1章 元勇者、教師になる 09
「まずは人質の確保が優先だな」
と口に出して確認する。
人質救出作戦なんて勇者やってたときも経験がない。なにしろ魔王軍は人質なんてとらないから、作戦といえばほとんどがカチこんで暴れるだけの脳筋作業だったしな。
7階まで階段で下り中央のホールを目指す。
感知スキルを活用すればうろつく構成員に見つかることはない。勇者って潜入捜査にも向いてるんだと初めて知ったな。
「ここがいいか」
俺はホールに隣接する部屋を選び、そこに入って行った。
ホール正面の扉から入るのはさすがに間抜けだろう。警備も一応いるみたいだし。
俺は部屋の奥の壁の前に立った。この向こうが人質の集められたホールである。
タイミングを見計らって魔法を発動する。
『掘削』
あの世界ではトンネルを掘るための平和的な魔法。
だが勇者の俺が使うと大抵の構造物に大穴をあける攻城兵器になる。
ボンッ、という音とともに壁に人が余裕で通れるほどの穴が開いた。
俺は間髪を入れずにホールに突入する。『感覚高速化』スキル、『高速移動』スキル発動。
『感覚高速化』は、体感時間を引き延ばすスキルだ。感覚が高速化されることで世界のすべてがスロー再生のようにゆっくり動いて見えるようになる。
無論そのままでは俺自身の動きもゆっくりになるので、『高速移動』スキルを併用する。そうすることでスローになった世界の中、俺だけが普通に動けるようになるわけだ。
ホール内を見回す。『クリムゾントワイライト』の構成員は全部で8人、全員がマシンガンのようなものを持っている。おいおい、ここは日本だぞ。
その内数名が俺に……というより穴に向かって発砲した。
俺の姿は『光学迷彩』魔法で見えないはず。それでも何かがいると判断しての攻撃だろう。
この判断の早さは間違いなく訓練を受けた者のそれだ。
指先ほどの大きさの弾丸が、俺に向かってゆっくりと飛んでくる。俺はその弾丸を余裕でかわしつつ、『拘束』の魔法を構成員全員にかけていった。
全員が固まった態勢のまま棒のように倒れる。
正直『あの世界』では盗賊とかもさんざん討伐したから、いまさら人を殺めることにためらいがあるわけでもない。ただここは日本だからな。さすがにちょっと考える。
ここでスキルを解除。世界の時間が元に戻る。
人質になった人たちは、ホールの中央で一塊になって床に座らされていた。パッと見その中に双党はいないようだった。
代わりに人質に紛れていた『クリムゾントワイライト』構成員2名を発見。なるほどそういうエグいやり口があるというのは聞いたことがある。
むろんその2名も魔法で拘束。時間にして数秒の出来事である。
感知スキルに反応、他の構成員が異常を察知してか扉を開けてホールに飛び込んでくる。
もちろん全員身体を硬直させて床に転がった。
さらに感知に反応。これは構成員じゃないな。例のワンマンアーミー、映画の主人公君だ。
俺はホールの端に移動して様子を見ることにする。
その人物はホールの扉から入ってきた。小柄な人物だ。全身黒ずくめで、更には目出し帽を被り、ヘッドセットをつけている。
やはり特殊部隊のようにしか見えない。少なくともこの場に偶然居合わせた人間の格好ではない。
彼は床に転がっている構成員を見るやいなや躊躇なく発砲した。
そう、彼もサブマシンガンのような銃を持っているのだ。しかもその銃には射撃の音が小さくなる棒状の奴……サイレンサー? サプレッサー? だったかがついている。
冷静かつ正確に、床に倒れた構成員にとどめをさしていく。
確かに彼から見たら構成員は生きたまま転がってるだけだから、その判断は正しいのかもしれない。
人質の中にいた構成員までも処理をし、周囲の様子を見回した後、彼はホールから出ていった。
「目標αクリア。ただしCTエージェントが謎の発作で倒れている現象を確認。またαの部屋の壁に、直径2メートルほどの破壊痕を確認。両者の因果関係は不明。他の侵入者の有無を含めて原因を調査されたし。当方は警戒しつつ目標βに向かう」
通路の陰に隠れるようにして、彼はヘッドセットのマイクに向かって報告をする。
あろうことか、その声には聞き覚えがあった。
いやいや、またなのか? またそういうパターンなのか?
俺は少しだけウンザリしながら、彼……いや、彼女の後を追った。
黒ずくめの彼女が向かったのは地下だった。
確かに、地下にまだ『クリムゾントワイライト』の残りがいる。
地下に向かう階段には見張りがいたが、彼女は一瞬で射殺する。
ただし人間が倒れる音はいかんともしがたい。
すぐに2人の構成員が様子を見に来る。彼らは仲間の死体を確認するとすぐに奥に引っ込んでしまった。
なるほど守りを固めたか。これで正面から踏み込むのは難しくなった。
構わず階段を下りる。その先には地下二階のフロアに続く扉。
手前には警備員らしき人間の死体が横たわっている。『クリムゾントワイライト』の仕業だろう。
扉の奥には4人の構成員が待ち構えているのが感知できる。
どうするのかと思っていると、彼女は腰のポーチから小さなスプレー缶のようなものを取り出した。
ピンを抜いて奥に投げる……って、もしかして手榴弾!?
ドアが吹き飛び、奥から銃声が聞こえてくる。
彼女は先程と同じ手榴弾を連続投擲。
入り口の向こうに投げ込まれた手榴弾が連続で炸裂し、銃声は沈黙した。
彼女は入り口からフロアへと侵入する。
生き残りの反撃を想定してか、その動きは非常に素早い。
実は確かに生き残りはいた。いたのだが、それは俺の魔法で寝てもらった。『睡眠』は壁越しに使える数少ない魔法である。
彼女はすでに意識がないであろう構成員に、それでも一発づつとどめをさしていく。完全にプロフェッショナルだ。
「目標βクリア。地下金庫に問題なし。CTエージェントは18体全て処理。当方の任務完了を認められたし」
彼女は再びどこかと交信をする。
任務完了が認められたのか、返答を聞いて「了解。帰投する」と答えた。
「ふう、ちょっとイレギュラーもあったけど、とりあえず犠牲者が最小限で良かった……かな。あまりヘコんでるとまた怒られるしね」
通信を終えた彼女は急に口調を変えると、汗をぬぐおうとしたのか目出し帽を外した。
「でもあれってなんだったんだろう。CTエージェントが変調をきたすような何かがあったってことだよね。あとで人質の人に聞けば分かるか」
現れたのは明るい色の髪の毛と可愛らしい顔立ち。
ツインテールこそほどいているが間違いない。
そこにいたのは俺が担任するクラスの生徒、「双党かがり」に間違いなかった。