16章 歪みの拡大 01
「先生、さすがに問題になりますよ?」
宇宙の旅から帰った翌日、朝のホームルームを終えた俺の元に目つき悪い系黒髪ロング女子がやってきてそう言った。俺を見上げる青奥寺の目はジトジトに湿度が高い。
「なにがだ?」
「女子生徒と示し合わせたように3日間のお休みなんて、女子に勘繰れと言っているようなものです。しかも少し前に璃々緒が先生のネクタイを直してるのも見られてますし、状況的に噂になる要素しかありません」
「ん~……、言われてみればそう……か?」
「そうです。私とかがりは一応事情は聞いてますけど、それはさすがに弁解には使えませんから」
「まあそうだな。だけど今回の件は学校側も承知していることだからな。公的には偶然休みが重なったということにして、噂になるのは諦めるしかないだろうな」
「それで済めばいいですけど。確かに噂はあくまで噂でしかありませんし……」
「心配してくれるのは嬉しいけどな。まあこの後普通に生活してりゃ噂なんて消えるだろ」
人の噂も七十五日なんて言葉もあるが、所詮噂レベルなら長続きはしないものだ。
俺が特に慌ててもいなかったからか青奥寺は少し表情を緩めた。
「それはまあ、そうですね。でも本当になにもなかったんですよね?」
「ん? いや、向こうでは色々あったぞ。宇宙戦艦とも一戦やらかしたし」
そう言うと青奥寺は今度は呆れ顔になって溜息をついた。
「そういうお話ではありません」
「じゃあどういう話なんだ?」
「いいです、その辺りについては先生のことは信じてますから」
「おう……?」
青奥寺は黒髪を翻して自分の席に戻り、それを双党がニヤニヤしながらつっついている。
彼女たちの言動は正直俺の理解が及ばないところもあるが、今回の件に関しては確かに青奥寺の言うことはもっともだ。仕方ないとはいえ担任と女子生徒が同時に休みというのはマズかったかもしれない。
そうは言っても新良に限らず、今後も似たようなことが起こる可能性はあるんだよな。なにか上手い言い訳でも作れるといいんだが……。
職員室に戻ると、学年主任で俺のクラスの元担任の熊上先生が隣の席から顔を近づけてきた。
「相羽先生、青奥寺になにか言われたかい?」
「あ、ええ。噂になるから注意しろと忠告をされました」
「やっぱり。随分と心配をしてたみたいで、毎日のように事情を聞かれたんだけどさ。さすがになにも言えなくてね」
「それは申し訳ありませんでした。彼女らにもなにも言わずに出てしまいましたからね。次もし同じようなことがあったら一言でも伝えておくことにします」
と言うと、熊上先生は眉を潜めて声を小さくした。
「ちなみになにがあったんだい? 3日間も休むっていうのは相当な話なんだろう?」
「そうですね、多分何万光年も彼方の星に行ったとだけ。あまり詳しいことは口止めされてまして……」
「それが冗談じゃないから恐ろしいね。相羽先生ってとんでもない男だったんだなあ」
「いやさすがに今回の件は俺もなにがなんだか……。基本的に目の前のことを処理してきただけなので」
「それでも新良や青奥寺に頼られるって時点でもうアレだからさ。でも身体にだけは気を付けてくれよ。俺みたいに壊れたら復帰するまで時間がかかるし」
「ありがとうございます。身体の方はよほど壊れてもすぐ治りますから大丈夫なんですが……むしろ女子相手に精神的な方が色々と」
「それはなあ……。慣れるしかないからね。どうしてもと言う時は俺より山城先生に頼った方がいいかもしれない」
「あら熊上先生、私がなにか?」
熊上先生の向こうの席の妖艶系美女が耳聡く反応する。そういえばこの間の虎の尾を踏んだ件は……確認しない方がいいな。
「ああ、相羽先生が生徒への対応で悩んでいるときには山城先生に相談するといいって話ですよ」
「そうねえ、女子の考え方とかは男性の先生には分かりづらいところもあるからもちろん相談には乗るわ。でも相羽先生はもう生徒とは上手くやってる感じだと思うけど」
山城先生はニッコリ微笑んでそう言うと、熊上先生も「確かにね」と頷いた。
「3日間代理で担任やったけど、すっかり相羽先生のクラスって感じになってたねえ。新人としては十分すぎるほどだとは感じたけど、でも若いからこそのトラブルみたいなものもあるからなあ」
「そうそう、この間の暴漢の件もあって相羽先生人気が急上昇したみたいなのよね。私のクラスでも先生のことを聞いてくる子が何人かいたわ」
うえ、まさかそんな注目されてるのか。そう考えるとさっきの青奥寺の忠告も意味が重くなってくるな。叩けばホコリが出る身ではあるし、自重しないとホントにクビになりかねない気がしてきた。
「若い男の先生のトラブルは女子校ではありがちだし、やはり相羽先生は早急に身を固める必要がありそうだね。ちなみに本当に相手はいないのかい?」
「ええそこは残念ながら……」
「あら、毎日お弁当を作ってくれる人は?」
山城先生の鋭い突っ込み。さすがに実は青奥寺と新良に作ってもらっていますとは口が裂けても言えない。俺は『高速思考』スキルを咄嗟に発動する。
「ええと、作ってくれる人がいると言うのは山城先生に見栄を張った結果でして……」
俺が小声で言うと二人はぷっと吹き出した。
「うふふっ、見栄を張ってもらえるなんて逆に嬉しいことなのかしらね」
「相羽先生もやっぱり若いねえ。ま、気持ちとしては分からなくもないかな」
「でもそうするとやっぱり相羽先生は料理もお上手ってこと? それなら今度清音にも教えてあげてくれないかしら。最近清音が拗ねはじめちゃって私の言うこと聞かないのよねえ」
山城先生が人差し指を口元にあてながらそんなことを言う。瞬時に熊上先生が顔を近づけてくるが、なぜかむちゃくちゃ真顔である。
「相羽先生、今の分かってるね?」
「へ? なにがですか」
「女性からのアプローチがあるのは若い時だけだよ。もしその気があるなら逃す手はない。人生の先輩としての忠告だ」
「いや意味が分からないんですけど……」
「清音ちゃんもいい子だし、山城先生は超優良株だよ。まあちょっと離れてるけどね」
あ、後ろでまた山城先生が『威圧』スキルを……。
この後の惨劇を見るに忍びなく、俺は今回の件を報告するために校長室へと急ぐのであった。