1章 元勇者、教師になる 10
翌朝、俺は朝食のパンを食いながら、昨夜の双党の件をどうするかで再び頭を悩ませていた。
ちなみにあの後、俺はこっそりとビルを抜け出して家に帰ってきていた。あの場で双党に声をかけるのはさすがにためらわれたし、かけないで正解だろう。また俺の正体を探られるのがオチだし。
問題はこのことをまた山城先生に相談するかどうかだが……よく考えたら「犯罪組織が占拠するビルに潜入したら中で生徒が戦ってました」とか言えるはずないな。
よし、見なかったことにして、様子を見るだけにとどめよう。
校長のあの意味深な言い方からして、青奥寺と同じく双党のこともすでに校長先生たちは知っている気がする。藪蛇になるのもつまらないしな。
と、いい感じに脳内会議がまとまったところで、玄関のチャイムが鳴った。
こんな朝早くからなんだ……と思いつつ玄関に向かう。
扉を開けるとそこにいたのは、ツインテールにブレザー姿の少女だった。
「え、双党さん?」
「あっ、先生おはようございます。ちょっと相談したいことがありまして、失礼します!」
と言って許可も待たずにアパートに上がり込む双党かがり。
「ちょっ……待てって。部屋に上がるのはマズいから」
女生徒が独身男性教員の部屋に……というのも問題だが、そもそも未成年を部屋に上げること自体がアウトである。
俺が慌てて制止をしようとすると、双党は振り向いて、ペロッと舌を出した。
「先生にお話があるんです。昨日の夜の件で」
「は……?」
ええ、それってまさがあの場にいたことがバレてるってこと?
『光学迷彩』スキルは監視カメラにも映らないはずなんだが……。
「登校前だから、お話は手短にしますね」
双党はそう言って勝手にテーブルの向こう側に座る。仕方なく俺は反対側に腰を下ろした。
「それで話ってのは何だ? 公欠は今日までだったと思うけど」
「用事が早く片付いたから今日から登校します。それで話と言うのはもちろん、先生がどうしてあのビルにいたかってことなんですけど」
「あのビルじゃ分からないな」
とぼけると、双党はむぅ、と少し膨れて見せた。
この小動物みたいな生徒が昨夜犯罪組織を相手にドンパチやってたとは到底信じられない。
「ナカタチビルです。『クリムゾントワイライト』が占拠してたビルです。これでいいですか?」
「オーケー。で、俺がそこにいたって証拠は?」
「監視カメラに写ってたんです」
「じゃあその映像を見せてくれ」
双党はまたむぅ、という顔をしたが、スマホに似た端末を取り出すとそこに表示された映像を俺に見せた。
信じられないことに、確かにあのビルの内部を歩く俺の姿が映し出されていた。
「先生が光学迷彩シールドを使っているのは驚きでした。これってウチの機関でもまだ試作段階なんですよ。ただまあ、その場では見えなくても、AIで解析すれば御覧の通り見えちゃうんです」
マジか、すげえなAI。
「なるほど。ところでその『機関』ってのは?」
「あれ? 知らないんですか? 先生って『アウトフォックス』の人ですよね?」
「『アウトフォックス』?」
聞いた事の全くない言葉だ。文脈からするとそれも何らかの組織、もしくは機関ということだろうが……。
「とぼけなくてもいいじゃないですか。別に敵対してるわけでもないですし」
「いや、本当に知らないんだけど。俺はこの世界じゃただの新人教師だし」
「ええ!? あ、でも先生、今『この世界じゃ』って言いましたよね? どういう意味ですか?」
あ、しまったつい……。まあいいか、どうせ聞かれる話だ。
「俺は教師になる前に別の世界に行っててね。そこで長いこと勇者をやってたんだ。特別な力があるのはそのせいなんだよね」
「へ……?」
双党はきょとんとして俺の顔をしばらく見ていたが、急にプッと吹き出した。
「あはははっ、先生ってそういう冗談言う人だったんですねっ。今のはちょっと面白かったです」
いやいや、冗談じゃなくてね……と言ってもまあそういう反応になるのかなあ。
「先生の正体については秘密ってことですね。あ、でもこれは教えて欲しいんですけど、ホールにいたCTエージェント……『クリムゾントワイライト』の兵士を倒したのは先生ですよね?」
「あ~、ホールの奴については確かに俺がやった。『拘束』って魔法で動けなくしただけだけど」
「あ、その設定は続けるんですね。CTエージェントを無力化した方法は秘密ってことか。あと、先生はどうしてあそこにいたんですか?」
「俺があそこにいたのはニュースの映像に双党が映ってたからだよ。巻き込まれたんだと思って一応助けに行ったんだ」
「え……っ?」
双党はまたきょとんとして……今度は急にもじもじしだした。
「あっ、それはその……ありがとう、ございます?」
「まあ必要なかったみたいだけど」
「そうでもなかったですよ。私も人質の救出についてはちょっと悩んでいたので。そういえば壁の穴も先生が?」
「あれも魔法。『掘削』って穴掘りするやつなんだ」
「ビルの壁を簡単に突破できる技術まであるんですね。先生の背後にある機関、興味あります」
そんな『機関』は存在しないんだよなあ。
「しかし教師としては双党のことを止めるべきなんだろうけど、双党にも事情があるんだろ?」
「はい。お気持ちは嬉しいですが、こればかりはやめるわけにはいかないんです」
背筋を伸ばして真面目な顔になって答えるところを見ると、誰かに強制されているというより、本人も責任感とかがあってやってる感じなんだろう。
相手が『国際的犯罪組織』だし、正義感とかそういうのも分からなくはない。
けどやってることがちょっと常軌を逸しているというか……まあ俺が言うのもなんだけど。
「熊上先生とかもご存知なんだよな? それなら俺はこれ以上は何も言わないよ」
「ありがとうございます。私も先生のことは、『機関』以外では口にしませんから」
そう言うと、双党は立ち上がって、バッグを肩にかけ直した。
「それと先生、CTエージェントは人間ではなく、命令を遂行するだけの人形みたいなものなんです。だからもしまた戦うことがあったら機能を停止させてしまった方がいいですよ」
彼女はそう言うと、一礼をして玄関から出て行った。