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18章 食い破る者  11

 権之内氏は俺の顔を見ると、目を(すが)め口の端を歪めて忌々しげな顔つきをした。


「どうも様子がおかしいと思ったら貴様か……。久世は足止めをすると言っていたと思うのだが」


「こっちに呼ばれたんで早めに切り上げてきたんだ。足止め自体はしてたから、クゼーロが嘘をついていたわけじゃない」


「足止めが役に立たなかったということか」


「そうだな。ああ、相当に強い奴らを送ってきたから手を抜いていたわけでもないと思うぞ。俺を殺しに来てたしな」


「奴にとっても貴様は邪魔のようだからな。しかし今回は……」


 と言いかけて、権之内氏は俺の後ろへ視線を向けた。


 九神仁真(じんま)氏と九神世海(せかい)が近づいてきたからだ。もちろん宇佐さんや双党たちが後ろに続いている。


「相羽先生、申し訳ないが我々で話をさせてもらえませんか」


 仁真氏が俺の横まで歩いて来る。その声にはどこか覚悟と共に諦観の響きがある。


 俺は権之内氏の正面を仁真氏と九神世海に譲り、横へと退いた。


「権之内、今さらなぜ九神を恨むのか、とは言わん。だがなぜ『クリムゾントワイライト』と手を結んだ。彼らがどのような人間か分かっているのだろう?」


 仁真氏が問うと、権之内氏は特に感情を動かす様子もなく答えた。


「どのような連中かなどはどうでもいいのですよご当主。『雫』を高値で買い、なおかつ戦力を用意してくれる相手が欲しかっただけですので」


「愚かな。『雫』を守っていたお前の部下も、『クリムゾントワイライト』の襲撃で相当な数が犠牲になっていたではないか」


「そうですな。それについては私に責任がありますし、言い訳をするつもりもありません」


「その言い方は……やはりお前が『雫』の情報をリークしていたということか」


「どうとでもお考え下さい。もうすべてはどうでもいいのですよ。私にあるのは亡き娘への思いのみ。それが今の私を動かしているのです」


「ならば藤真(とうま)を焚きつけたのはなぜだ? なぜ九神家の乗っ取りなど企てた」


「それが『クリムゾントワイライト』の協力を得る対価だったから、それだけです」


 そこで権之内氏は皮肉げに笑った。


(みどり)がいれば若も次期当主にふさわしい人間になれたかもしれませんな。あの事故さえなければ誰も不幸にならずに済んだ、そう思いませんかご当主」


「それはすべての事故に言えることだ。起きてしまったものを嘆くのは当たり前のことだが、そこで止まってしまってはなにもならぬではないか。その道理を理解できんお前ではないだろう」


「失った者でないと分からぬものもあるのですよ。ですからご当主様も失ってみるがよろしいでしょう。そうすれば理解し合えるかもしれません」


「権之内……」


 言葉と共に仁真氏が吐き出したため息は、これ以上の会話の無駄を示していた。


 それは同時に、この両者の間にはもはや戦いしかないことを示すものでもあった。地下駐車場にみなぎるのは、空気が凝固するほどの緊張感。


 絢斗と双党が魔力を練り始めたのが分かる。宇佐さんと九神家の護衛たちも構えを取ったようだ。


 一方で権之内氏を囲むエージェントたちは棒立ちのままだが、彼らは号令があれば即座に全力で突っ込んでくるだろう。


「ご当主様、お覚悟を」


「やむを得まい」


 仁真氏が下がろうとする。その瞬間権之内氏が片手を上げ、鋭く「全員殺せ!」と叫んだ。


 20体の黒づくめの大男がばねに弾かれたように突っ込んでくる。盾を前に構え、太い棒を振り上げて、しかし無言のままに迫るエージェントたち。


 直後に俺の背後から多数の銃声が響き、無数の銃弾がエージェントたちに突き刺さる。


 『白狐』の機関員による射撃だが、大口径の対物ライフル弾が辛うじて3体のエージェントを吹き飛ばすのみだ。プラスして双党の『タネガシマ』による魔法射撃で1体が火だるまになる。


 絢斗と宇佐さん、そして他の護衛達10人程が前に出て格闘戦を始める。双党は上手く横に回り込んで、『タネガシマ』を連射しているが、盾に阻まれて有効打になっていないようだ。


