16章 歪みの拡大 02
校長室に入ると、いつものとおり応接セットに座らされた。
明智校長が向かいに座り、「では報告を聞きましょう」と言って手元の手帳を広げる。
「ええとですね……3日前に新良から連絡がありまして、彼女の宇宙船に転送されました。話を聞くと、銀河連邦版図内の惑星で緊急事態が起きたため力を貸して欲しいとのことでした。私は了承し、熊上先生に連絡をしたあと、そのまま新良の宇宙船でその星へと行きました。その星で依頼された仕事を行い、昨日地球へと帰還しました」
大雑把に話したが、子どもの作り話にしてももうすこしマシな嘘をつくってレベルの話である。しかしそれを聞く校長は真剣そのものだ。
「緊急事態というのは新良さんの職務に関係することだったのですか?」
「詳細は言えませんがそうです」
「先生は具体的にどのような活動を行ったのですか?」
「人命救助です。悪者に捕まっていた人たちを解放する……と言う感じですね」
「悪者と戦ったということになるのですか?」
「そうですね。自分の力が必要というのはだいたいが荒事になるパターンなので」
「その活動自体は銀河連邦の政府に法的に認められるものだったのでしょうか?」
「新良と、新良が所属する政府系組織からの依頼なので当然そうなると思います」
う~ん、これはグレーゾーンな回答だな。ライドーバン局長と話した感じだと法的にはかなりギリギリっぽかったけど、そこは俺が関知できる話ではないしな。
校長先生は口に手をあて少し考えごとをしていたようだが、なにかを心に決めたように頷いて俺に目を向けた。
「分かりました、報告ありがとうございます。ところで相羽先生には、この学園と私のことについて少しお話をしておきたいと思います。時間は大丈夫でしょうか?」
「はい、1時限内であれば」
「それではお話しましょう」
まさかこのタイミングで学園の裏の話を聞けるとは思っていなかったが、それだけ信用してもらえるようになったということだろうか。ありがたく拝聴することにする。
「まずこの明蘭学園ですが、もともとは女子に先進的な教育を施すという目的で私の曽祖父が設立した学校です。当時としては珍しいものではあったでしょうが、基本的には普通の学校でした」
「……」
「ところが各界に顔がきいた曽祖父は、日本……というよりこの世界には、決して表には出てこないが、この世界にはなくてはならない人間がいる、ということに気が付いたのだそうです。具体的には青奥寺家や九神家、新良さんのような方たちですね」
「なるほど」
「そこで曽祖父はなにを思ったか、日本にいるそういった人間を自分が支援しようと決めたのだそうです。各界の重鎮と相談をして、明智家が国の機関に代わって裏の人間の支援を行う……代わりに国も明智家に対して便宜を図る、そんな立場を確立したのです」
「使命感を持った方だったんですね」
俺は褒めたつもりだったのだが、校長はフッと少し皮肉気な笑みを漏らした。
「それはどうか分かりません。ただの物好きだったのかもしれませんし、なにか得るものがあったのかもしれません。ともかくも、この学校にはそういった裏の人間を受け入れるという役割が追加されたのです」
「それが現代まで続いて今に至っているというわけですね」
「そうなります。私はその曽祖父の遺志を継ぐ人間として育てられ、私自身それに納得して今の立場にいます」
「そこに自分のような人間が来たことは……偶然としても出来過ぎているというか、妙な感じですね」
俺が頭をぽりぽりをかくと、校長先生は目を細めた。
「本当にそう思います。しかもここのところ青奥寺さんたちの周りが今までになく波立っています。青奥寺家や九神家の話を聞く限り、相羽先生がこの学校に来ていなかったら一部の事象は隠し切れなくなっていたでしょう。本当に不思議なめぐり合わせだと思っています」
「自分としてもそれは感じているところです」
思い返せば俺がいなかったら『深淵獣』の討伐は間に合っていなかっただろうし、『クリムゾントワイライト』はもっと暴れ荒れ回っていただろうし、宇宙人の軍隊とも戦争になっていたかもしれない。これを「めぐり合わせ」という言葉で済ませていいものかどうかは大いに悩むところだが……。個人的には「勇者のトラブル体質」と言った方がしっくりくるんだよな。
「先ほどのお話を聞いても、同様の事象はまだまだ起きそうな気がします。相羽先生にはご苦労をおかけしますが、今後とも彼女たちの力になってもらえればと思います。もちろん可能な限りの手当は用意しますので……お願いできますか?」
「それはもちろんです。ただ私としては、彼女たちの身になにか及ぶなら、というのが手を貸す判断基準になります。国の役に立とうとか、すべての人を救おうなどとは考えていないので、そこはご理解いただきたいのですが」
「分かりました。相羽先生は異世界で勇者をされていたということですから、その経験からのお考えもあるでしょう。そこは私も尊重いたします」
「ありがとうございます」
「話は以上です。ご報告ありがとうございました。職務にお戻りください」
「はい、では」
一礼して立ち上がる。校長も優雅な動きで腰を上げつつそこで思い出したように言った。
「そうそう、相羽先生の異世界でのお話は一度お聞きしたいですね。誰かにお話されたことはあるのですか?」
「いえ、詳しくはまだ。そもそも信じてもらえているかどうかもまだ怪しいので」
俺が渋い顔をすると、女優系美女は目を細めてフフッと笑った。
「それならばなおのことお聞きする必要がありそうです。ふふ、私もやはり曽祖父の血を引いているようです。異世界があると信じられるようになったら急に知りたくなってしまいました。面白いものですね」