3 遠く険しいドアマットへの道
エイダはダメだ。
”苛め”の才能が無い。全く適性が無い。
控え目で気が弱く涙脆い性格。尚且つタレ目の庶民顔。どっからどう見ても苛める側の人間ではない。むしろ、いかにも苛められそう……
継母エイダと異母妹ミアがバルサン伯爵邸に越して来てから半年が過ぎた。
最近のヴィクトリアは溜め息を吐くことが多くなっている。
何もかも上手くいかない。
エイダは相変わらずヴィクトリアに対してオドオドした態度で敬語を使い、ミアも全く我が儘を言わない。普通に良い子だ。
期待外れも甚だしい。
「まさか、ドアマットヒロインへの道がこんなにも遠く険しい道だったとは……」
継母と異母妹が現れれば、ほぼ自動的にドアマットになれると信じていたヴィクトリアが甘かったのだ。
「現実は小説のように簡単にはいかないのね」
ヴィクトリアは齢10歳にして現実世界の厳しさを身を持って知ったのである。
そんなある日。
ヴィクトリアは家庭教師の授業をぶっちし、隠れる場所を探して屋敷内をウロウロしていた。
読みかけの恋愛小説の続きがどうしても気になり、授業を受ける気になれなかったからである。
読みかけの本を大切に抱え、キョロキョロと隠れ読めそうな部屋を探していると、不意に廊下の奥の部屋から何やら女性の不穏な声が聞こえてきた。
⦅ん? 何かしら? 揉めてる声? メイドどうしの喧嘩かしらね?⦆
好奇心に駆られたヴィクトリアは、声のする部屋に近付き、扉に耳を寄せた。
中から女性のヒステリックな声が聞こえる。
「なんで、アンタみたいな安い顔の平民が女主人なのよ! 信じられない! やってられないわよ!」
それは、メイドのアンの声だった。
「ご、ごめんなさい……」
震える声で謝っているのは、間違いなくエイダだ。
「謝れば済むとでも!? 一体全体どうやってアンタ、旦那様を誑かしたのよ!? 薬でも盛ったんじゃないの?!」
ヒートアップするアン。
「そ、そんな……」
エイダは言われっぱなしのようである。すすり泣く声が漏れてくる。
⦅その程度の口撃で泣くんかーい!?⦆
驚くヴィクトリア。気の強いヴィクトリアには信じられない事だが、そういえば「ヴィクトリアには理解できないかもしれないが、世の中には繊細な人もいるんだよ」と、以前、父に教えられたっけ。
エイダを泣かせているアンは、この屋敷では中堅どころのメイドである。確かバツイチの30歳だ。ちなみにエイダはヴィクトリアの亡くなった母の一つ下と聞いているので、現在27歳のはずである。
⦅アンの方が年上か……でも、女主人を苛めるなんて有り得ないわよね! ⦆
女主人と、ただのメイド。エイダとアンの間には、歴然とした立場の差がある。いくらエイダが平民出身の愛人上がりでも、どんなに安い顔をしていても、今のエイダは正真正銘の伯爵夫人であり、この屋敷の女主人なのである。一介のメイドが悪態をつくなど、許される事ではないはずだ。
ヴィクトリアはムカムカしてきた。
⦅メイド如きにあそこまで言われて、言い返すことすらしないなんて! お義母様ったら、どこまで私をガッカリさせるの!? そんな気構えで、継子苛めが出来る訳ないでしょう!?⦆
怒りポイントが微妙にズレている気がしないでもないが、とにかく頭に来たヴィクトリアは、我慢ならずにババァーンと勢い良く扉をブチ開けた。
「話は聞かせてもらったわ」
まず第一声から、いかにも悪役風である。
突然現れたヴィクトリアを見て、目を見開くメイドのアン。そして、ヴィクトリアの姿を見ても尚ベソベソしているエイダ。シャンとせい! シャンと!
「ちょっとアン。随分と私のお義母様を苛めてくれるじゃない。メイド風情が何様のつもり?」
ヴィクトリアはまだ10歳の少女なのだが、氷の彫刻のようなその冷え冷えとした美貌を向けられ、金縛りにあった如く動けなくなるメイドのアン。更に目力を込め、アンを睨み付け、威圧するヴィクトリア。10歳とは思えぬヴィクトリアのド迫力に負け、アンは思わず膝をついた。そして、そのままヴィクトリアに平伏す。氷の美少女の威圧感は半端ないのだ。