18章 食い破る者 10
双党に指示された場所は、とあるビルの地下駐車場だった。
これはちょっと俺の考えが甘かった。というのはリーララに援護を頼んでいたわけだが、完全に屋外を想定していたのだ。
懸念通り上空でリーララに会うが、
「おじさん先生ごめん、わたし地下じゃ手が出せなかった」
と言われてしまった。
「それはしょうがない。俺が予想をミスってただけだ」
リーララが謝ってくることに少し驚きながら、俺はいったん帰るように指示して地下駐車場へと向かった。
『気配察知』によると、地下におびただしい数の『深淵獣』と『クリムゾントワイライト』のエージェントがいるようだ。
それらに半ば囲まれるようにして双党たちの一団が逃げながら戦っているようだが、どうも奥へと押し込まれている感じである。
着地して自動車用のスロープから侵入する。入り口のシャッターを『掘削』で穴をあけてその中に飛び込むと、そこは広大な地下駐車場である。車が何台か停まっているが、その中に明らかに『訳あり』なゴツいバンが混じっている。
奥の方から聞こえる銃声や怒号の方に『高速移動』で向かう。すぐに柱の陰に隠れて銃を構えているエージェントたちの後姿が見えてくる。俺は『ロックボルト』を連射して片っ端から脳天を吹き飛ばす。俺の存在に気付いた奴もいるが、銃をこちらに向ける前に全員が崩れ落ちた。
その先に無数の深淵獣がうごめいている。『丙型六本足虎』がメインだが、『乙型カマキリ』の姿も結構ある。さらには『甲型ゴリラ』もいて、どの深淵獣にもあのコントロール装置みたいなものがついている。こりゃヤバいな、かなりガチめで対応してきたのか。
俺は双党たちとの合流を優先し、深淵獣の群のど真ん中を突っ切っていく。もちろん目の前に現れる奴らはすべて真っ二つにしながらだ。
強化フレームを身につけて『タネガシマ』を連射する双党と、『デュランダル』を振るう絢斗の姿が見えた。
その後ろには『白狐』の機関員15名ほどと、九神家の護衛――体術を見るに宇佐さんの同類――10人ほどが深淵獣と戦っているのが見える。
気になるのはその中にメイド服の宇佐さんの姿も見えることで、彼女がいるということは九神世海もいるということに他ならない。あのお嬢様にも困ったものだが、もしかしたら九神父の仁真氏もいるのかもしれない。
俺が最前列の深淵獣を『リッピングストーム』で蹴散らすと、深淵獣はいったん退く動きを見せた。
「あっ、先生っ! 助かりましたぁ~」
俺の姿を認めて双党が抱き着いてきた。戦闘中になにしてんの……っていうかその強化フレームが当たって痛いんですけど。普通の人間なら大ダメージ食らってますよ。
「まだ終わってないんだから気を抜くな。とりあえず押し返すぞ」
「あうぅ、分かりましたぁ!」
俺が引きはがしながら喝を入れると、双党は舌を出しながら離れて敬礼をした。
こんな時でも余裕があるのは大したものだが、時と場合は選んでほしい。
「先生、すみませんが怪我人の回復をお願いしてもいいですか」
次に絢斗がやってきて、『白狐』機関員の方を指差した。何人かが血を流したり仲間に支えられたりしていて、奥の方には足が千切れてる人間が横になっていたりする。
俺は回復魔法をかけたり『エクストラポーション』を口に突っ込んでやったりして手当てしてやった。戦う者には容赦なく手助けするのが勇者流である。もちろん味方限定だが。
「先生、来てくださったのですね」
すると奥の方から金髪縦ロールのお嬢様とその父上の仁真氏が姿を見せた。もちろん執事の中太刀氏も一緒である。
「双党に呼ばれたからな。それでどんな状況なんだ?」
その質問に答えたのは仁真氏だった。
「権之内とクリムゾントワイライトがここで『雫』の受け渡しをしていたのだが、現場を押さえようと乗り込んだところで待ち伏せにあった。こちらの予想を上回る戦力でね」
「権之内氏やクリムゾントワイライトの取引担当は?」
「すぐに姿をくらましたようだ。だが少なくとも権之内は逃げてはいないだろう。彼は我々を亡き者にしないかぎり生きる道はないからな」
ここまで派手にやって亡き者にしても生きる道はない気もするが……そこは俺の知らないやり方があるのかもしれないな。
「状況は分かりました。とりあえず全滅させましょうか……っと、これは……」
再度深淵獣が動き出し、戦闘が再開された。双党と絢斗、それに宇佐さんが前に出て中心となって深淵獣を退けている。戦い方を見る限り事前の合宿が十分に役に立っているようだ。
問題は押し寄せている深淵獣の群の後ろからさらに新手がやってきていることだ。急に現れた感じなので誰かが召喚したのかもしれない。
「先生、さすがに持ちません~」
双党が弱音を吐いているので意識を目の前に戻す。
絢斗と宇佐さんが前に出て双党が後ろから射撃で援護している感じだが、カマキリ型はともかくゴリラ型がキツそうだ。
俺は『ファイアランス』を連射して3体のゴリラ型の胴体に穴を開ける。ついでにカマキリ型も数匹倒しておくと、3人の動きに余裕ができた。勇者が全部倒すのも良くはないのでその場は任せ、俺は前線を突っ切って奥から迫ってくる新手を相手にしにいく。
地下駐車場を3体の『特Ⅰ型』、グレーターデーモンもどきが飛んでくるのが見えた。コントロール装置はついていないので単純に召喚しただけのようだ。
俺は『ディアブラ』を取り出し3体と対峙する。
『特Ⅰ型』は手から氷の刃を飛ばしつつ、手にした氷の剣で斬りかかってくる。練習をしたわけでもないだろうに、先の『赤の牙』に近い動きで連携してくる。とはいえまあレグサたちの方が力は上だ。俺の『ディアブラ』は難なく3体の『特Ⅰ型』の首を飛ばす。
「ん? また新手か?」
『気配感知』に新たな反応だ。だがこれは人間と人間に近いなにか……『クリムゾントワイライト』のエージェントだろう。人間は1人だが、エージェントは20体はいる。そいつらが俺が入ってきたスロープの方から歩いてくる。
振り返ると双党たちの方はあらかた片付いたようで、『タネガシマ』の射撃で最後のカマキリが吹き飛んだところだった。床に『雫』が無数に散らばっているのが戦闘の激しさを物語っている。ただこれは、仕掛けた側……権之内氏から見れば驚愕の光景かも知れない。
再度前を向くと、新手の一団が視認できるところまで来た。黒のボディアーマーを着て、デカい盾と太い棒を持った大男のエージェントがぞろそろ歩いてくる。『タイプ3 サブヴァリアント』という格闘戦特化型だろう。
そいつらは20メートル程離れた場所でピタッと立ち止まった。
大男がザッと左右に別れる。
その中から現れたのは、目の上に傷を持つ切れ者感あふれる中年男、権之内氏であった。