9 絶望令嬢
乱入女子の混乱している様子になどお構いなく、前のめりに話を進めるヴィクトリア。
「私が悪役令嬢(設定)なのは分かったけど、ただ『婚約は双方の家の当主が決めた事柄で、私の一存でどうなるものでもありません』なんていう返しは芸が無いし、ツマラナイでしょう? 『はい! 喜んで!(ひゃっほぉ~!)』と、さっさとサイラス様を貴女に押し付けちゃおうか? それとも実は私が武闘派令嬢で『だが断る!』と手袋を叩きつけて貴女に決闘を申し込むコメディ路線でいく? あ、人違いバージョンはどう? 私は実はサイラス様の婚約者じゃなくて人違いですよ~っていうヤツ。その場合は双子設定もありよね。私に双子の姉(or妹)がいるのと、サイラス様に双子の兄(or弟)がいるっていうの、どっちがいい? サイラス様は魅了魔法にかかってる設定? あ、それだと貴女が悪者になっちゃうわね。ごめん、ごめん。それは無しね。あと、これは私の個人的な嗜好なんだけど【忘れられない初恋】とか【記憶喪失】とか【死ぬほど後悔する男】が大好物なの。今後のストーリーに入れていきたいわ。そうだ! 貴女が聖女として覚醒するとか、私がまさかの魔王だったりとか、現実世界で再現するのはちょっと無理がある設定に敢えて挑戦するのも良くない? すごく楽しそう! あ、いっそ全く別方向で、私が本当は隣国の王子で、訳あって女装しているけど、実はサイラス様とは恋人どうしっていう、男色バージョンとかはどう? 変化球だけれど、一部の女性にとても人気があるらしいわよ。ねぇねぇ! どうする? どうしたい?!」
ヴィクトリアが一気に捲し立てると、乱入ヒロイン女子は何故か怯えた様子で「ご、ごめんなさい。ヴィクトリア様。金輪際サイラス様には近付きませんから、どうか許してください」と呟きながら後退った。と思ったら、次の瞬間、突然踵を返し、物凄いスピードで走り去ってしまったのだ。
一瞬の出来事に、ポカンとするヴィクトリア。
⦅あれ? 嫌われちゃった? 男色バージョンが気に入らなかったのかな?⦆
ヴィクトリアは反省した。
調子に乗って自分ばかり喋り過ぎてしまった。
押し付けがましいと思われたのかも知れない。
同じ恋愛小説フリークに出会えた嬉しさに、つい興奮してしまった。
「……先に、しっかり彼女の希望を聞いてあげれば良かったわ」
肩を落とし、後悔するヴィクトリア。
己の【聞く力】の無さに絶望する。
「ヴィー。多分、そこじゃないぞ……」
ヴィクトリアの隣でずっと黙ったまま(言葉を挟む隙が無かっただけ)、二人のやり取りを聞いていたサイラスがようやく口を開いた。
「はい?」
「まぁ、いい。これであの女も、私に纏わりつくのを止めるだろう。鬱陶しくて堪らなかったから、助かったよ。ありがとう、ヴィー」
「どう、いたしまし……て?」
サイラスによると、あの女子生徒は「ララ」という名の男爵家令嬢だそうだ。転入して来て直ぐにサイラスに付き纏うようになり、迷惑していたのだと言う。
「ああいうタイプは自分の気持ちにばかり忠実で、相手の迷惑を全く考えないからね。私の他にも彼女に付き纏われていた男子が数名いるが、全員婚約者のいる身で、困っていたんだ。その中に一人、導火線の短いヤツがいて『あの女、消してやろうかな』って冗談とも本気ともつかない事を言っていたから、これでララがおとなしくなれば、結果的にヴィーは彼女を救ったことになるな」
「……自分の気持ちにばかり忠実……相手の迷惑を全く考えない……」
ブツブツ呟くヴィクトリア。
「どうした? ヴィー?」
何という事だろう。
ララはかつてのヴィクトリアではないか。
【ドアマットヒロイン】になりたいと言う自分の欲望を満たす為に、継母エイダを散々煽った。何とかエイダを怒らせようと、かなり酷い事も言った気がする。あの頃のヴィクトリアは、エイダにかかる迷惑など微塵も考えていなかった……。恋愛小説の世界に溺れ、ヒロインになり切って男子生徒達に迷惑を掛けているララと何が違うのか? 全く同じではないか。
ヴィクトリアは頭を抱えこんだ。
「ヴィー? 大丈夫か?」
サイラスが心配そうにヴィクトリアの肩を抱き寄せる。
「サイラス様……私、もう立ち直れないかも知れません……」
「いやいやいや、急にどうした?」
「絶望いたします」
「ヴィー。分かるように話してくれ!」
「サイラス様、聞いてくださるのですか? 私の黒歴史を」
「黒歴史なのか?」
「黒歴史なのです」
「私は君の婚約者だ。全てを受けとめるから話してくれ」
「それでは遠慮なく――ある所に【ドアマットヒロイン】に憧れている少女がおりました――――」