 絢斗は『デュランダル』によって1体を斬り捨てたが、その後は乱戦になってやはり苦戦している。宇佐さんも2体を相手にするのがやっとの感じだ。


 九神家の護衛は2対1で戦おうとしているが、こちらは明らかに劣勢である。あのエージェントは相当に強力なので2対1で戦えるだけでも大したものではあるのだが。


 権之内氏のほうを見ると、いくつかの『雫』を取り出して『召喚』の構えだ。ここでコントロールされてない深淵獣を呼んだらメチャクチャになる気もするのだが、もうそれでも構わないということなんだろう。


 俺は『ファイアランス』で何体かエージェントを間引いて援護をしてやりつつ、権之内氏の腕の中から飛び散った『雫』の行方を追った。どうやらこちらの後方を囲むように召喚したようだ。


 仁真氏たちを囲むように守っている『白狐』の機関員が、召喚された深淵獣の方に向けて銃を構える。その先に現れたのはなんと5体の『特Ⅰ型』グレーターデーモンもどきだ。さすがにこれはマズい。ほっとくと一方的に蹂躙(じゅうりん)されてしまう。


「俺がやる。撃つな!」


 と叫びつつ、俺は『高速移動』で『特Ⅰ型』へと突っ込んでいく。さすがに遊びはなしだ。『魔剣ディアブラ』で問答無用にすべて一太刀で両断していく。


「この化物めっ!」


 遠くで権之内氏がそう叫んだのが聞こえた。当然俺のことだろう。


 見ると権之内氏は身を(ひるがえ)し逃げようとするところだった。


 追いかけようかと身構えると、仁真氏が慌てて「追わないでください」と声をかけてきた。


「いいんですか?」


「ええ、彼には監視をつけています。恐らく権之内は姿をくらましたあと、『クリムゾントワイライト』と接触するでしょう。上手くすれば奴らの本拠地が分かるかもしれません」


「なるほど……」


 恐らく『白狐』の東風原(こちはら)氏とも打ち合わせ済みなんだろう。このあたりのは勇者としても彼らに任せたいところだ。


 双党たちのほうはと見ると、絢斗がエージェント最後の一体を袈裟に斬り捨てるところだった。さすがに九神家護衛の何人かは怪我をしているようなので『回復魔法』で治してやる。その中の一人、30前後の隊長格の男性が「これが朱鷺沙(ときさ)お嬢を射止めた力か……」と嘆息していたのだが、何の話だったのだろうか。たしか「朱鷺沙」というのは宇佐さんの下の名前のはずだが、俺に彼女を射止めた覚えは一切ない。勝手に事実を捏造するのはやめて欲しいところだ。


 そんなこんなで散らばった『雫』の回収やエージェントの死骸の処理などを後片付けが終わったところで、仁真氏が九神世海を連れてやってきた。


「この度も結局は相羽先生の世話になってしまいました。先生がいなかったら恐らく我々はこうして立っていられなかったでしょう。この恩にはきっと報いさせていただきます」


「お気になさらず、というわけにもいかないと思いますのでそこは適当にお願いします。ところで『クリムゾントワイライト』の本拠地が見つかったらどうするつもりなのでしょう?」


「本来ならば国にかけあって相応の組織に動いてもらうことになるはずなのですが……」


「警察や自衛隊が出ても返り討ちにあうだけだと思いますよ。俺の知らない強力な戦力を隠し持っているというなら別ですが」


「私もそう思います。報道されてはいませんが、海外では実際に特殊部隊が派遣され誰一人帰還しなかったこともあります。『クリムゾントワイライト』の幹部クラスは人外だというもっぱらの噂です」


「やっぱり……」


 残念ながら現代装備で固めた特殊部隊1部隊程度では、クゼーロどころか『赤の牙』、いやあのガイゼル一人にすら容易(たやす)く全滅させられてしまうだろう。


 一番確実なのは本拠地に迎撃不可能なほどの数のミサイルを撃ち込むことだろうか。しかしテロ組織相手にそんな軍事行動ができる国などどれほどあるか。少なくとも日本では事実上不可能だろう。


 俺が頷いていると、仁真氏は言葉を続けた。


「正直なところ本拠地を発見したとして、その情報を国に上げているうちに『クリムゾントワイライト』に察知され対応されてしまうだけでしょう。結局は『白狐』が中心になり、今ここにいる戦力にさらにいくばくかの武器や人員を加えた手勢で乗り込むしかありません」


「それは無理がすぎるでしょう」


「ですのでどうか相羽先生のお力をお借りしたいのです。東風原とも相談しましたが、それ以外の道はないと意見が一致しました」


 いやまあそうだよなあ。冷静に戦力の分析をすればそれ以外にやりようはない。


 俺は溜息をつきながら、強い意志が宿る仁真氏の目を見返すのだった。

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