18章 食い破る者 02
同好会の面々になぜか冷たい仕打ちを食らった俺が職員室に戻ると、そこに金髪縦ロールのお嬢様が待っていた。
「ああすまない九神。電話でよかったんだが、まさか今まで待ってたのか?」
「図書室で勉強をしておりましたからお気になさらないで大丈夫ですわ。ところで昨日相談いただいた件なのですけれど」
「ああ、とりあえず座ってくれ」
俺は丸椅子をひっぱりだして九神を座らせる。
「悪いないきなり変な頼みをしてしまって」
「いえ、先生には色々と助けていただいておりますから、これくらいはなんでもありません」
「ならいいんだが。それで誰かに頼めそうか?」
「ええ、『雫』から『獣』を召喚する術をもったもの、でしたわね」
そう言って九神は言葉を一旦切った。
実は昨日の内に、合宿のために九神にある頼み事をしていた。それは『深淵の雫』から『深淵獣』を召喚できる人間をレンタルして欲しいということ。もちろんその目的は召喚した『深淵獣』とメンバーを戦わせることである。やはり実戦に勝る経験はないため、どうしようかと考えて思いついたのがこれだった。
「ちょうどいい人間がいましたので、合宿の夜2日間とも問題なく派遣できます。ただ合宿所にいくのは2人になりますのでそれをお伝えしたかったのですわ」
「2人? 2人いないと召喚できないのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが2人になります。それと報酬の件ですが、そちらも必要はありませんとお伝えいたします」
「いやさすがにそういうわけにもいかないだろう。と言っても2人だとちょっとキツいのはキツいが……」
外部講師みたいな扱いのつもりで校長に相談したところ報酬は学校の方から出してもらえることにはなっている。しかし2人は想定外だったのでちょっと困るのは確かだ。
「問題ありません。どちらも先生には恩を感じている人物ですので、報酬はいらないと言っているのですわ。ただそうですね……できればそのうち1人にも先生の指導をお願いできればと思います」
「ああなるほど、勇者の指導が報酬みたいな話か」
「ふふっ、そういうことですわ」
「オーケー、じゃあそれで頼む。ちなみにその2人は性別は……」
「女子校に派遣するのですからもちろん女性です。そこはきちっとしておかないと私が美園に怒られてしまいます」
「そうかも知れないな。分かった、急な話なのに助かるよ」
「いえ、かがりさんと絢斗さんが参加するなら私たちにも関係があることだと思いますので」
九神は涼しげな眼をしてそんなことを言う。九神家の財産を『白狐』が守っていることを考えれば、確かに九神の言う通りではあるのだが。
「ああそうですわ、それとはまったく関係はないのですけれど、宇佐がこの間の件でたいそう感謝をしているそうです。一度会ってきちんとお礼を言いたいそうなのですが、お時間を取っていただくことは可能でしょうか?」
「必要はない……というわけにもいかないか。言ってもらえればいつでも大丈夫だ」
「ありがとうございます、宇佐に伝えておきますわ。ところで先生、宇佐はまだ独身なのですが」
「なんだいきなり?」
「もちろん今のところ私の護衛をしているので決まった相手もおりませんの。あの通り普通の家の出でもございませんし、誰でもいいというわけにもまいりません」
「それはまあ……そうだろうな」
「この間少し話をしたら宇佐もまんざらではない感じでしたの。ですから少しお考えになっていただけると嬉しいですわ」
???
なんか省略が多くてちょっと意味が分からないが、まさか俺に美人メイドの宇佐さんに告白しろとか言ってるのだろうか。
いやさすがにそんなはずはないと思うが……しかしここでその確認をするのは危険だと勇者の勘がささやいている。九神の口の端が笑っているのは何か企んでいる証拠だしな。教師をからかって遊ぶのも結構だが、さすがに男女の関係でいじるのは社会的に怖いからやめて欲しいものだ。
「先生、『総合武術同好会』で校内合宿をやるというのは本当ですか?」
翌日、授業の後に俺のところに来てそう言ってくる生徒がいた。合気道部の部長の主藤早記、黒髪をポニーテールにした真面目系少女なのだが、今日はちょっと咎めるような目つきである。
「ああ、明日からな。なにかマズいことがあったか?」
「いえ、そうではありませんが、私たちはやらないんでしょうか?」
「ん? 合気道部は夏休みにやるんだよな? そっちはもちろんやるぞ」
「夏季合宿はもちろんですが、校内合宿もしたいって子は多いんです。今までやったことがないので」
「合宿なんてそんなにしたいものか?」
「もちろんです。校内の合宿寮も使ってみたいですし」
「校内の合宿寮なんてダニとの戦いになるからやめた方がいいぞ」
と言ってみたが、下見をした限りこの明蘭学園の寮はすごくキレイだったんだよな。
「使っていた部の子に聞くと快適だったって言ってました。お願いできませんか?」
「ん~……やるなら柔道剣道も一緒になるよな?」
「はい、そうなると思います」
主藤の雰囲気だと、本来なら「同好会がやって部活の私たちがやらないのはおかしい」と言いたいのかもしれない。そこをあえて口にしないあたりに育ちと性格の良さを感じてしまうが、それだけに断ることはできなさそうだ。
「分かった。時期は期末テストの後がいいのかな」
「それだと夏季合宿と近すぎるので、テストの少し前にして夜勉強会をするのもいいと思います」
「なるほど……。じゃあ一応その辺りで計画を立ててみる。済まないがそれとなく情報を流しておいてもらえるか?」
「はい、ありがとうございます。無理を言って申し訳ありません」
「いや、俺の方もあまり部活には出られてないからな」
「先生ともっとお話したいって子も多いんですよ。よろしくお願いします」
そう言って主藤は席へと戻っていった。同じ合気道部の友人にガッツポーズを見せているが、教師との交渉が上手くいった的な感じなのだろう。
まあしかし確かに最近『総合武術同好会』の方にかまけ気味だった気もするな。一応部活の方も顔だけは出しているんだが……さすがに勇者でも分身スキルは持ってないからな。魔王軍でもそんなスキルを持ってる奴はいなかったし、こればかりは一人で対応するしかなさそうだ。