにも考えてないであの武器使ったでしょ」
「威力のことを忘れてたわ。清音ちゃんは大丈夫?」
「はっ、はい、大丈夫です。さっきのモンスター? は倒したんですか?」
「きれいさっぱり消し飛んだみたいだね」
「消し飛んだっていうか蒸発したっていうか……それにこの結界みたいなのもすごすぎない。あの爆発を受けてもなんの衝撃もないっておかしいでしょ」
「まあこれは勇者専用技だからな」
「全然説明になってないし」
「お兄ちゃんって勇者なんですね。かっこいいです!」
「そこはもっと疑ったりバカにしたりするところじゃない? 清音ってやっぱりどっかズレてるよね~」
まあともかくこれで一件落着である。俺たちが『次元環』の外に出るとそこはまだ昼前の日本であり、空には本物の太陽が輝いていた。