17章 絢斗の秘密 + α 02
放課後になっていつもの『総合武術同好会』だ。
昨日のこともあっていつもの鍛錬も皆一段と熱が入っている気がする。
特に気合が入っているのは青奥寺と雨乃嬢だ。昨日の『深淵窟』攻略で『魔力硬質化』を使ってみたらしく、少し興奮したように「すごく強くなりました!」と報告してくれたのだが、やはり実際に効果が分かると違うものだ。
しかしそれよりさらに熱心になったのが三留間さんだった。昨日のことによほど衝撃を受けたのだろう。体力づくりにも魔力の鍛錬にもいつも以上に真剣に取り組んでいる。まあ彼女の魔力量なら『魔力放出』の技を磨くだけで自動車くらいは吹き飛ばせるようになるからな。自分の身を守るためにも頑張ってもらいたい。
さて懸案の絢斗だが、今日は『魔力放出』ではなくて『魔力硬質化』の方の鍛錬を始めている。彼女は『白狐』にとって双党と並んで最高戦力のはずで、本人にもその自覚があるのだろう。まだ中等部の年齢なのにずいぶんと重い責務を背負っているものだ。
一通りの鍛錬が終わり、皆が帰り支度を始めたところで俺は絢斗を呼び寄せた。
「なんでしょうか先生」
「あ~、そのな……昨日絢斗を急にトラブルに巻き込んでしまっただろ? その件を東風原所長に一言断っておきたくてな。絢斗につないでもらえるとありがたいんだ」
「その件は昨夜のうちに伝えて問題ないと言われてますので大丈夫ですよ」
「大人同士だとそれで済ますわけにもいかないんだよ。いいと言われてもやっぱり直接会って確認しとかないといけないこともあるんだ」
「ああ、そういうものなんですね。分かりました、会えるように話をしておきます。日時はいつがいいですか?」
「できればなるべく早い方がいい。なんなら明日とかでも」
「土曜日ですからね。こちらになにかトラブルがなければ大丈夫だと思います。決まったら先生に直接連絡すればいいですね」
「そうしてくれ。それと絢斗の親御さんにも一度会っておきたいんだが……」
俺がそう言うと絢斗の目に一瞬だけ昏い影がさした。やはりその辺に訳ありっぽいな。
「すみません、ボクの両親に会うことはできないんですよ。もうこの世にはいないので」
「それは悪いことを聞いたな、すまん」
「いえ、言っていなかったことですから仕方ありませんよ。今は所長が保護者になっていますから、会った時にあわせて話をしてください」
「分かった、そうしよう」
よし、これで絢斗についても多少話は聞けるだろう。
ちらと見ると新良もこちらを気にしているようだ。銀河連邦の独立判事さんが気にしていることまで東風原氏から聞くことができればいいんだが。
アパートに帰ると金曜の夜のお約束で、褐色娘のリーララがすでにベッドの上でくつろいでいた。
校長公認になってしまったこともあり俺の方ももう諦めモードだ。まあ最近はかなり素直になってきた気もするから、そこまで邪険にする必要もなくなってきたというのもある。
「おじさん先生お帰り。なんか3日くらいいなかったみたいだけど何かあったの?」
「宇宙の果てで人助けをしてきたんだ」
「またそういう冗談……じゃないっぽいね。新良先輩関係?」
「そうだ。宇宙戦艦とも戦ったんだぞ」
「えぇ……。でもおじさん先生が言うんだからホントなんだよね。伝説の勇者ってそんなにメチャクチャなんだ」
「まあそうだな。魔王ってのがメチャクチャだったからなあ。普通に大陸を吹き飛ばせるレベルの奴だったし」
俺の言葉に反応して、リーララがベッドの上で身体を起こして興味ありげな顔をした。
「この間も言ってたけど、魔王って実際どんな奴だったの?」
「どんな奴って言われてもなあ……。とにかく魔力が強くて身体もデカくて頑丈で、戦士としても魔導師としても最強、みたいな奴だったな。おまけに四天王とか強い部下も大勢従えてて、大陸を征服するなんてことを本気でやろうとする奴だった」
「それだと普通の人間のすごく強い版、みたいな感じだけど」
「まあ実際普段は人間っぽい姿なんだ。だけど正体を現して変身すると完全に化物になる。部下は色々で、人間そのままの見た目の奴もいればやっぱり化物みたいな奴もいたな」
「ふぅん。なんかスマホのゲームそのままっぽい感じだね」
「イメージとしては確かにそうかもしれないな。といってもやってたのは血みどろの殺し合いだったけどな」
「おじさん先生はそんなのと戦って勝ったんだ。それじゃあの強さも納得か。ちなみにもし私がその時代にいたらどの程度の感じ?」
「ん~、四天王の副官の次くらいの奴には勝てる感じか。悪くないぞ」
「四天王の副官の次って言われてもよく分からないんだけど。でもこの間の話だと、そんな魔王をよみがえらせようとしてるってことだったよね」
リーララが言うのは、俺がカーミラから聞いた話のことだ。『あっちの世界』の政府が『魔導廃棄物』を処理するために『魔王』を復活させようとしているらしい。とはいえそれが本当に『魔王』なのかどうかははなはだ怪しいが。
「あれは多分『魔王っぽい何か』っていうだけで、魔王そのものじゃないんだと思う。まあどうせこっちの世界には関係ないしな」
「そうだよね。わたしも向こうの世界のことなんてもうどうでもいいし。あ、でももし向こうに何かあったらお金が来なくなっちゃうのか。それは困るかも」
「向こうからお金を送ってもらってるのか?」
「お金っていうか、こっちでお金に替えられるもの、だけどね。校長先生に買い取ってもらってるんだ」
「なるほど、そんなからくりがあったのか」
「そうじゃなかったらこんな任務やらないし。でももしそれがなくなっちゃったら……おじさん先生わたしを養ってね」
リーララはそんなことを言いつつ、なにを考えたのか俺の膝の上に座ってきた。まさかこの歳で男を篭絡……なわけないよな。ただ甘えてるだけだろう。
「なんで俺なんだよ。そこは校長先生がなんとかしてくれるだろ」
「え~、いいでしょそれくらい。あっそうだ、ベッドは大きいのに買い替えてね。今の狭すぎるから」
「いきなり話を飛ばすな」
「いいから大きいのに替えて。それもすぐに。できれば来週の金曜までに」
「いやだからなんで急にそんな話がでてくるんだよ」
「いいから。来週の金曜になればすべての謎がとけるから。買い替えなかったらおじさん先生と一緒に寝てるって皆に言うから」
「えぇ……」
どうもリーララはかなり本気っぽいのだが、話の脈絡がまったく見えなくて困る。やっぱり女子の考えることを理解するのにはまだレベルが足りないということらしい。
俺が途方に暮れているとスマホの呼び出し音が鳴った。
絢斗からの連絡で、明日の夜東風原氏に会えるとのことだった。こっちの話は勇者にも分かる範囲のものだと助かるんだがなあ。




